幼馴染メイドと妹①
幸奈からの接し方が続き、なんとなく肩身を狭くしながら過ごしていた学校生活。学校では幸奈といる時間が随分増えた。どういう意図があるのか分からないまま。
そして、行き帰り。行き帰りは幸奈と共にしない。幸奈も流石にそれは不味いと分かっているのかは分からないけど、そこに関してだけは関わってこなかった。それだけが、救いのような気がした。
そして、そんな生活が続き迎えた金曜日。学校では聞けない、幸奈の急変について『ぽぷらん』で話そうと思っていた。けど、それは出来なかった。
「ん、メッセージ?」
連絡用アプリ『LEIN』に一件のメッセージが届いていた。差出人は妹の朱里からだった。
用件は今日の夜、晩ご飯を作りに行ってあげるとのことだった。
僕には決めていることがある。毎週金曜日メイド喫茶『ぽぷらん』 に行って、一週間のご褒美にオムライスを食べることだ。
でも、流石に血の繋がった妹が来てくれるのにそれを断ってまで行こうとは思わない。だって、相手は妹なのだから。
僕は分かったことを送ると朱里が来るのを待った。
しばらくしてからチャイムが鳴った。
玄関を開けるとそこには黒髪をサイドテールに纏めた少女――妹の朱里が立っていた。
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
「そうだな。あ、荷物持つぞ」
「ありがとー。材料とか買ってきたからもう重くて」
朱里の手から食材が入っているスーパーの袋を受け取る。確かに、重たい。女の子がずっと持っているのは疲れるな。
「疲れたろ? 呼んでくれたら良かったのに」
「うーん、ま、筋トレみたいな?」
「なんだそれ」
朱里は白くて細い腕を見せつけるようにしてえへへと笑う。それにつられて僕も笑った。
朱里は部屋に入ると背負っていたリュックを下ろした。その際に大きな音がして気になった。
「なに持ってきたんだ?」
「ん~着替え。今日泊まっていくから」
「えっ!? そんなの聞いてないぞ!」
「だって、言ってないよ? ダメ?」
「ダメじゃないけど……母さんは知ってるのか?」
「うん。むしろ、ママから言われたんだよ。お兄ちゃんの栄養が心配だからあたしに作りに行ってあげてって」
「そ、そうなんだ」
先に言っといてくれと母さんに思いつつ、心配してくれていることを感じる。
「それよりも! お兄ちゃん、あたしに何か言うことなーい?」
くるっと一回転してみせる朱里。制服のスカートがふわりと揺れ動く。
「え、なんだ?」
「もう。制服姿。妹のせ・い・ふ・く・姿だよ!」
ぶーっと頬を膨らませる朱里。制服がなんだと思いつつ一先ず褒めてみる。
「あ、ああ。似合ってるな」
「そうそう。それでいいんだよー。ありがと、お兄ちゃん」
良かった。褒めるので正解だったようだ。
えへへーと喜ぶ朱里を見てホッとした。
「写真でしか見てなかったけど、実物を見ると高校生になったんだなって実感が出るな」
「でしょー? 私もついに高校生だよ!」
朱里はつい数ヶ月前に女子高に入学したばかりだ。入学式当日、校門の前で撮った制服姿の写真が送られてきて見ていたけど、実物を見るとこれまた良いものである。お世辞じゃなく、スゴく似合ってる。
「じゃ、早速ご飯作るね」
「何作ってくれるんだ?」
「ミートスパゲッティー!」
「お、良いな。楽しみだ」
「私の成長した腕前を見せてあげるよ!」
制服の上から持参したエプロンをつける朱里。そして、買ってきた食材を持ってそのままキッチンへと向かう。
朱里は昔から料理が得意だ。僕は邪魔しないように椅子に座って大人しく待つ。
「学校はどうだ?」
「楽しいよー。みんな優しいし」
「そっか」
「あたしね、調理部に入ったよ」
「既に得意なのに?」
「まぁ、特にしたいことなかったし。もっと上手になれるならって感じで」
