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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第1章 現実世界と電脳世界
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カーテンの奥、砂漠に青い騎士

 ホウライの言葉に、会場がどよめく。

 皆が周囲を見渡し、どういうことだ、と不安と混乱を顕にする。


 この後すぐに、電子空間へ移行? 今日は説明会じゃないのか。


 考えを巡らせると、確かに会場の看板には、先行被験者募集としか書かれていなかったことを思い出す。それでも、今日は説明のみだと思い込んだことには理由がある。


 両隣の二人と顔を見合わせる。二人とも動揺し、何が起きているのかわからないという様子で首をふった。

 それらを一切無視して、ホウライがステージの奥に消えようとする。


「――ちょっと待って下さい! 書類の説明を口頭でし、細かい質問も後で受けつける、そう言っていたはずです!!」


 唐梅の声がホールに響いた。


 皆の注目がいっせいに集まる。しまった、と唐梅は口を押さえる。が、別に自分は何もしでかしてはいないだろうと思い直す。


 立ち止まったホウライがこちらを横目でにらんでくる。果敢ににらみ返した。


「すぐに移行、とは一体どういうことですか。いくらなんでも急すぎます」


「時間がないんです。さっきも言ったでしょう。世界中で実施されている実験なので、後がつかえてる。そんなすぐに行けないという方は、帰ってもらっていい。ただし、後から参加はできません。この世紀の実験に参加できるのは、今電脳世界に行けるものだけです」


 ホウライに毅然と返され、言葉に詰まる。


 今行けないなら、参加はできない。急な選択を迫られ、真剣に考える。


 席を立つものはいない。世紀の実験に参加するチャンスを前に、他の参加者達も悩んでいる。

 隣の男性が手をあげた。


「……別に、自分はすぐ移行してもいいんですが。その前に、多少確認したいことがあります。ゲームの世界観をとり入れたと言いますが、ジャンルは? MMORPG? FPS形式という噂が海外であったが、それは本当ですか」


 エムエム…何それ? と、男性の質問に唐梅がふり向いた。


「何それ?」


 あれっ、と自分の口を再び押さえる。声に出したつもりはない。注意深く周囲を観察すると、皆ステージに顔を向けている。


 ホウライだ。ホウライが唐梅と同じく首をかしげて、男性の問いに問いで返している。男性はあからさまに戸惑った。


 ずっと黙ってことの様子を見守っていた他の研究員らが、ホウライに耳打ちする。だるそうに耳を傾けて、これまただるそうに男性に視線を戻す。


「……MMORPG、だそうです」


 答えにせきを切ったように、あちこちから声があがり始めた。


「もっとも優秀なコンビ、の優秀とはどういう意味ですか」


「電子空間でご説明します」


「実験はいつ頃終わるんでしょうか。つまり、参加期間はどのくらい? 実験の具体的な内容についても一緒にお願いします」


「電子空間でご説明します」


「実験の途中でやめたくなったら帰ってこられるか?」


「電子空間サイバーセカンドは現在研究中です。被験者の方は現時点では電子空間移行後不可逆データとなり、現実の世界に戻ってこられない可能性があります」


 どよめきというレベルに収まらない、大きなうねりがホールを包む。唐梅は耳を疑う。


 移行したら、戻ってこられない? なぜそのような重要なことを、今まで一切触れなかったのか。質問がなければ、ひた隠しにするつもりだったのか。


 CMや特集から抱いたイメージが、がらりと変わっていく。サイバーセカンドはとんでもない研究機関のようだ。

 一方で、戻ってこられないという言葉に対して、変に冷静な自分がいることを唐梅は感じとる。


「命の保証はなし、こちら側にはどうあってももう帰ってこられない可能性が高い。そう契約書に記しているはずです」


 すました顔で、ホウライが言ってのける。

 受付の単語を訳し、流暢に日本語で話していながら書類は英語表記だったことの意味を思い知る。日本語で書かれていたなら、まず見逃していない内容だ。サインせず帰るものがほとんどだろう。


