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鬼哭啾啾4 ~鬼が哭く~  作者: 灰色日記帳
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其ノ四拾四 ~鬼狩ノ夜 其ノ五~


 千芹の話を聞き終えた僕は、薺と菘と一緒に物陰から出た。

 身を隠したまま、逃げるという選択肢もあったかも知れない。だが獄鏖鬼から逃げ切れるはずはないし、それではここに来た目的が達せなくなる。

 獄鏖鬼を倒すことも目的ではあった。しかし僕がここに来たのは、あくまで蓮を救うためなのだ。

 姿を見せるや否や、獄鏖鬼はゆっくりと僕らを振り返った。


《かくれんぼにはもう飽きたのか? 逃げれば良かったものを……まあ、どの道逃しはしないが。それとも、死ぬ覚悟ができたのか》


 雨の中でも、獄鏖鬼の声は重々しく響き渡った。

 その刃に青い光を纏う天照を構えつつ、僕は応じた。


「僕は逃げる気も、死ぬつもりもない」


 恐怖を振り払うように、そして自分自身に言い聞かせるように……僕は続けた。


「返してもらうぞ、蓮を……!」


《『返してもらう』、だと……? お前、馬鹿か?》


 僕を嘲笑する言葉を放った直後、獄鏖鬼の顔を覆う霧が半分だけ晴れ、蓮の素顔が覗いた。

 獄鏖鬼の声ではなく、蓮本人の声で……言葉が続く。


「返すも何も、俺は自分自身の意思でこいつを受け入れたんだ。お前らを、俺を蔑んできた奴ら全員を殺すためにな……寝言言ってると八つ裂きにするぞ」


 僕はすかさず、叫んだ。


「目を覚ませ蓮、本当の君はそんな残忍な人間じゃないはずだ!」


 目の前を飛び回る羽虫を見るような目で僕を見つめ、蓮は言った。


「ぐだぐだ言ってんじゃねえ、このクソ野郎が!」


 赤黒い霧が再び蓮の顔を覆いつくし、獄鏖鬼の姿に戻る。


《消し飛ばしてやる!》


 次の瞬間だった、獄鏖鬼の様子が急変したのだ。

 その場で咆哮を上げたかと思うと、その両腕に赤黒い稲妻がほとばしり始め――大きさを増していく。禍々しく邪悪で、人間の負念そのものを結集させているかのようにも見えた。暗かった周囲が赤く照らされ始め、眩しくすら感じられた。

 何だ、あれは……!? 一体何をしようと……そう思った時、


《いけない、あれは……!》


 天照に同化している千芹がそう言った後、続ける形で薺と菘が言った。


おうせんきょくそうしょう……! 逃げて下さい、早く!」


「あれを喰らったら、絶対に助からないよ!」


 薺が聞き慣れない言葉を口にしたが、問い返している暇などなかった。

 詳しいことなど分からない。だが獄鏖鬼の様子を見れば、恐ろしい攻撃が放たれようとしていることは一目瞭然だった。

 刻一刻と大きさを増す、赤黒い稲妻。獄鏖鬼が何をしようとしているのか分からない以上、対抗策など練りようがない。だが、この場に留まっていては殺されるということは明白だった。

 何をされても対処できるように、とにかく距離を――そう思った次の瞬間に、それは起きた。

 咆哮とともに、獄鏖鬼がその両腕を地面に叩きつけた。すると赤黒い稲妻が巨大な波のように放たれ、石畳を抉りながら一直線に僕の方へと迫ってきたのだ。


「なっ……!」


 石畳を砕くだけの威力を持つ、予期などできるはずもない攻撃。

 喰らえばどうなるのかなど、考える必要もなかった。防御などという選択肢は論外、ならば避けるしかない。横へ飛び退いた僕のすぐ後ろを、赤黒い稲妻は通過していった。

 しかし安心したのも束の間、背後から轟音が鳴り渡るのが分かる。直後、強烈な煽りを受け――僕は自分の身体が宙に飛ばされるのが分かった。

 獄鏖鬼が放った稲妻が爆発を起こし、僕を吹き飛ばした……しかし、それを理解する余裕などなかった。

 せめて頭から地面に落ちることを避けるため、両腕で後頭部を覆うこと。それ以外にできることは何もなく、僕の身体は石畳の上を転がった。

 その最中で、腕や肩……体中のあちこちを痛めたが、むしろそれで済んで幸いだったと考えるべきだった。あの稲妻や爆発をまともに喰らっていれば、跡形もなく消し飛ばされていたに違いない。


