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ファンタジー系

ふたつきのくに

作者: 深月織

 


「――そうして、カグヤヒメは、月の世界へと帰って行きました――」


 淡く夜の空に浮かぶ月を眺めながら、私は物語を結んだ。

 部屋に満ちる子ども達の柔らかな寝息に微笑んで、そうっと窓辺から離れる。

 捲れた毛布を一人一人かけ直してやっていると、「ユカリ母さん、」と囁く声が私を呼んで。

 子ども達の中で一番年長のディオが不安に揺れる青い瞳をこちらに向けていた。

 どうしたの、と唇だけで訊ねると、ボソボソと問うてくる声。

 それに否定を返して、額におやすみのキスをひとつ。

 安心したような吐息を漏らしディオが瞼を閉じたのを確認して、私は部屋を後にした。





「ディオがね、『母さんは、カグヤヒメじゃないよね?』だって」

 琥珀色の液体を入れたグラス片手にやって来た彼に、そう言うと。

「カグヤヒメ…て、アレか、お前の国の高慢な女の話。求婚者たちを手玉に取って、結局トンズラしやがったっていう……チビ共の教育に悪かねえか?」

 そんなひねくれた受け取り方をするのはアンタだけだ。

 むぅ、と唇を尖らすと、お酒の味のキスが落ちてくる。

 お前は飲んじゃダメだからコレだけな、と笑う彼に、私からもう一度くちづける。

「…アイツ7歳だったからな。覚えてるんだろ、お前を拾ったときのこと」

 軽くキスを交わしながら、彼の肩越しに、窓から見える双つの月を瞳に写す。

 私が知っていたものより少し大きな月と、桃色がかった小さな月と。

 初めて見たときは、悪い夢に迷い込んだ気分になったそれも、5年たった今は、見慣れた風景になった。


「…で、何て答えたんだよ」

 片手にグラス、もう片手に私を抱き寄せた彼の唇がこめかみに押し当てられる。

 くすぐったさに肩をすくめると、膝の上に抱え直された。

 それが分かってから、スキンシップが多くなったのは気のせいかしら。なだらかな腹部を撫でる手のひらに愛しさを感じてまた笑った。

「私はカグヤヒメじゃないから、ずっとみんなといるよ、って」

 笑んだ唇をついばんで、当然だと彼は呟く。

「帰られても困る。万が一迎えが来ても、追い返してやる」



 ―――月に帰ったかぐや姫。


 私は帰らない。

 ……帰れない。



 5年前、私はごく普通の小学校教師だった。

 ある日突然――本当に突然、自分のいた世界から、こちらの世界に落ちるまで。

 原因なんてわからない。

 ただ、私はいつもの通勤道を歩いていただけだった。

 突然、目眩がして、足元を見失って――気が付けば、見たこともない場所にいたのだ。


 マンガや小説では、異世界にとばされるのは不思議な力を持っていたり、特別な存在だったりするのに、私はなんの力もない、ただの教師。

 定められた宿命もない、ただの女。

 あの時、彼に助けられなければそのまま野垂れ死んでいただろう。


 戦災孤児を拾って暮らしていた彼は、言葉もわからず戸惑うばかりの私を連れ帰り、面倒を見てくれた。

 彼が育てていた親をなくした幼い子ども達が、私をユカリ母さんと呼んで慕ってくれたから、違う世界にいることも耐えられたのかもしれない。


 夜空に浮かぶ、私の世界とは違う月を見るたびに、寂しくなったけれど―――、


「由香里」


 甘い囁きが耳に落とされる。

 優しく強く包み込んでくれるこの腕と、宿った新しい命があるから。


 もう寂しく思わない。


 もう帰りたいと泣くこともない。


 私は双つ月の国でこれからも生きていく―――。




fin.


以前blogにアップした変則的トリップもの。

長い話のエピローグ部分を切り出したような雰囲気を狙ってみました。


何か少しでもお心に引っ掛かるものがございましたら、感想お聞かせくださいませ。

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