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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第1章 現実世界と電脳世界
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電脳世界に転移してもらいます

 バスを降りると、唐梅はきょろきょろと辺りを見回した。 


 都市と郊外の真ん中に位置する、何とも中途半端な場所にあるドームを探す。比較的新しい銀色の丸い建物を少し先に見つけ、歩き始めた。

 

 数日続いていた雨があがり、ほどよく整備された緑がコンクリートの歩道に散りばめられ、晴天の中青々と光を反射している。空を何度か見上げ、あの空模様の騎士のことを思い出す。


 ドームの前に着く。


『サイバーセカンド被験者募集:日本近畿地区会場』


 看板に書かれてある文字を確認すると、迷うことなく入り口に向かって足を踏み出した。






「な……なんだって……!」


 会場に入り、唐梅はあんぐりと口を開けた。


 それなりの広さのある会場が、人でごった返している。外は静かで、行列などもなかったため、あまり人は来ていないものと思い込んでいた。


 募集人数に制限などはないはずだが、妙に焦りだす。


『――応募される先行被験者の方は、受付で書類にサインして下さい。繰り返します、応募される先行被験者の方は……』


 人の熱気の中、何とか聞きとれるアナウンスの指示に従い、周囲を見渡す。


 集団の向こうに、「受付」と大っぴらに書かれたコピー紙を垂らす机が見える。最新の電子空間を開発した研究所が主催しているとは思えないほどアナログな表現だ。唐梅は、驚くようなほっとするような気持ちになる。


 受付に向かうと、すでに手続きを終えた人ばかりなのか、誰も並んでいない。

 机で居眠りしている白衣の男に声をかける。


「すみません。まだ、受けつけていますか」


「いくらでも」


 眠っているように見られた男が、すぐに返事を寄こして驚く。

 寝癖とも地毛ともわからない黒髪をがしがしとかき、男が顔を上げた。若い研究員で、医療用のマスクをつけている。


「では、指紋を登録して下さい。それから書類にサインを」


「指紋?」


 戸惑っていると、男が机の上の端末を唐梅に見せる。


「ここに指を」


 言われるがままに、両手を端末のパネルに一度に押しつける。ピピ、と機械音がし、スキャンが終わると、分厚い書類を前に出された。


「……あの、親の承諾等は……」


「ああ、未成年。日本は成人年齢の引き下げが遅れているんでしたね。十六歳以上なら自分のサインだけで結構」


 もっとも懸念していたことがあっさりと解決し、安堵した。が、書類の内容を確認しようとして、愕然とする。

 びっしりと紙を埋めつくす英単語。めくってみるが、全て英語で書かれている。どうやら、日本語に訳してくれたのは「受付」の文字だけのようだ。


「書類の説明は後にもします。とりあえずサインだけして、説明が気に入らなかったら帰っていただいて結構。細かい質問もその時に。待ち時間はアンケートに答えて、第一ホールでお待ち下さい」


