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言われて言って、ようやく二人は……⑤

 幸奈から言われたのは直接的な『好き』という言葉じゃない。遠回しで間接的にずっと好きだった……と言われたのだ。


 だが、田所は違う。はっきりとその思いを確実なものとして伝えるために言ったのだ。


 短く、それでも、十七年生きてきた。

 その中で思い返してみても、こうもはっきりと『好き』と言われたことがあるだろうか。


 家族以外から。

 家族愛をもって接していた幼馴染以外から。


 ない。ないのだ。誰からも言われたことがなかった。

 むしろ、言われるつもりもなかった。


 特別な人に向けて言うそれは特別な言葉。


 それを言う相手も言われる相手も今まで一人だと思ってた。


 だから、特別なそれを向けられてどうすればいいのか分からなかった。

 それは、経験が足りないからじゃない。

 もちろん、経験の有無は大きい。より正確で適切な対応が出来るから。その場しのぎのために、傷つくことを最小限にして済ますことが出来るから。


 でも、そういうのじゃないと思った。

 大切にしないといけないから。無下にしちゃいけないから――。



「田所……」


 それは、はっきりと耳に届いていた。


 心のどこかで感じていた、もしかして、という気持ち。


 それを、確かなものにしたくなくて無理にでも気づかないふりをしていたのかもしれない。


 でも、もうそんな嘘つけなかった。田所の表情を見れば、嫌でも気づいてしまう。気づかされてしまう。


 瞳を潤ませながら耳まで真っ赤にしている。見るからに震えていて、どれだけの勇気を振り絞って出したのか分からない。測りきっていいものじゃない。


 けど、僕はそれに応えられない。田所の望む返事を口にすることは出来ない。


 何故なら、田所の本気を向けられているのにも関わらず頭の中に出てきたのは幸奈だったからだ。


 もし、田所と付き合ったとして、それはそれで楽しい未来が待ってるはずだ。二人で手を繋いだりしながら、何時もみたいなやり取りをして笑い合う。

 一年ちょっとでも、今まで紡いできた時間があるからこそ、そんな光景を容易く想像出来てしまう。


 それでも。その光景より先に出たのが幸奈だった。反射的に、幸奈の笑顔が浮かんだんだ。


「僕は……」


 口にした直後、二つの音が聞こえた。

 一つは花火の音。再び打ち上げられた花火が宙に花を咲かせる音が絶え間なく聞こえてくる。


 そして、もう一つ。

 それは、すぐ後ろからだった。じゃっ、という砂を踏む独特の音。振り返ると幸奈がいた。目を大きくさせて口を手で隠している。


 その反応だけで分かった。

 聞かれていた。聞かれてしまったと。


 そして、幸奈はすぐに後ろを向くと。


「ご、ごめんね、邪魔して……じゃ……っ」


 走っていってしまった。

 その時、雫が舞うのを見逃さなかった。


「幸奈……」


 追いかけようとした。追いかけて掴んで離さないようにしないとなにをしでかすか不安だった。

 けど、足が動かなかった。動かせなかった。

 このまま、田所の気持ちに応えもせず、追いかけるのは最低だと思ったから。


「田所……ごめん、僕は――」


「――あっはは、やっぱ、ジンクスとか信じられないっすね~」


 田所に向かい合うと彼女は後頭部をかきながら笑いだした。まるで、悲しい気持ちを隠すようにわざとらしく元気を振る舞うように。


「あ、私、別に先輩のこと好きじゃないっすから気にしないでほしいっす。ジンクスが本当なのか先輩で確かめようとしただけっすから」


 嘘だと分かる嘘。あんな顔見せられて、まんまと引っかかるほど馬鹿でも鈍感でもない。


 でも、これ以上何を言えばいいのか分からない。何かを言って、引き延ばしても田所の気持ちには応えられない。


 だから、結局それに乗ってしまった。


「そっか……嘘か。なら、幸奈に誤解されたままだと困るな」


「そっすね。だから、先輩は早く幸奈先輩を追いかけてあげてくださいっす」


「そうだな。そうするよ」


 田所に背中を向けると幸奈を追いかけようとした。

 でも、その前にどうしても言わなきゃいけないことがある。


「ありがとな」


「……なんのことか分からないっす」


 その返事を聞いて走り出した。



 ◆◆◆◆


 あーあ、行ってしまった。


 先輩が出ていった後、私はその場を動けなかった。

 それは、フラれて悲しいからじゃない。苦しいからでも、辛いからでも、悔しいからでもない。

 絶対に違う。

 だって、こうなることくらい分かってたから。


