メイド喫茶で三再び出会うは幼馴染メイドだった
「なに疲れた顔してるのよ?」
「うるせー……こっちは悩んでんだ」
主にお前について!
僕は今、メイド喫茶『ぽぷらん』で三度出会った幸奈に接待されている。例のごとく、隣に座りながら。
どうしてこうも幸奈がいるのか分からない。
今週もご褒美として《《金曜日》》にオムライスを食べにきたというのに……。
隣にいる幸奈に頭を悩まされながら前を向くと影から深雪さんと葵さんが微笑ましそうにこっちを見ている。
それがまた、頭を悩ませた。
でも、今一番悩んでいるのはその内のどれでもない。
僕が今、一番頭を抱えているのは中間試験についてだ。
秋葉から言われた夏休み毎日補講。
それは、誰もが耳にするだけでも分かるように地獄だ。字の如く地獄だ。
夏休み毎日補講なんてむしろ夏休みでもなんでもない。
別に夏だからと言って、プールに行ったり海に行ったり夏祭りに行ったり……みたいな青春を送りたいとは思わない。そんなことメンドクサイだけだしエアコンの効いてる部屋で一日ダラダラ過ごすのが夏休みの最高の過ごし方だ。
でも、予定がないからと言って毎日補講に行きたいかと言われるとそうじゃない。用事がない限りは引きこもっていたいからこそ毎日補講なんて絶対に嫌だ。
だから、僕も秋葉に言われた通り学校から帰ってからも勉強した。出来る範囲で頑張った。
でも、成果は大してあげられてない。
元々、真面目に授業を聞いてないからこうなることは分かってたけど、いざ自分の馬鹿さを目の当たりにすると後悔しかない。……もっと、真面目に勉強しとけばよかった。
はぁ……とため息をついたところで幸奈が覗き込んでくる。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 特別に相談くらいならのってあげるわよ?」
僕も末期だな……幸奈に心配されるなんて……。
「……勉強が分からない」
「勉強?」
僕が『勉強』という単語を口にするのがそれほど珍しいのか幸奈は一瞬不思議そうな表情を浮かべた。だけど、すぐに手をポンと叩いて理解したように言った。
「ああ、もうすぐ中間試験だものね」
『中間試験』という単語を口にして一切の焦りがない幸奈。今回も当然のように乗りきっていくのだと思うと少し羨ましくもなる。
「なに、祐介勉強してるの?」
「……ちょっとだけ。でも、なにも理解出来てない。と言うか、理解することがどういうことかさえ分からなくなってる」
馬鹿は一人で勉強しても意味がない。
皆無の知識をどれだけ働かせても役に立つはずがないのだ。
そして、拗らせれば拗らせるほど頭の中がグチャグチャになる負のスパイラルに陥ってしまうのだ。今の僕のように。
「祐介、馬鹿だもんね」
ぐっ……言い返したいけど言い返すことが出来ない。
「……ね、ねぇ、私が勉強教えてあげようか?」
「は……?」
正直、幸奈が教えてくれるというのなら大助かりだ。幸奈の賢い頭で教えてもらった方が一人で悩んでいるより随分とましになる。
でも、どうしていきなり?
幸奈は僕が赤点を取ろうがどうでもいいはず。それなのに、いきなり勉強を教えてくれるなんて……裏があるに決まってる!
「……なにが狙いだ?」
「ど、どうしてよ!」
「いや、いきなり優しくなんてしないだろ。なにか狙いがあるとしか考えられない」
「頭悪いくせにどうしてそこまで考えるのよ! なに? 私が優しくするのはそんなにあり得ないことなの?」
「ああ」
普段、あれだけ偉そうにしてるんだ。自業自得だろ。
「なによ……祐介が僕にも優しくしてほしいって言ってたから優しくしようって思っただけなのに……」
しおらしくなって口にする幸奈。
えっ……本当に他意はないのか?
本当にただの親切なのか?
どこか悲しげな表情を浮かべる幸奈を見ていると罪悪感が湧いてくる。僕は勝手な判断で幸奈の心を傷つけたのかもしれない。
「ご、ごめん幸奈……酷いこと言った」
「もういいわよ……私の行いが悪いんだし仕方ないわ」
一応、自覚はあるんだな……。
幸奈の普段の行いがそうさせたのは事実だが今回悪いのは明らかに僕の方だ。謝るのが筋だ。
それに、せっかく幸奈が教えてくれるってんならその厚意に甘えてもいいだろう。僕自身のためにも。
「あ、あのな……あんなこと言っておいて都合がいいってのは分かってるんだけど」
「うん」
「幸奈さえよかったら僕に勉強教えてくれないか? 正直言うと、夏休み毎日補講は嫌なんだ」
「三年生だもんね。中間試験で全て決まる訳じゃないけど不安要素は少しでも減らしたいもんね」
「ああ、その通りだ」
これは、都合のよすぎるお願いだ。
僕が夏休みを幸せに過ごせるように幸奈を利用しているだけのこと。
「いいわよ。私が祐介に勉強教えてあげる」
僕の自分勝手な断るのが当然のお願い。
それでも、幸奈は躊躇いもなく承諾してくれた。
「本当か?」
「うん」
今日の幸奈はやけに優しい。
まるで、昔に戻ったみたいに優しい。
幸奈に対する偏見も変えないといけないな。
「ありが――」
「じゃあ、試験最終日にラーメン食べに行くわよ!」
「……は!?」
え? ラーメン? 試験最終日に?
どこからそんな話になった?
「なに? ただで私に教えてもらおうと思ったの? そんなわけないじゃない」
間の抜けたような表情をしていた僕に対して幸奈は当然のように言ってくる。
「だって、優しくって……」
「だから、教えてあげるんでしょ?」
「じゃあ、なんでラーメン?」
「私への報酬に決まってるじゃない」
……やっぱりな、可笑しいと思ったんだ。
幸奈が僕に優しいなんてあり得ないんだ。
それなのに、悲しげな表情を浮かべているように勝手に感じて誤解して……僕は馬鹿だ。勉強に関してだけじゃない、幼馴染の嘘を見抜くことも出来ない馬鹿だ。
「い、言っておくけど勉強を教えるのだって特別なんだからね!」
ここで、ツンする意味がないだろ……。
「で、教えてほしいの? それとも、一人で無様に悲しい夏休みを送るの?」
究極の選択。
でも、背に腹はかえられない。
「……お願いします」
「よろしい。言っておくけど、ラーメンは祐介の奢りだからね?」
「……はい、重々承知してます」
僕は幸奈に勉強を教えてもらうことになった。大切な何かを引き換えにして。




