其ノ弐拾九 ~残酷ナ真実~
出間蓮。かつて一月と同門であり、親友でもあった少年。
砕かれたガラスの破片を散りばめるように、彼との記憶が一月の頭の中に飛散し、広がっていく。一緒に稽古に励んだことや、遊んだこと、神社の祭りに行ったこと、他にも、一月が知る蓮の姿が次々と浮かび上がり、そして消えていった。
蓮とは、小学校を卒業してから一度も会えなかった。もう二度と会うことはないとすら、思っていた。
しかし今、再会は果たされたのだ。だが、喜ぶべき形での再会ではなかった。
殺戮の象徴と称される恐るべき存在、獄鏖鬼として、蓮は一月の前に現れたのだから。
「どうして……!」
現実が受け入れられず、そもそも頭の中での整理が追いつかず、一月はそう言うのが精一杯だった。
彼女も同じだったらしい。
「そんな……!」
傍らでやり取りを見守る千芹。そう、彼女は琴音から、白い和服を着た精霊の少女に姿を変えていた。一月以外の人間がいる前では、生前の姿でいてはいけないのかも知れなかった。
しかし、それよりも何よりも大事なのは、獄鏖鬼が蓮であったということ。大勢の人間を惨く殺し、そして一月も殺そうとした恐るべき鬼の正体が、かつての親友だということだった。
その顔は黒霧に覆い隠されて半分しか見えないが、それでも見間違うはずはなかった。
何よりも、一月が落としたクマのマスコットに反応を示したことや、さっき彼が一月の名を呼んだこと、それらが彼が蓮であるという証拠だった。
「まさか……」
獄鏖鬼と化した親友が、絞り出すように言う。驚いているのは、蓮も同様のようだった。
こんなことがあるはずがない、悪夢なら早く覚めて欲しい――そう思わずにはいられなかった。しかし、一月の瞳は間違いなく真実を映していた。
どうして? さっき口に出したように、ただそれしか浮かばなかった。
何故蓮が獄鏖鬼となってしまったのか、彼の身に何が起こったのか、すぐにでも問いただしたかった。
しかし、
「っ!」
蓮が息を飲み、横を向く。
それとほぼ同時に、一月は目の前で緑と黄色の光が飛散するのを目にした。
「うっ!」
驚きと眩しさに、思わず目を逸らす。
蓮(その時には既に顔全体を再び黒霧で覆い、獄鏖鬼の姿に戻っていた)が何かを防ぐように、その右腕を顔の前に掲げていたのが分かった。
その視線の先を追うと、見知った男が立っていた。その後ろには、ともに着物姿の二人の少女が立っていた。
「黛先生……!」
不意に現れた彼、黛に一月は驚く。
獄鏖鬼の気配を感じ取り、この場に駆け付けてくれたのだろう。その後ろには薺と菘がおり、先程の光は彼女達が放った攻撃によるものだと分かった。
黛が、おもむろな様子で口を開いた。
「蓮君……!」
鬼と化した、かつての弟子との対面だった。
獄鏖鬼、つまり蓮も彼の正体を悟ったようだった。
《先生か……》
獄鏖鬼は、一月に向き直った。
円球のような二つの瞳が、困惑する一月の顔を映す。
「蓮……!」
ただ、その名を呼ぶことしかできなかった。
鬼と化したかつての友は、一月の言葉に応じることなく、その場から大きく跳躍して建物の陰へと姿を消した。
◎ ◎ ◎
「先生は知っていたんですか、獄鏖鬼の正体が蓮だってこと……」
ほんの数分前に掴んだ、衝撃の真実。それを胸に、一月はかつての師に問うた。
獄鏖鬼が姿を消した後、そこには一月と琴音、それに黛、そして黛に付き従う二人一組の精霊、薺と菘がいた。
「すまない一月君、琴音さん。伝えるべきかどうか迷っていたんだ。だが予想以上にずっと早く、君達が真実に直面する時が来てしまった」
話の主題となっているのはもちろん、獄鏖鬼の正体が蓮であったということ。黛は以前からそれを知っていたらしかった。
どうしてすぐに打ち明けてくれなかったのか、一月はそう思った。だが黛は彼なりに自分や琴音に配慮し、あえて真実を伝えなかったのだとも感じた。
緑の和服を着た精霊の少女、薺が歩み出る。
「お願いします、先生を責めないでくれませんか」
それに続いて、黄色の和服を着た精霊の少女、菘も歩み出た。
「先生、意地悪しようとして黙ってたんじゃないんだよ」
容姿も背格好もほぼ変わらない彼女達だが、その口調はまるで対照的な雰囲気だった。
二人の少女に懇願されると、一月は何も言えなくなってしまった。
琴音が(この場には一月と黛、それに精霊である薺と菘しかいないので、彼女は生前の姿に戻っていた)口を開く。
「私達の気持ちを考えて、あえて言わないでおいてくれたんですか?」
黛は頷いた。
「君達にとって、あまりにも残酷すぎる真実だと思ったんだ。だってそうだろう、同門であり親友でもあった蓮君が、獄鏖鬼となって人々を殺めているだなんてこと……」
心痛な面持ちを浮かべる黛、彼の言う通りだった。
しかし、一月や琴音と同様に、蓮の師であった彼にとっても残酷な真実のはずだった。
「だが、こうなってしまった以上はもう隠しておくことはできないし、そのつもりもない」
黛は、地面に落ちたクマのマスコットを拾い上げた。それはさっき、一月のポケットから落ちた物だ。
砂埃を払うと、黛はマスコットを一月へと手渡した。
「一月君、それに琴音さん。どうやら時が来たようだ。今こそ君達に話そう、蓮君のことを」




