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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第2章 皆殺しで始まる最初のクエスト
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悪属性の相棒 【挿絵】

【挿絵回 血の描写が苦手な方は非表示にしてご覧下さい】

 巨大な爪が女性の腹を突き破る。腕に抱いたウサギのNPCごと貫いて、床に血の模様がえがかれた。


『――それではゲームを……いや。実験を開始します』


 悲鳴を無視するホウライのアナウンス。

 唐梅は女性に近づこうと手を伸ばす。女性の体が宙に浮き、手をすり抜ける。


「ひゃはははは!! すげえ、一突きだ! 見ろよ、俺のNPC。レアリティ十ってこんなにつえーんだな」


 上から降ってくる笑い声に、顔を上げる。


 黒いパーカーのフードを被った、金髪の少年。会場で見かけた参加者だ。二足歩行の黒いドラゴンの背に乗っている。


 ドラゴンの体には金の光る目が複数ついていて、ぎょろぎょろと忙しなく動く。大きな腕の先に、腹を貫かれた女性がおびただしい血を流してぶら下がっていた。


「……あなた……一体、何を……やって……」


「はあ? クエストだよ。情報パネル見ろよ」


 クエスト……? 考える余裕もないまま、今度は別の方向から悲鳴やおたけびが聞こえる。一箇所ではない。あらゆるところから発生している。周囲を見渡した。


 NPCが暴れている。被験者や、他のNPCを襲っている。


 阿鼻叫喚の中、それが何でもないことであるかのようにホウライが続けた。


『今回行うのは、NPCの稼働実験です。被験者の皆様はNPCを稼働させ、問題がないか確認して下さい。ゲームの世界観を楽しんでいただけるよう、クエストを一緒に設定してあります。詳しくは情報パネルを……』


 ホウライの言葉を最後まで聞けない。


 ドラゴンがよそを向き、今度は別の被験者を視界に捉える。被験者の少女は腰が抜けたのか、床に座り込んで呆然とドラゴンを見上げている。唐梅は飛び出す。


「やめろ!!」


 少女の前に立ち、手を広げる。ドラゴンがもう片方の爪を振り上げた。腕を構える暇もなく、腹に強い力が加わる。力の方向に引っ張られる。足が床を離れ、大きな風の音が耳を通りすぎていく。


 思わず閉じてしまった目を開ける。


 ドラゴンがいない。腹には相変わらず強い力が加わっているが、痛みはない。下方から悲鳴が聞こえ、下を見る。先ほどまで自分の後ろにいたはずの少女が、ドラゴンに食われている。


「……え……?」


 痺れた頭で、必死に状況を理解しようとする。


「危ないところでしたね、ご主人様」


 後ろからの声に振り向く。自分の相棒が、笑ってこちらを見ていた。


 相棒に抱えられ、テスト空間の上空に浮いているのだとやっと理解する。原理はわからないが、相棒は空を飛べるようだ。再度、下を見る。


 テスト空間の全体が見渡せる。


 あちこちで暴れ回るNPCと、逃げ惑う被験者達の様子。黄色い目のドラゴンが、血まみれの少女を置いてのしのしと歩きだし、次の獲物を探しに行く。


「NPC同士で戦うんじゃないのかよ!! 俺達プレイヤーは関係ないだろう!」


「プレイヤー? 被験者、だろ。クエストの内容見ろっつーの」


 下から聞こえてくる会話に、震えてしょうがない手でパネルを開いた。クエスト、クエストと探すが、震えも相まってもたつく。変な画面ばかり出してしまう。


 唐梅の手を押しやって、相棒が空いた手で代わりにパネルを操作する。切り替わった画面に表示された文を読む。


『クエストA:敵を倒す。個体数に応じ、ポイント加算』


 たったそれだけの短い文。


「これが今開催されているクエストです。NPCを倒せばポイント加算、被験者を倒してもポイント加算、です」


 相棒の説明に耳を疑う。


 被験者を倒す……? それが、クエストの内容に含まれている? ホールで話した男性の言葉を思い出す。


 ゲームの世界観なんだから、バトルするに決まってるだろう。


 戦う……あの男性の言った通りじゃないか。しかし……。眼下に広がる地獄を見る。思わず、呟く。


「……ゲー、ム……? ……これが、ゲームの……せかい、かん……?」


 NPCの断末魔が響いた。


 見ると、男性の被験者をかばって立っているロボット型のNPCが、ドラゴンの爪を押し返そうと踏ん張っている。ドラゴンが足を踏み出して、NPCを押し倒す。鉄製の体に大きな爪がいとも簡単にめり込んでいく。