 頑張って読もうとしていたのを途中でやめ、サインする。


「最後に一つだけ伺いたいんですが、今日は説明だけなんですよね? 持ち物などは必要ない?」


「銃でも準備してるんですか。持っていきたいならどうぞ」


 冗談か本気か真意の見えない言葉に苦笑いで返すと、唐梅はまっすぐホールに向かった。






 ささっとアンケートに答えて提出してしまうと、唐梅はホールの中央付近の空いた席に適当に座った。


 ぞろぞろと他の参加者も移動し始め、各々席に着く。その中に、何か知っているものが見えた気がして、目をこらす。

 人混みの割れ目に、金髪がちらりと見える。一瞬、息をのむ。しかしよく見ると、短く切りそろえられている。黒いパーカーを着た少年だ。


 肩の力が抜け、椅子の背もたれに体重を預けた。ついでに時間を確認すると、すでに説明会の開始時間を過ぎている。いかにも外国の研究機関らしい。


 文化の違いを頭ではわかりつつも、真面目な唐梅はそわそわして辺りを見回す。


 いつの間にか自分の周囲も席が埋まっており、左隣に座る女性と目が合った。肩まである黒髪に、ピンク色の眼鏡をかけている。


「こんにちは。学生さん?」


「えっ、はい。初めまして。……どうしてわかるんですか」


「学ランで来てる……」


「あっ」


 一番しっかりした服を選んだつもりだったが、そういえば自分以外に制服やスーツで来ている人を見ない。ドレスコードを間違えたのではないかと焦り始める。


「まあ、私も専門学生だから学生なんだけどね」


「何だ、若いなあ二人とも。学校はいいのか」


 声に振り返ると、今度は右隣の男性が話しかけてきた。こちらの男性も眼鏡をかけていて、唐梅に雰囲気が似ている。


「それは……答えづらい質問です」


 眼鏡仲間に挟まれ言いよどんでいると、


「サボりです!」


 女性が元気に答えた。

 ははは、と男性が笑い、空気が軽くなる。周りの人にも聞こえたらしく、明るい雰囲気が伝染していく。唐梅の緊張もほぐれる。


 和やかな空気を維持したまま、女性が楽しそうに実験について話し始めた。


「NPCはかわいいのがいいよね。どんな子が来てくれるかなあ」


「俺は見た目なんかどうでもいいよ。それより、スキルと能力値だろう」


 多少ゲームに詳しいらしい二人の間で、目を泳がす。


 ゲームの世界観を表現した電子空間の実験に来るのは、当然ゲームに詳しい人達だろう。ゲームについて勉強してきた方がよかっただろうか。場違いなのを感じる。

 なら、今勉強してしまおうと男性に質問をふった。


「すみません。スキルと能力値って何ですか」


「ええっ。君、大丈夫か。ゲームが好きで来たんじゃないの。変わってるなあ……。スキルは、NPCが持ってるであろう技能っていうか……当然持ってるはずだ。能力値は、そのまんまだよ。体力がどれくらい、攻撃力がどれくらいっての」


「攻撃力? ……攻撃? 攻撃するんですか」


「君、本当に大丈夫か。ゲームの世界観なんだから、バトルするに決まってるだろう」


「えっ。バトル? 戦うんですか」


 クスクスと笑い声があちこちで漏れる。今度は自分が笑われている。

 唐梅はくっ、と呻くと文字通り頭を抱えた。


 先ほどの研究員の、銃のくだりを思い出す。今にして思えば、あれはゲームに絡めたれっきとしたジョークだったのだろう。


「し……しかし、実験と言っていますよね」


「生身の人間を投入する、って言ってただろう。その実験だよ。成功したら、後はどうぞ遊んで下さいってことさ」


「えっ。そうなんですか。確かに、特集ではそんなことを言っていましたけど……」


「これって要はフルダイブゲームだよね? ゲームの世界に行けるってやつ」


 戸惑う唐梅を置いて、眼鏡の女性が男性に専門的な話を続ける。


「フルダイブではないけど、ゲームの世界に行けるってのは合ってるよ。フルダイブはVRを通して、ゲーム内に五感を再現するだけだ。現実世界に体がある。でもこの実験はゲームの世界に生身の人間を投入する。体ごと、本当にゲームの世界に行けるんだよ。ダイブというより、いわば……電脳世界転移だな」


 おおー、と女性を含め、周囲の人が感心する。唐梅も目を輝かせる。


 電脳世界転移。

 それが成功すれば、科学の大きな進歩に繋がるのは間違いない。コード教授の真剣さは、これだったのではないか。世界を変えて生きることができたなら、救われる人は大勢いるだろう。


「まあ、推測でしかないけどね。実際、投入に成功した後、電子空間の中で具体的に何をするのかはわかってないよ。サイバーセカンドのサイトにも、CMや特集で言っていた以上のことは書いてないし……今のNPCの話も推測でしかない。スキルや能力値なんてない可能性も……」


「結局ゲームなんだか実験なんだか、よくわかんないよね。……あっ」


 女性が声をあげる。同時に、ホールの人間がざわつく。

 前を見ると、ステージに白衣の集団が姿を現した。遅刻などものともしない態度で、悠々とサイバーセカンドの研究員達が登壇する。


「やっと始まるね。これで実験のこともきっとわかるよ」


 女性の言葉に、唐梅は姿勢を正す。眼鏡をかけ直すと、サイバーセカンドの発する最初の言葉に集中した。






「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。閑暦(かんれき)十年の節目にこのような……ってのは、いいか」


 定例の挨拶を途中でやめて、面倒くさそうに壇上の白衣の男が頭をかく。さっきの、と唐梅は小さく呟く。受付で居眠り、しているようでしていなかった男。


「電脳世界研究機関サイバーセカンド所属、開発総責任者の一人、ホウライです。特集に出演したコード教授を待っていた方は、残念でしたね。教授は私に後ろから蹴られて寝込んでいまして」


 曖昧な笑いが会場を包む。受付でもそうだったが、独特の刺激的なジョークに唐梅はどうもついていけない。


 あの若さで開発総責任者。まさか教授を責任者の席から蹴落としたという意味ではあるまいな、と勘ぐる。

 いずれにせよ、コード教授の年輪を重ねた聡明さとは別のものをホウライからは感じられる。


「早速ですが、予定がおしておりまして……日本近畿地区会場の皆様に、電子空間サイバーセカンドで行われる実験について、要項をざっとご説明します」


 身を乗り出した。会場も聞き入り、静まり返る。


「皆様にはゲーム……のようなもの、の被験者になっていただきます。厳密には、ゲームの世界観を模した実験プロジェクト。我々サイバーセカンドが研究、開発した電脳世界であるところの同名”電子空間サイバーセカンド”にて実験に協力していただく。というのが今回の内容になります」


 一拍間を置いて、ホウライが続ける。


「以上です」


 えっ、それだけ。と隣の女性が声をあげた。唐梅も眉をしかめる。説明が少なすぎる。


 まだ続きがあるだろうと次の言葉を待っていると、ホウライがピンマイクを通して、当たり前のような調子でとんでもないことを口走った。


「この後すぐ、電子空間に移行してもらいます。――じゃ、準備して」


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