あの人と私
読みに来ていただいてありがとうございます。
あれからしばらく経ったとしても、
いつもと同じ窓。風景。
それでも今日は少し違う。
人気の大道芸を行っている人達が家に招かれていた。
もちろん私はいつものままだけど。
それでも私の部屋にも、一人か二人は大道芸を見せにやってくる。
私の身体を考慮して、少ない人数で短い時間だけ。
あ、あの人だ。
窓から眺めたままの姿で笑顔を浮かべている。
「お嬢様。本日は領主様に招聘していただき、感謝感激でごさいます。
その感謝を大道芸で表現させていただきます。」
領主とこの街を讃える歌を歌い上げているが…
チリン。
「お嬢様、いかがいたしましたか。」
途中で芸を止めるのは、急な用事が出来た時と、退屈だった時。
芸をしていたあの人は青い顔で片ひざを立てた座りをする。
「ゴニョゴニョ…」
領主の娘が、直接しゃべるのは出来ない。必ずメイドを介して伝えてもらう。
「大道芸の歌、とても素晴らしい。しかし私は街の中で踊っていた躍動感のある躍りが見たいとお嬢様がおっしゃっています。」
あの人は困った顔をする。
領主から、静かな演目に限ると言われているそうだ。
「ゴニョゴニョ…」
「お嬢様がご希望されています。」
「…かしこまりました。精一杯努めさせていただきます。」
そう、この躍りです。私があの時、窓から見ていたのは。
私が集中して見ていたら、あの人と目が合いました。
フッ…と、あの人がチカラの抜けた笑顔を見せてくれました。
それからでしょうか、あの人が私の目を見ながら踊ってくださいました。
目を離すことが出来なくなり、あの人と二人だけしか存在しないような、時間が、空間が世界が、二人のために動いているようです。
あの人の息づかいが耳元で聞こえてくるようです。踊っているのはあの人なのに、何故か私も一緒に踊っているかのような感覚になりました。
二人のダンスが終わった後は、あの人も私も汗だくでした。
「…お嬢様。」
メイドが声をかけてきてくれて、ハッと私は気づく。
「…ありがとう。」
「…お嬢様はいたく感動されましたので、直接お言葉をおっしゃいました。今後も精進なさい。」
…直接しゃべってはいけないのを忘れてしまいました。
メイドにフォローされて、なんとか領主の娘として面目が保てましたが、後でメイドからの説教を覚悟しないといけないですね。
「ありがたきお言葉。今後も精進し、更に芸を磨いてまいります。」
華麗なお辞儀の後にあの人は颯爽と立ち去りました。
メイドのお言葉(説教)は長時間に及びましたが、頭の中では、
何度も何度も、あの人とのダンスが繰り返されていました。
夢の中だけは、あの人と一緒にダンスを踊ることが出来るのが私の最近の楽しみです。
こつこつと続けていきます。