「……!! ……ひ、ひじき! 僕を下ろしてくれ! そうしたら、君は安全なところに隠れているんだ!」


「嫌です」


「えっ!? な、何だって!」


「そんな名前嫌です」


「あ、ああ。き、君は安全なところにいるんだ。それで、僕のことは下ろしてくれ!」


 相棒が首をかしげる。納得がいっていない表情。


「僕を助けてくれたのはわかる、ありがとう……! でも頼む……下ろしてくれ!!」


 体が空中に浮かんだ。


「……うわああああああ!!」


 一気に落下し、ぼすんと音を立てて柔らかいものの上に落ちた。どうやら、下ろされたというより落とされたらしい。


 急いで起き上がると、自分が落ちたのが大きな獣のNPCの上だったことがわかる。死んでいる。ごめんよと謝って、体から下りた。先ほど見た光景に向かって、走りだす。


「やめろおおおお!!」


 ロボットをすでに破壊し、男性を襲っているドラゴンの背中を駆け上がる。そこに座っている少年のフードを掴み、引きずり下ろす。二人して床に落ち、転がる。


 起き上がろうとする少年の腹に跨がり、胸ぐらを掴んだ。


「ひゃっはっは。勇気あるなあ、お前」


「こんなことやめろ!! NPCはデータかもしれないが、被験者はそうじゃない! ゲームの世界観、であって、ゲームじゃないんだぞこれは!!」


 真剣な言葉をよそに、少年はからかうように笑い続ける。


「悪いなあ。ヒーローになれるチャンスだったのに。救けようとした相手、血まみれにしちゃってよ」


「――……っ!!」


 怒りにわななく唐梅の背後で、ずっしりと重量のある振動が近づく。慌てて振り返る。ドラゴンがギラつく目でこちらを見ている。それから体をひねり、背を向けた。


「えっ?」


 攻撃しないのか。


 拍子抜けしていると、体に衝撃が走った。ぐぅえ、とえずく。胃液が上がる。ドラゴンの黒いしっぽが腹を蹴り、はねのけ、体を上へ投げた。数メートルほど飛んで、何かに激しくぶつかる。


「げほッ、げほ……!!」


「風邪ですか、ご主人様」


 のんきな声に顔を上げる。隠れていろと指示したはずの相棒が立っていた。


 受け止めてくれたのか、単にぶつかったのか。どちらにせよ、かなりの衝撃だったはずだ。それでも相棒は冗談を言う余裕があるらしい。


「……あ、ああ……ストレスがすごくてね……。……それより」


 自分が飛んできた方向を見る。


 少年がドラゴンの背に乗り直し、こちらの方には目もくれず、テスト空間の中央に向かう。暴れていた他のNPC達も中央に集まってくる。その主人と思しき被験者らが、ニヤニヤと笑って会話を始めた。


「……残りはお前らか。まだ結構いんなあ。俺のNPCでボコしてやんよ」


「レアリティいくつだよ」


「言うわけねえだろ」


 軽口を言い合い、互いの動向を探る。

 ドラゴンと少年がそこに加わり、フードを被り直して、呟いた。


「……さーて。最終決戦」


 それを合図に、殺戮を繰り返した強靭なNPC達が床を蹴る。すさまじい振動が空間に響いた。咆哮とともに噛みつき、引っかき、攻撃し合う。中には火を吐くものもいる。


 やめろ、という小さく虚しい声が騒音にかき消される。声を届けようと、叫んだ。


「……やめろと言ってるのが聞こえないのかああああっ!!」






「……あのやかましいの、何て言ったっけ? アンケート見せて」


 ホウライの言葉に、他の研究員が動いた。情報パネルを出し、操作する。数秒して軽快な電子音が鳴り、ホウライの前にもパネルが現れる。


 研究室の大型スクリーンにうつし出された、暴れるNPCらの映像。パニックムービーさながらの映像を横目に、パネルの内容を確認していく。


「えー……被験者、唐梅。学生。……ああ、ヒーローになれる、の宣伝文句を見てここにきたのか。コードのあれね」


 鼻で笑うと、テスト空間の映像に目を戻す。意地悪く目を細め、吹き出しそうになるのをこらえる。


「で、そいつに配られたのが……」






「よせ! やめろ!! 聞こえてるんだろう!!」


 テスト空間の中央に向かって声を荒げる。NPC達が止まる様子は一向にない。


 まだ生き残っている他の被験者達が、決戦を楽しむ狂人どもの姿を震えながら見守っている。それを受けて、また飛び出そうとする。ぐいっと強く後ろに引っ張られ、尻もちをつく。


「ご主人様、危険です。死んでしまいますよ」


「構うもんか! あれをやめさせるんだ!」


「それは無理です。ご主人様。あれは悪属性ですよ。殺しをやめるはずありません」


 聞き覚えのない言葉に振り向く。学ランの首根っこを掴まれたまま、相棒を見上げる。


「……悪……ぞく、せい……?」


 相棒が薄く笑う。


「NPCの属性です。悪属性のNPCは凶暴で、攻撃的な性格です。殺しや暴力が大好きです」


「……、……つま、り……」


「性分で殺しているんです。何を言っても無駄です」

 

 わかったようなわからないような顔で、呆然とする。考えを巡らせ、続く戦闘の方を見やる。


「……じゃあ、どうしたらいい……。どうしたら……」


 戸惑いに、相棒が答えた。


「ここにいる悪属性は、どれも大したことありません。弱いです」


 ……よわ、い……?


 周囲の凄惨な光景を見渡す。白い床に映える血と、死体。隠れ、怯える生存者の姿。


「これ……が、よわい、もんか……!」


「弱いです。証明できます」


 証明。相棒の言葉に、今度は唐梅が首をかしげた。その反応をなぜか笑い、愉快でたまらないという様子で、相棒が続きを述べる。


「ご主人様。私は――」


 目を大きく見開く相棒。主人に顔を近づけ、これ以上ないくらい口をつり上げる。


「――その悪属性の、頂点です」


 相棒が手をかかげた。背後に、赤い光線が花開く。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)のように頭上に咲き、回転して、光を放った。白い空間が、強い光で一気に赤く染まる。






 赤い光にくらんだ目を開ける。


 光が止み、先ほどまでの白い世界に戻っている。


 しかし、何かが違う。妙に静かだ。


 周囲を見ようとして、やめる。ただ座り込む。そして、聞こえない。と思う。


 聞こえない。自分と、相棒の二人。


 それ以外の息が、聞こえない。



挿絵(By みてみん)


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