「へー」
と言うことは、既に得意な朱里の料理の腕にさらに磨きがかかってるってことか。ますます楽しみだな。
少しして手際よく作られたミートスパゲッティーが出された。香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「いただきます」
フォークを手にしていざ実食。うん、おいしい。ここ最近食べてきた中で一番おいしい。
「どう?」
「めっちゃおいしい!」
「良かったー!」
「朱里はいいお嫁さんになるな」
「も、もう。変なこと言ってないで早く食べて」
褒めたつもりだったけど、朱里は嬉しいからなのか恥ずかしいからなのかあまり良い気分にはならなかったようだ。
「洗い物は僕がしてるから先に風呂入ってきていいぞ」
「うん、分かった。ありがとね、お兄ちゃん」
「なんでも妹に任せきりには出来ないしな。タオルは洗面所にあるから」
僕は食器を持ってキッチンへと向かい、朱里はリュックの中から着替えを取り出していた。
今回は幸奈の時みたいにならないように気をつけないと。家族だから裸を見てしまっても他人よりはましかもしれない。でも、妹の裸を見てしまうのも絶対にダメだ。
「お兄ちゃん、覗かないでよ」
「妹の風呂を覗く兄なんてどこにいる?」
「アハハ、そうだね。じゃ、行ってくるね」
朱里が風呂に入っている間に洗い物を済ませた僕は椅子に座って朱里が出てくるのを待つ。
それから少しして朱里は髪をタオルで拭きながら出てきた。おろされた綺麗な黒髪。その長さは幸奈とそこまで変わらず思わず見つめてしまった。
「ん? どうしたの?」
「いや、似てるなって思って……」
「誰に?」
訊かれて僕は首を横に振った。危ない危ない。無意識に幸奈のことを考えるようになってる。今はいないんだから考えないでいいんだ。
「なんでもない」
「ふーん。じゃ、お兄ちゃん次入ってきなよ」
「ああ」
僕は風呂に入った。
僕が風呂から出てくると朱里はソファに座りながらうとうととしていた。
「朱里。僕のベッドでいいなら使うか?」
「うん……」
「よし。じゃあ、一旦起きて」
「んーん、おんぶして。おんぶ。歩きたくない」
料理してくれたしなと思いつつ朱里をおんぶする。
「お兄ちゃん……」
甘えるような声で体重を預ける朱里を背負いながら部屋に行ってベッドに座らせてから横にならした。
すっかり眠っている朱里に薄い布団を一枚かけて部屋を出た。そして、することもなくなったので僕も寝ることにした。ソファに横になって目を閉じた。
翌朝、僕は連続して鳴るチャイムの音で目が覚めた。なんだか、嫌な予感がする。悪寒を感じながら玄関へと近づく。
その途中、チャイムの音は消え、代わりに扉をドンドンと叩くようになっていた。嫌な予感は確信に変わった。
扉を開け、無言で正体を確かめる。
分かってはいたけど幸奈だった。どうやら、怒っているような幸奈は勝手に中に入ってきた。
「どうして昨日は来なかったのよ!」
「え、いや、それは……」
「祐介に何かあったんじゃないかって心配したじゃない!」
どうやら連絡もなしに『ぽぷらん』に行かなかったことを心配してくれているらしい。申し訳ないことをしたと思いつつ仕方がない。だって、幸奈の連絡先なんて知らないのだから。
「ご、ごめんな。実は――」
「ん~~……朝からどうしたの……?」
幸奈の声がうるさかったのか、眠そうな目を擦りながら朱里が出てくる。
「ああ、朱――」
「だ、誰、その子……」
どうやら、数年間会ってなかったようで幸奈は朱里に気づかないらしい。昔はあんなに一緒に遊んでいたというのに。
朱里だと教えようとしたら幸奈はこの世の終わりみたいな表情を浮かべていた。
「ゆ、祐介が……祐介が知らない女の子を連れ込んでる―――っ!」
幸奈は盛大な勘違いをしているらしい。




