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鬼哭啾啾4 ~鬼が哭く~  作者: 灰色日記帳
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其ノ四拾七 ~鬼狩ノ夜 其ノ八~


 憎しみそのものを吐き出すかのごとき咆哮を上げ、蓮は襲い掛かってきた。

 僕を殺すことにためらいなどないことは、その太刀筋を見れば分かる。続けざまに繰り出される攻撃は早く、そして強力で、喰らえば死に繋がるのは明白だ。

 これは剣道の試合ではなく、正真正銘の命の奪い合い――互いの刃が打ちつけられ、至近距離で互いの顔を見つめ合う状態となる。


「なんだ、こんなもんか……!?」


 その言葉の直後、蓮の右脚が僕の腹部を蹴り上げた。


「ぐふっ!」


 反応する暇もない速度で放たれた蹴りをまともに受け、僕は込み上がる胃液を味わいつつ体を折り曲げた。

 その隙が、追撃を許してしまった。蓮は今度は刀の柄を使い、僕の頬を打ち下ろした。


「があっ!」


 口の中を切り、胃液と血の味が混ざり合うのが分かる。

 雨に濡れた石畳に崩れ落ち、僕は咳き込む。だが、蓮から目を逸らすことは許されなかった。一時でも隙を見せれば、死に直結するのだ。

 蓮に向き直ったと同時に、刃が僕の顔に向けて突き出される。


「いい加減分かっただろ、俺にとってお前は……憎悪の対象以外の何物でもねえんだ」


 口の端から、胃液と血液が混ざった液体が滴り、僕はそれを袖で拭った。

 蓮は、昔から強かった。僕と琴音と彼、琴音の次に剣道を始めた時期が早く、黛先生に師事していた期間も長いからだ。さらに今は、僕に対する憎悪もまた、彼の強さを助長させているに違いなかった。

 降りしきる雨の中、蓮の言葉は続く。


「てめえらの目に、俺がどういう風に映っていたかなんて知らねえ。だがこれが俺の本性だ、あんな親父と御袋の血を引いているんだからな……まともな人間でなんか、あるわけがねえんだ……!」


 理不尽な人生を送らされ、虐げられてきた蓮。

 募る怒りを、憎しみを僕に向けて吐き出す彼を見て、僕は思った。

 彼は、苦しんでいる。絶え間なく発せられる言葉の裏に、救いを求める叫びが内包されている――僕には、どうしてもそう思えてならなかった。


「本気で来いよ、俺を殺す気で……獄鏖鬼に取り憑かれていなくたって、俺は最初から人間なんかじゃねえ。産まれながらの化け物なんだ!」


 その言葉で。

 その言葉で僕は闘志を取り戻し――蓮が振り下ろした刃を横へいなし、背後へ回る。

 後ろを取った僕は隙を見逃さずに、天照の柄で蓮の背中を突いた。


「ぐっ!」


 蓮がうつ伏せの体制で、石畳に倒れ込んだ。

 あえて僕は天照を構え直さずに、彼の背中に向かって言う。


「血筋なんて関係ない。親がどんな人間だろうが、どうなるかを決めるのはその人次第……蓮、君だって分かっているんじゃないのか」


 僕が突いた部分を押さえ、痛みに悶えつつ、蓮は振り向いた。


「何でそんなことが言えるんだ、どこをどう都合よく解釈すればそんな言葉が……俺が今、本気でお前を殺そうとしていることなんて、見れば明らかだろうが!」


「今は確かにそうかも知れない、でも昔の君は……少なくとも化け物なんかじゃなかった、絶対にだ!」


 気づけば、僕も声を張り上げていた。

 蓮が刃を下ろす、それは『続けろ』という意思表示であるように思えた。


「連日のように続く父親からの虐待、それを見て見ぬふりをする母親……そんな苦境に立たされれば、誰だってきっと歪んでしまうと思う。もしも、僕と君とで立場が逆だったなら……僕が鬼になっていたと思う」


 怒りしか滲んでいなかった蓮の表情に、動揺の色が浮かんだのが分かった。


「でも君は、辛さや苦しさを絶対に僕らに見せようとはしなかった。腕に刻まれた煙草の痕を見せないために、わざわざ僕らとは別の場所で着替えたりして、黛先生に口止めまでして……ギリギリのところで、自分を守り続けていた。僕達に心配を掛けたくなくて、押し殺している気持ちを悟られたくなくて……ずっと気を張ってくれていたんだろう?」


 蓮が抱いた動揺が強まっていくのが、彼の表情から見て取れた。

 僕の言葉が届いている証拠だった。

 

「いい加減にしろよ……一体何を証拠に、そんなことほざいてんだ!」


 再び襲い掛かってくる蓮、まるで僕の言葉を遮りたいようにも見えた。

 これまでと同じように素早く、そしてかなりの威力を伴った攻撃の応酬――しかし、動揺が太刀筋を鈍らせているのは確かだった。決して簡単ではなかったものの、それまでよりも応戦し易く感じられた。

 僕は反撃をせず、ひたすら受け、いなし続けた。

 その最中にも、僕は呼び掛ける。


「証拠ならある!」


 攻撃を受け止め、また僕と蓮が間近で向かい合う状況になる。


「蓮、君……小学校の卒業式のあの日、道場で僕らと最後の別れをした時……泣いていただろう?」


「っ……!」


 蓮が、息を飲んだ。

 彼のその反応で、僕は確信した。獄鏖鬼に精神を蝕まれている今でも、あの日の記憶は彼の中で生き続けていたのだ。

 

「覚えているんだろう? 顔は見せなかったけど、君は僕や琴音のために泣いてくれていた……僕らとの別れを、涙を流して惜しんでくれていたじゃないか……!」


 蓮は何も言わず、悲しみとも何とも分からない感情に、その顔を震わせていた。


「涙を流せる化け物なんかいない、誰かのために痛い思いができて、泣くことができる君は……絶対に化け物なんかじゃない!」


 僕は繰り返し、そして蓮の目を見つめ――続けた。


「蓮、君は優しい人間だ。昔も……そして今も」


 その言葉で、蓮がまた息を飲んだ。彼の瞳が潤み始めているのは、雨のせいではなかった。


「獄鏖鬼が君を別人に変えている……言いなりになっちゃダメだ!」






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