幼馴染メイドとテスト勉強を③了
チャーハンを食べ終えた後、残っている科目の国語から教えてもらうことになった。
「漢字は暗記よ。ひたすら書いて覚えなさい」
さっきのよく分からない会話をするつもりはなく、幸奈は国語の勉強方法を教えてくる。
で、また暗記ときた。
暗記すること多すぎて逆に馬鹿になりそうだ。
「でも、国語って文章問題多いだろ? この時の主人公の気持ちはどうか答えなさいってやつ。あれはどう乗り越えたらいいんだ?」
そもそも、気持ちを答えなさい系統の問題はズルいと思う。僕だって、一応それなりに考えて答えているのに何故か毎回不正解って返ってくる。
結局、あんな問題は僕がどう思ったかなんて重要じゃないんだ。先生が考えてる理想の答えにどれだけ近い答えを書けるかによるんだ。そんな問題に答える価値はあるのか……ないだろ?
「感情移入するのよ」
「感情移入……?」
「そうよ。恋する乙女がいたら恋する乙女の気持ちになるのよ」
「恋する乙女って……僕は男だし乙女にはなれないだろ」
僕の言ってることは正論だ。
なのに、すぐに幸奈からダメ出しをくらった。
「そういうところがダメなのよ。いい? 一生懸命自分とその子を重ねるの。別に乙女になれって言ってるんじゃない。祐介もその物語の中で恋するのよ」
「そう言われても……」
僕は恋なんてしたことない。
いや、正確には幸奈を好きだったことから恋という概念そのものをしたことはある。
けど、それは、小さな……小さな子どもの時の話。好きという本当の意味を理解してないまま、ただずっと一緒にいたから家族のような好きという感情が幸奈に対してあった。だから、家族のようにずっと一緒にいたいと思ったから結婚しようなんて恥ずかしい約束をした。
でも、大きくなって考えるとそれは恋に関する好きじゃないと理解した。
幸奈と疎遠になったからと言って寂しくなければ悲しくもならなかったのがその証拠だ。
「相手のことを一途に好きって気持ちを理解するのよ。どんなに小さな部分でもいとおしくてたまらない……ずっと一緒にいたい……」
幸奈はどこか懐かしむような口調で言う。
流石は現在進行形で恋する恋する乙女だ。
「そういう気持ち……祐介にはないの?」
そんなの分からない。
僕はそこまで誰か一人の人間を好きになんてなったことがない。
だから、答えを濁した。
「でも、それって恋愛を軸にした作品での場合だろ? 家族を軸にした作品とかだと無理じゃないのか?」
「だから、想像するのよ。自分はどのような立場で、相手は何を考えているんだろうって悩むの」
「難しい話だな……」
僕が呟くと幸奈は『仕方ないわね』と言って僕の方へ向かい合う形で寄ってきて顔を見つめてきた。幸奈から漂う香りにドキッと胸が高鳴った。
「な、なに……?」
「私で練習させてあげる。私が今、何を考えてるか当ててみなさい」
そう口にして幸奈はじっと僕を見つめる。
僕も幸奈のことを見つめ返してみるがしばらくして限界がきた。
流石にキツすぎる……!
幸奈のことをどうも思っていなくても、幸奈みたいな可愛い子が近くにいるのはドキドキしてしょうがない。
「お、お腹すいたからおやつまだかなぁ~……とか?」
目をそらしながら答えた。
「違うわ。てか、私は食いしん坊キャラなの?」
実質、食いしん坊だろ……。
と、思いつつも違う答えを探す。
今日の幸奈は可笑しい。
食いしん坊扱いしたんだしてっきり怒られると思ったのに怒ってこない。むしろ、優しい表情でずっと見つめてくる。
それが、逆にものすごく怖いと感じた。
「あ、分かった」
僕はおもむろに席を立って冷蔵庫に向かった。中からコーラを取り出して幸奈に差し出す。
「コーラが飲みたかったんだろ? ごめんな、中々気づかなくて」
「は?」
「ずっと我慢してたんだろ?」
幸奈は今日コーラを飲んでいない。
飲みたくてもこの前みたいになかったらガッカリするから言わないようにしていたんだろう。だから、元気がないようにしてたんだな。
「この前は用意出来てなかったからな昨日のうちに買っといたんだ。もう我慢しなくていいぞ」
昨日の帰り道、コンビニに寄って幸奈のためにコーラを買っておいてよかった。
なるほど……そういう思いやりが大事ってことを言いたかったんだな。
「どうだ? これで、点数上がると思うか?」
「ば……」
「ば?」
「ばっっっっかじゃないの!?」
「ええっ!?」
違うのか!?
コーラを欲していたんじゃないのか!?
「本当に馬鹿で鈍感なんだから! 鈍感鈍感鈍感鈍感鈍感!」
幸奈は真っ赤になって怒りながらコーラを奪い取ると勢いよく飲み始めた。
飲むのかよ……。
「な、何点くらい?」
「五点よ!」
五点……。
僕の思いやりは五点の価値しかないらしい。……流石に傷つくぞ……!
「もう諦めなさい。祐介には無理よ。祐介には私の気持ちなんて分かんないんだから!」
そりゃ、分かるはずもない。
気持ちを共有してる訳でもなけりゃ思いを共有してる訳でもないんだから。
でも、それを言えばまた機嫌を損ねそうだし言わないでおこう。
「もう国語はおしまいよ。数学出しなさい」
「はい!」
大人しく従って数学の教科書を出した。
「何が分からないの?」
どうやら、優しい幸奈は完全に消えたようで不機嫌である。
「ほとんど分かりません……」
数学は一番の苦手だ。
どうやって解けばいいのか分からないからどの問題も解けない。
「数学も暗記よ。式の解き方を覚えるのよ」
また、暗記……結局、全部暗記じゃないか……。
「解き方が分かったらひたすら練習するの。初めは練習プリントなんてやらないでいいわ。あんなの理解してない人にとったら無意味なものだもの。だから、ひたすら式を覚えるの。いいわね!?」
それから、僕はひたすら式を覚えた。
たまに理解できないところは幸奈に教えてもらいなんとか噛み砕くことが出来た。
一通り終わる頃には夕方までかかっていた。これ以上、頭に詰め込んでも効率が悪いということで終わりになった。
「今日は助かった。ありがとう」
玄関まで幸奈を見送りに行き礼を伝える。
「あ、明日もてきぱきいくから覚悟してなさいよ!」
「え?」
「なによ?」
「いや、てっきり全教科教えてもらったから終わりだと思ってた。いいのか? 明日も教えてもらっても」
「いいわよ」
「でも、幸奈の勉強時間は?」
「私は大丈夫よ。授業中の先生の話で大抵理解してるから」
流石、賢いやつは言うことが違う。
僕は少し羨ましくなって苦笑した。
「じゃあ、明日も頼む」
「そ、その代わり! テスト最終日の寄り道ラーメンの約束、忘れないでよ!」
「分かってる。それくらい、馬鹿でも覚えてるよ」
何しろ、すごく嫌だったからな。昨日までは。
「ふん、じゃあね!」
「ああ」
幸奈が返って僕も玄関を閉めた。
昨日までは幸奈に報酬を払うのが本当に嫌だった。でも、今日と明日、幸奈の時間を貰うんだからそれくらいのことは払うのが当然かもと思った。
「……後で、もう少し勉強しとくか。幸奈にあんま迷惑かけないためにも」