 先輩には別の人がいる。

 多分、どんな手を使ったってその背中を掴めることはない。

 二人を見るとそれくらい簡単に分かった。


 だから、言わないつもりだった。

 言って関係が拗れてしまうのが嫌だったし、私はこれまで通り、先輩をからかうウザい後輩で良かった。


 でも、言ってしまった。

 隠そうとした気持ちが自然と出てしまった。


 挙げ句、自分の気持ちにも嘘をついてフラれて……馬鹿みたいだ。


「ふー、やっと、着いた」


「遅いっすよ、秋葉先輩」


「人が多いから仕方ないだろ。仲良く手を繋いで道を塞いで邪魔ばかり……これだから、夏休みは引き込もっていたいんだ」


「にしし。夏祭りはカップルの巣窟っすからね~」


 秋葉先輩が私の座っている椅子の隣を一つ開けて座った。


「で、お前はどうしてお面なんかで顔を隠してるんだ?」


「気分っす。秋葉先輩が買ってくれたコレ、スッゴい良いっすよ」


「何が良いのかまるで分からないな」


 今の姿を誰にも見られたくなくて、お面で顔を隠しているのを秋葉先輩は何事もないように聞いてくる。


「で、秋葉先輩は花火見に行かなくていいんすか? 今、ばんばん打ち上げられてるっすよ」


「俺は最初から花火に興味ないから。お前こそ見に行かなくていいのか? 楽しみにしてたんじゃないか?」


「私は……」


 言いかけて言葉が詰まってしまう。

 どうしたかったのか自分で分からない。先輩と二人で見たかったのか、それとも、四人で見たかったのか……。


 自分の中で気持ちが定まらない。


 二人で見たかったのなら、二人でと誘えば良かった。

 でも、そうしたって先輩は来てくれない。

 四人でと言わなきゃ今日なんてなかった。


 私は先輩のそういう相手にはなれなかったのだ。


「私は……っ」


 そう思うと無性に身体が震え始めた。

 目頭が熱くなって、涙が止まらなく溢れそうになる。


 けど、グッと堪えた。

 隣にいる秋葉先輩に見せたくなかったし、見られたくなかった。

 こんな柄にもない姿、誰にも見てほしくなかった。


「……秋葉先輩。せっかく来たんだし、花火見といた方がいいっすよ」


 一人になりたい。一人でなら、泣いてすっきりして終わらせることが出来る。

 そしたら、またいつもみたいに……。


「それに、私といたらまたうるさいかもっすよ? うるさいの嫌いっすよね?」


「そうだな」


「じゃあ――」


「――でも、今日はどれだけうるさくても気にならないな。お前よりうるさい音がさっきからずっとしてるんだから」


「……っ、なんすか、それ」


 それは、遠回しに泣いていいって言われた気がした。

 そして、そう思った途端、一気に身体の力が抜けていった気がした。


「……っぅぅ、あぁぁっ」


 俯けば、お面の上にボタボタと涙が落ちる音がした。

 ボタボタボタボタと頬を何度も垂れて落ちていく。


「なんなんすか……なんなんすか。幼馴染ってなんなんすか。そんなのセコいじゃないっすか」


 先輩に幼馴染がいるなんて知らなかった。

 メイド好きの先輩なんて気持ち悪がられて、てっきり彼女なんて一生出来ないと思ってた。


 私だって、最初は面白そうだと思ったけど印象はオタクっぽくて変な人だと思った。初対面で言葉はキツいし無視するし。

 でも、いつの間にか一緒にいるようになって、さりげない態度が優しくて、それが、楽しくて嬉しくて気づけば好きになってた。好きになる気持ちなんて分からなかったけど、こういう簡単なことでそうなれることが好きになることなんだと思った。


 なのに、先輩には幼馴染がいた。

 初めて幸奈先輩を見た時はそんなこと気づきもしなかった。


 いつものように、話すことに緊張している自分を気づかれたくなくて先輩にウザ絡みにいった時には知りもしなかった。

 だって、あの時は二人は仲が悪い同級生にしか見えなかったから。

 それなのに、二人は幼馴染でずっと昔からの知り合いで……お互いのことを好きだと思ってるのに付き合いはしなくて……。


 そんなの勝ち目がない。どう足掻いたって勝ち目なんてなかったんだ。


 どうしてもっと早く伝えなかったのかと後悔した。

 二人の気持ちを知って、自分の気持ちを隠すのが苦しかった。


 報われない恋だと知って好きにならなきゃよかったとも思った。

 でも、好きになってしまったんだ……。


「悲しい……苦しい……辛い……悔しいっすよ~~~……」


 花火の音が泣き声を消してくれる間、私は泣き続けた。

 泣いて泣いて泣いて。

 今はただ何も考えず、泣いていた。

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