幼馴染メイドとメイド同好会で勉強会①
「あ」
「あ」
二人して、同時に声を出したのは放課後、幸奈と一緒にメイド同好会へと向かっている最中だった。
そこで、偶然春の彼女である真野さんと出会った。
「真野さん……」
「尾山くん……」
なんとも気まずい。真野さんと会うのはこれで三度目だ。でも、一度目は顔を見ただけで話してもいない。幸奈と出かけるために一人じゃ服を選べなくて、春に手伝ってもらった時にそれなりに会話したのが二度目。つまり、一対一ではこれが初となる。……隣に幸奈はいるけど。
この前の礼を言わないと、と頭の中でシミュレーションしても切り出し方が分からない。真野さんも勝手な解釈だけど、男の子が苦手なのか目がキョロキョロして話し出そうとしない。
「この子、誰?」
二人してそんな感じでいると幸奈が横から口を挟んできた。僕と真野さんが別れたばかりのカップルみたいな雰囲気を醸し出してたからか少しお怒り状態のように感じる。まぁ、今まで恋人なんていたことないからそんな必要ないんだけど。
「えっと……真野さん」
「真野さん? 私、知らないんだけど」
鋭い目で真野さんを見る幸奈。真野さんはそんな幸奈の眼光に若干怯えている。僕は幸奈の頭を軽く叩いた。
「な、なにするの!?」
幸奈は頭を抑えながら涙目で抗議してくる。
「あのなぁ、真野さんビビってるだろ」
「だって……ゆうくんが私の知らない女の子となんだか怪しげな雰囲気出すから不安になったんだよ」
「知らないって……あのなぁ。《《あの》》雨の日に会ってるんだぞ?」
「……記憶にない」
「失礼だろ」
「だって! ゆうくんと相合い傘して帰れることが嬉しかったんだもん。興奮してたんだもん!」
「真野さん春の隣にいたんだぞ」
「目に入ってなかった……」
呆れて何も言えなかった。
そりゃ、真野さんは幸奈みたいにパッと目を惹くようなタイプの美人じゃないし、物静かだ。
でも、ちゃんと春の隣にいた。嬉しそうに頬を染めて口角を上げていたんだ。
幸奈にはもう少しだけ視界を大きくしてほしい。真野さんが良い人じゃなかったらケンカになってたぞ。
「はぁ……真野さんとはなんでもないよ。知り合い……みたいな。ね?」
真野さんにパスすると真野さんもコクコクと頷いて答えた。
「は、はい。私、春くんの彼女の真野めぐみです。お、尾山くんとは知り合いです」
真野さんの答えを聞いて、幸奈は顔を輝かせた。
「そおなんだぁ~」
この変わりようである。僕も真野さんもなんとも言えないでいた。
「初めまして。私、姫宮 幸奈です」
幸奈はすこぶる笑顔だった。真野さんも幸奈の変わりように驚いたのが顔がひきつっていて、一歩後ずさった。
「は、はい。知ってます。その……姫宮さん有名なので」
「ねぇ、ゆうくんはどうして真野さんと知り合いなの?」
「え?」
なんて言えばいいんだ?
この前、幸奈の写真を見せてどんな服が似合うか教えてもらった……とは言いづらい。
「こ、この前、二人がデートしてる時にお邪魔しちゃってさ。そこで、知り合ったんだ」
「もう、ゆうくん。二人の大切な時間を邪魔しちゃダメだよ? 私だって、ゆうくんと二人でいる時にお邪魔虫が入るの嫌なんだから」
いったい、誰のせいだよと思いながら、事情を知らない幸奈にヘコヘコと頭を下げた。と、同時に真野さんを見ると察してくれたのか笑顔で頷いてくれていた。
「真野さん。この前はありがとね。あと、邪魔してごめんね」
「い、いえ。こちらこそ、ジュースありがとうございました」
「一応、春から好みを聞いておいたんだけど大丈夫だったかな?」
「はい」
幸奈と仲直りするのに手を貸してくれた二人にお礼に飲み物を差し入れたのだ。
「ねぇ、なんの話?」
そんなことがあったとは当然知らない幸奈ははてなマークを頭に浮かべていた。でも、教えない。これは、僕だけの秘密なんだ。
「幸奈には内緒」
「え~教えてよ~」
「ダメったらダメ」
僕と幸奈のやり取りを見てか、真野さんはクスクスと笑っていた。
「姫宮さんってそんな顔もするんですね」
「そんな顔ってどんなのかしら?」
「あ、す、すいません。そ、その、冷たいイメージだったので温かい……と言いますか」
真野さんは縮こまっていた。幸奈が怖いのだろうか。助けてあげた方が良いのかと思い、助け船を漕いだ。
「真野さん。春と帰るの?」
「そ、そうです」
「じゃあ、もう行かないとだね。時間かかると春のやつ拗ねるし」
笑って口にすると真野さんも笑って『そうですね』と頭を下げていった。後ろ姿を見送ってから同好会へ向かおうとしたが、すっかり置いてきぼりにされた幸奈はむくれたままだった。
「まだ拗ねてるのか?」
「拗ねてないもん」
「拗ねてるだろ?」
「ゆうくんが内緒って言うから……」
この場合のご機嫌とりなんて簡単だ。本当のことを包み隠さずに言えば機嫌はなおる。ただ、内緒にしたことについてはだ。
次に写真を見せたことで機嫌が悪くなる。そうなれば、謝るしか出来なくなる。
勝手に見せたのは悪いけど、そもそもケンカにまで発展させた幸奈にも責任があると思うから素直に謝るのはしゃくだ。
「まぁ、簡単に言えば、女の子と仲直りするにはどうしたらいいかちょっと教えてもらったんだよ」
これくらいが妥当だろう。そう思ったのに幸奈はますますむくれていく一方である。
「ゆうくんは誰かに聞かないと女の子との仲直りの仕方も分からないんだ」
「しょうがないだろ。今まで女の子とケンカなんてしたことなかったんだから。それに、幸奈とはちゃんと仲直りしたかったんだし」
「……っ、そ、それなら、仕方ないね」
お互い気まずくなって黙り合う。それを、取っ払うようにして『い、行くか』と口にすると幸奈も『う、うん……』と返事して歩き出した。
「……ねぇ、ゆうくん」
「……なに?」
「さっき、叩かれたところヒリヒリするから帰ったら撫でて……」
そんなになるほどの強さで叩いていない。って、ことは、理由をつけて撫でてほしいって言ってきてるのだ。遠回しに甘えたいって言ってきてるのだ。
「僕はいいけど……幸奈はいいの?」
「うん」
「じゃあ、帰ったら……」
「うん……」
会話だけなら完全なる恋人だよなぁ……とか、思いながら空き教室に着いた。ここからは気分を入れ換えて――と、空気を吸って扉を開けた。
「……どうした?」
中では、後輩の田所 咲夜と同級生の秋葉 太一が随分と肩を落としていた。




