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鬼哭啾啾4 ~鬼が哭く~  作者: 灰色日記帳
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其ノ拾参 ~砕カレル希望~


 どうかもう二度と、これを使う日が来ないでほしい。

 今から五年前、二度目の怪異が終結した時に、一月はそう願いつつ天庭を押し入れへとしまい込んだ。万が一にも人の目に留まってはまずいと思い、できるだけ奥の方へと入れた。

 捨ててしまうという選択肢もあった、しかしそうすれば否応なしに誰かが見つけてしまうだろう。古びているとはいえ、天庭は正真正銘の真剣、所持しているだけでも銃刀法に抵触してしまう。

 それに何よりも、『もしかしたら、これがまた必要になる時が来るのかもしれない』という懸念があったのだ。

 そして、今がまさにその時だった。

 マンションの収納スペースに隠していた天庭(鵲村を離れて一人暮らしを始める時、一月は天庭を人目に触れないようにマンションへ持ち込んでいた)を、どうして千芹が持っていたのかは定かではない。とりあえず、ここに来る前に持ってきてくれていたと考えることにした。

 獄鏖鬼を前に、戦うか否かを迷う余地はなかった。

 

「分かった……!」


 千芹に応じながら、一月は天庭を受け取る。

 傷だらけになった天庭の鞘は異様な冷たさを帯びていて、地球上の物質ではないようにも思えた。


(またこれを使うなんて……!)


 柄をぐっと掴み、一月は天庭を鞘から抜いた。

 耳障りの良い金属音を発しながら、その刃が姿を現す。最後に使った時から五年の月日が過ぎていたが、少しの錆もなく、眩い銀色の刀身が鏡のように一月の顔を映していた。

 真剣は竹刀よりもずっと重く、扱いの勝手も異なる。それでも一月は、天庭を慣れた様子で軽く振り、そして構えた。五年ぶりに握ったというのに、まるで毎日使ってきたかのようだった。

 千芹が一月を振り返り、


「いくよ、いつき……」


 そう告げたかと思うと、千芹の身がふわりと宙に浮かぶ。

 次の瞬間、彼女は大きな青い光の玉へと姿を変え――そして吸い寄せられるかのように、天庭の刀身へと同化した。これまでの怪異の際にも見てきた光景だった。

 天庭の刃が、青い光を纏う。それは千芹の霊力が宿った証拠だった。

 

「はーっ……」


 天庭を構え、深呼吸をする。一月の精神統一だった。

 鬼との対峙は三度目、それも今回の相手は獄鏖鬼、これまでとは比べ物にならないほどの強敵だ。

 込み上がる恐怖を押し殺しながら、一月は戦う意思を固める。自分が止めなければ、この鬼はこれからも多くの人間を襲い、餌食にし続けるだろう。ここで食い止める、食い止めてみせる。それが一月の出した答えだった。

 戦いを決断した一月。最強の鬼との戦いが、始まった。



  ◎  ◎  ◎



「ん……?」


 目の前の少年の姿に、蓮は引っ掛かるものを感じていた。

 それは、既視感だった。青い光を纏う真剣を構える彼の姿を、以前にもどこかで見たことがある……そう感じていたのだ。

 しかし、蓮は彼の顔が見えない。真っ赤に染め上げられた視界の中で、今自分に立ち向かおうとしている彼の顔だけが、意図的に隠されているようだったのだ。


《どうした?》


 蓮は答えなかった。答えず、ただ彼を見つめながら思った。


(あの構え、どこかで……)