 ホールのうねりの中、不安と恐怖を隠せない声で三度(みたび)質問が飛びかった。


「あの……仮に、電子空間内で死んだらどうなりますか」


「電子空間でご説明します」


「賞金は一億と言うが、不可逆で帰ってこられないのならその賞金はどこで使うのか。サイバーセカンド内で使うのか?」


「どちらでもお使いいただけます」


「しかし、帰ってこられないんでしょう。あるいは、その優秀なコンビだけが現実世界に戻れるということか?」


「先ほどご説明した通りです」


「……つまり、もっとも優秀なコンビとなり、一億手に入れても、こっちには帰ってこられない?」


 ホウライが肩をすくめる。


 それを合図に、賞金目当てだったと思われる数人が立ち上がった。追って、大勢が席から立ち上がり、逃げるように会場から出ていこうとする。唐梅は静かに見守った。


「……二人は帰った方がいい。まだ若いんだ。この実験は危険だよ」


 隣の男性が、こちらを見て告げる。言葉を選び、落ち着いた声で男性に返す。


「僕は……学校や、……家には話を通してきたので。元々、長期に渡る実験だろうと踏んでここに来ましたから。――このまま実験に参加します」


 男性が、推しはかる目で唐梅をじっと見た。

 視線を後ろにずらして、同じく席を立とうとしない専門学生の女性に向ける。


 女性は先ほどまでの笑顔が嘘のように表情から消え、俯いている。強い意志を感じさせる目つきをし、椅子から動こうとしない。


 二人の様子を見て、男性は何も言わなくなる。唐梅達の横を、帰る人達が足早に通りすぎていく。


「――止まれ!!」


 大声に顔を上げる。ホールから出ていこうとする人の波が、ピタリと止まった。


「……ったく。これだからCMなんざ打ちたくなかったんだ。バカらしい」


 言いながらシャツを緩め、ステージの上でホウライが白衣のポケットをごそごそと探った。


 何をするのか、と警戒し目をこらしていると、とり出したものを耳や、指につけ始めた。ピアスと指輪。


「サイバーセカンドの研究が成功すれば、いつでも自分の好きな世界に行ける、世界を選べるようになる」


 ぞんざいな口調でホウライが続ける。


「嫌になったら次の世界」


 指輪をはめた手で、わざとらしくポーズを決める。と思いきや、すぐにうんざりと大きなため息をつく。一変したホウライの空気に、参加者達は固まる。


 異様な態度のまま、ホウライがふいに右手をあげた。


「見せろ」


 ステージの後ろ、閉じられていたカーテンが大きな音を立てて豪快に開く。カーテンの動きに合わせて、ホウライがステージの端に移動する。

 本来ならスクリーンがあるはずのそこに、一面の砂漠がある。

 

 え? ……砂漠?


 唐梅は度重なる混乱で自分の目がどうかなったのかと眼鏡を外し、眉間を揉んで、眼鏡を戻し、もう一度目の前の状況を確認した。


 ……砂漠、だ。まさか……あれが、電子空間?


 これまで、悪い感情からわき起こってきたどよめきとは違う歓声が後方からあがった。

 帰っていこうとしていたもの達が数人、カーテンの向こうの景色をよく見ようと戻ってくる。


「イノセンス、やれ」


 その名前に体を震わせる。


 次の瞬間、風の音がホールに響く。

 違和感があり、周囲を見る。風ではない。髪や服、周りの人間が揺れている様子も、空気が動く様子もない。


 誰かが息をのむ声が聞こえ、はっと砂漠に目を戻す。


 砂漠の向こう、目が痛いくらいに濃い青。

 空を背負い、銀にも青にも見える背の高い騎士が砂上に立ち、こちらを窺っている。緊張とも興奮ともつかないものが、唐梅の体を走る。


 騎士の頭部についた青い房が、空と同化しながらゆったり揺れた。

 美しくなだらかな映像に、似つかわしくない不穏な音が混ざる。


 ぎ、ぎ、ぎ。


 何の音だ。音の正体を定めようと、耳をすます。

 

 悲鳴があがる。戻ってきた被験者らが、恐怖に体をのけぞらせた。

 イノセンスが、体重を前にかけ、軋みながら振りかぶる。


 青い閃光がホールを包む。


 凄まじい、雷鳴に似た轟音。振動。電光。

 まぶしさに目をくらませ、守るようにして前に出した腕の中から、必死に状況を捉えようとする。青白い光の中で、ステージの上、砂漠にもっとも近い場所にいるホウライが平気で立っていることに気づく。


 まだ音が鳴り止まない中、腕を解いた。


「……ガラス?」


 バリバリと未だ激しい音を轟かせ、ホールを振動させる電光を確認する。こちらには来ていない。稲光りは、砂漠の中に留まっている。


 丸みのある分厚いガラスが、砂漠とステージの間にあることがわかる。ガラスに遮られ、電流が細い糸になっていき、やがて消えた。


「……すごい……!!」


 唐梅が歓喜すると一様に、ホールが大歓声にわく。拍手が起こり、砂漠の中央で悠然と構えている騎士に声援を送る。


「ふん、帰ってこられないから何だ。帰る必要があるのか、この古い掃き溜めに」


 ホウライがピンマイクに向かってぼそりと毒づくのが、はっきりと聞こえる。


「さあ! 来るのか、来ないのか。新しい世界がすぐそこにある。跨げ!! 足が震えてるやつはつまんねー現実世界にタクシー使って帰りやがれ」


 中指を突き立て、ホウライがほえる。

 ガラスの真ん中がひび割れ、耳障りな音とともに、電流に揺れる黒い穴が出現する。

 ホウライの煽りに突き動かされ、現象を目の当たりにした唐梅含む被験者達がいっせいに立ち上がった。


 穴に自ら食われるように、被験者達がステージに向かう。唐梅も飛び込む。


 黒い渦に食われる瞬間、恐怖などなく、次に感じるであろう熱風を待ち、唐梅の胸は期待に踊った。






「……えっ?」


 渦の向こう、そこにあの砂漠はなかった。


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