幼馴染メイドとテスト勉強を①
僕は今、幸奈を待っている。
何故、待ちたくもない相手をする必要もないのに正座して待っているかと言うと……言わずもがな、試験勉強を教えてもらうためだ。
『早速、明日から始めるわよ。朝、九時に行くから起きてなさいよ!』
『ぽぷらん』を出る際に幸奈からそう言われた。
……のに、幸奈は来ない。
僕のこの時間って一体なんだ?
しばらくしてからようやくチャイムの音が鳴った。
やっと、来たか……。
僕は痺れた足を動かして玄関に向かい扉を開けた。
「遅い! 三十分の遅刻だぞ!」
「なによ、そんなに早く私に会いたかったの? せっかちなんだから」
「違う。断じて違う。お前が言ったんだろ。九時に行くって」
「うるさいわね。女の子には色々と準備することがあるのよ」
学校に持っていくカバンを手にしながらそう口にする幸奈の格好はいつも通りだ。
ジャージに眼鏡姿。いつもと違うところと言えば……髪がボサボサでなく、普段の学校みたいに整えられているというところだ。
「……はぁ、まぁいいや。じゃ、とっとと入って――」
「まだよ」
「は?」
「まだ挨拶されてないわ」
幸奈は何かを期待するような眼差しで見てくる。
挨拶って……あれは学校でだけの話だろ?
って言えば、またごちゃごちゃ言われそうだしな……。
「おはよう、幸奈」
「おはよう、祐介」
仕方なく口にすると幸奈は満足そうな笑みを浮かべていた。
「それで、何を教えてほしいの?」
リビングにある机に向かい合って座る僕と幸奈。机の上には教科書やノート、プリントが置いてある。
「そうだな……」
何から教えてもらうか……。
自慢じゃないが、僕は中間試験の科目である国語、数学、英語、科学、歴史全てが苦手だ。高校に入ってからはますます難しくなり、どの科目も四十点以上をとったことがない。
そして、こうして悩んでいる間にもテストの日々は刻一刻と迫ってきている。
くそ……どうにかして、全科目簡単に成績を上げる方法はないものか?
「なに真剣に考えて――だ、ダメよ!」
「は? なにが?」
「教えるのは科目であって保健の実践なんかダメなんだから!」
例の如く、自分の身を守るポーズをとる幸奈。
「ふざけてるのか? 僕は今、高校に入って初めて真面目に試験と向き合って悩んでるんだ。だいたい、中間試験に保健なんてないだろ」
「す、少しは揺らぎなさいよ!」
「なぁ、全科目何を勉強していいのかが分からないからそれから教えてくれ」
幸奈のおふざけは放っておく。
幸奈に揺らぐほど今の僕の意思は弱くない。
「分かったわよ……じゃあ、ん」
幸奈は隣にある空いている席をポンポンと片手で叩いている。
「えっと……なに?」
「隣……座らないと教えられないでしょ」
「別にこのままで大丈夫なんだけど……」
「わ、私が教えにくいのよ。早くしないと帰るわよ!」
コイツ……自分は遅れてきたくせになんて言いようだ。
でも、幸奈に帰られると困るのは僕本人。大人しく従うしかない。
僕は仕方なく幸奈の隣に座り直した。
「で、何を勉強したらいいのか分からないんだっけ?」
「ああ」
「まったく……基礎から分からないなんて……」
幸奈は情けなさと呆れが混じったような声で呟いた。
そんな幸奈に情けないと分かっているから何も言い返す言葉が見つからなかった。面目ないという気持ちがいっぱいだった。
「いい? 特に勉強という勉強をしなきゃいけないのは数学だけなのよ」
「そうなの?」
「そうなの。数学以外は基本暗記で大丈夫なんだから」
幸奈から『教科書開いて』と言われ、先ずは歴史の教科書を開いた。
「見事に真っ白ね……」
まるで、購入したその日の内にタイムカプセルにでも入れられ深い眠りについていたかのように真っ白な教科書。
それを見て幸奈はまた呆れているようだった。
「……たく、いっつも寝てるばかりじゃないでたまには起きて線でも引きなさいよ。だから、試験前に焦ることになるのよ」
ぐうの音も出な……ん?
「なんで、僕がいっつも寝てるって知ってるんだ?」
僕が幸奈を教室で見ることはとても簡単だ。顔を上げて斜め前を向けばそこに幸奈がいる。
でも、幸奈が僕のことを見るのは難しい。
後ろを振り向いてじゃないと幸奈の席から僕は見えない。しかも、休み時間ならまだしも授業中のことだ。真面目に受けている幸奈が用もないのに後ろを振り向くはずがない。それこそ、意図があって後ろを振り向いてじゃないと……。
「う、後ろを見る度にだらしない顔して寝てる姿が目に入ってくるのよ!」
「ふーん……プリント配ったりする時か?」
「そ、そうよ!」
幸奈は急に焦りだしたように持ってきた学校のカバンから同じ教科書を取り出した。そして、その教科書を僕に差し出す。
「ほ、ほら、そんなことどうでもいいから早く写しなさいよ」
幸奈の教科書の中身は僕のとは違い、大事な部分にはきっちりと線が引かれていた。
それを、僕は急いで写していく。
「写したらそれを覚えることに専念――」
「幸奈」
「な、なによ……?」
幸奈の頬が僅かに紅潮しているように見える。
そんな幸奈に僕は口を開いた。
「他にも線引いてるやつとかあれば出してくれ。急いで写すから」
すると――
「……ば、馬鹿っ!」
何故だか、怒られた。
何故、怒られたのか分からない。
だから、そんな幸奈に心の中で口答えした。
馬鹿ですけどなにか?