 しかし次の言葉で、蓮の思考は中断する。させられる。


《殺す相手が誰なのかなど、考える必要はないだろう?》


 塗りつぶされるかのように、殺意以外の感情が消え去っていくのが分かる。

 蓮が発すべき言葉は、一つだった。


「ああ……そうだな」


 赤黒い霧に覆い包まれた体を身動きさせつつ、獄鏖鬼と化した蓮は咆哮した。



  ◎  ◎  ◎



 殺意を吐き出すかのごとく――獄鏖鬼の咆哮が夜闇に木霊する。それは音という領域を遥かに超え、まるで衝撃波だった。

 耳を塞ぎたくなるが、一月にそんな暇は与えられなかった。

 赤黒い霧にその身を覆い包ませた化け物が、開いていた距離を一瞬のうちに詰め、襲い掛かってきた。


《いつき、危ない!》


 防いでも無駄だと一月は知っていた。それ以前に、防ぐことなど不可能だ。獄鏖鬼の攻撃力は正しく桁違い、避ける以外に術はない。

 一月はすぐさま横に飛び退き、突進を回避する。

 それも束の間、すぐさま振り返って獄鏖鬼を視界に捉え直した。一瞬でも視線を外していれば、攻撃をまともに喰らうことに繋がりかねない。

 獄鏖鬼は体制を立て直すと、再び一月へ襲い掛かってきた。

 赤黒い右手が迫ってくる、一月はそれをしゃがんで回避し、続けて繰り出されたパンチも後方に身を動かして回避した。剣道で培った動体視力と瞬発力が活きていた。

 距離を取り、天庭を構え直した。


「はあ、はあっ……!」


 緊張と疲労感で、反撃の隙が見い出せなかった。

 いつまでも回避などしていられない、このまま攻撃され続ければいずれは喰らってしまう。頭ではそれを理解していたが、どうすべきなのか一月には分からない。

 どうにか、隙を見つけなければ。

 そう思いはしたものの、獄鏖鬼に隙などあるのかは疑問だった。人間と違って、鬼は疲れなど感じない。一月を仕留めるまで、不断に攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

《いつき、気をつけて……!》


 千芹の忠告とほぼ同時に、獄鏖鬼がその右腕を刃の形状へ変じさせる。

 その時ふと、一月は自身の後部を一瞥した。そこには、コンクリートの壁があった。


(もしかしたら……)


 一つの策が浮かんだ直後、これまで以上のスピードで獄鏖鬼が迫ってきた。刃が振りかざされる、一月を串刺しにする気だ。

 反射的に、一月は横へと飛び退く。反応が遅れていれば命はなかっただろう。

 一月を狙った刃は目標を失い、代わりにコンクリートの壁に突き刺さる。凄まじい切れ味であることが見て取れたが、それが仇となった。

 刃がコンクリートの壁を深々と突き刺したせいで、それを引き抜く動作が必要となったのだ。その間、獄鏖鬼は身動きが取れなくなる。恐るべき攻撃力を誇り、さらに疲れることもない鬼、一月はそれを逆手に取ったのだ。

 防戦一方を強いられていた一月に、反撃の機が訪れた。


(今だ!)


 動きを止めた獄鏖鬼に、一月は天庭を振りかざしつつ走り寄った。

 がら空きになったその腹部目掛け、渾身の一振りを見舞う。青い火花が瞬く、手ごたえはあった。

 天庭と千芹の霊力が載せられた攻撃、例え獄鏖鬼でも、これならば効かないはずなど……そう思った。

 しかし、


「はっ!」


 結果は、最悪だった。

 今の一撃を受けてもなお、獄鏖鬼の様子に何ら変化は見受けられなかったのだ。効いていなかったということを、否応なく思い知らされる。


(これでも、駄目なのか……!?)


 落胆している暇もなかった。刃と化した腕は既にコンクリートの壁から引き抜かれ、獄鏖鬼は自由を取り戻していたのだ。

 下から上に振り上げる形で、一月に向けて刃と化した腕が迫ってくる。接近していた一月には、避ける術がなかった。

 防ぐのは不可能、そう理解してはいたものの、一月は咄嗟に天庭を盾にする。せめてもの足掻きだった。

 獄鏖鬼の攻撃が天庭に当たった瞬間、甲高い金属音が響き渡り、その衝撃に一月の身が後方へ跳ね飛ばされる。その最中、一月は自身の手から天庭が離れるのを感じた。


「がっ!」


 地面に伏した一月は、宙に跳ね飛ばされた天庭を視界に捉えた。

 その刀身から青い光が分離したと思った次の瞬間、それが起きた。

 ――天庭の刀身が、真っ二つに折れたのだ。


「っ……!」


 ただ、息を飲むことしかできなかった。






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