《いつき、大丈夫!?》


 天照は、どうにか手放さずにいられた。


「大したことない。それよりも、今の攻撃は……!」


 獄鏖鬼の攻撃は、どれも一撃一撃が即死級の威力だった。ただのパンチやひっかきでさえ、まともに喰らえば致命傷は免れないだろう。あの怪物にとって、人を殺すことなど息をするよりも簡単だ。

 だが、今のは段違いの破壊力だった。

 逃げるのが遅れていれば、僕は今頃息をしていなかったに違いない……。


《鏖殲赩剿掌……獄鏖鬼の必殺技だよ。獄鏖鬼が秘めている力は、いつきが見てきた普通の鬼とは段違い……その力を赤黒い稲妻に変えて、相手に叩きつける技なの》


 こんな恐ろしい攻撃方法まで有していたとは……そう思いつつ、僕は今しがた獄鏖鬼が稲妻を着弾させた場所に視線を向けた。

 石畳が大きく抉り取られた先に、クレーターのように穴が開いていた。

 その光景に、僕は既視感を覚えた。前にもこんな痕を見たことがあると感じたのだ。

 思い出すのに、さほどの時間は要しなかった。

 刑務所の看守から話を聞いた帰り道、僕は獄鏖鬼の気配を感じ取ってそれを辿っていった。あの日、雨が降っていたことも覚えている。

 現場に到着した僕が目にしたのは、大勢の警官達の死体と、所々に刻まれた細長い穴と抉られた地面――あれらは全て、たった今獄鏖鬼が刻み込んだこの痕と似ていた。似ていたどころか、完全に一致しているように思えた。

 獄鏖鬼は、あの場でもこの技を使っていたのだ。あそこで凄惨な死体となっていた警官達は、この技を喰らわされて命を落としたに違いなかった。

 腕や足が胴体から千切れた死体まであったが、もう少しで僕も同じようにされるところだった――そう考えると、背中に冷水を流し込まれたような気分になる。


「絶対に喰らってはいけない攻撃です、気を付けて下さい」


「両手に赤黒い稲妻を蓄積させるのが予備動作だから、それを見たらすぐに逃げて!」


 薺と菘の言葉に、僕は頷いた。


「けど、もしあの攻撃を連続で使われたら……!」


《ううんいつき、それは大丈夫》 


 僕の懸念を払拭するように、千芹は言った。


《あの攻撃は強力だし、避けるのも一筋縄じゃいかない……でも力の消費も大きくて、発動後には獄鏖鬼は、少し動けなくなる……待って、もしかしたらそこを突けば……!》


 僕に説明している間に、千芹は気づいたようだった。

 彼女の言う通りなら、近づくことすらままならない獄鏖鬼にも、一時ながら隙が生まれる時があるということだ。

 言われてみれば、確かに今の獄鏖鬼には襲ってくる様子がない。動かないというよりも、動けなくなっているという感じだった。

 

「そうか、その間に私と菘が鬼を封じる術をかければ……!」


「一時的だけど、獄鏖鬼の力を押さえ込める。その間に説得が上手くいって、獄鏖鬼とあの人の合意を崩せれば……!」 


 薺と菘の言葉に、僕は続いた。


「蓮を獄鏖鬼から引き離し、救うことができる……そうだね?」


 彼女達は頷いた。

 蓮を救う手立てが見つかったことに、僕は希望を抱く。






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