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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第1章 現実世界と電脳世界
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サイバーセカンドの実験

 誰かがテレビをつけっぱなしにして、そのまま出て行ったようだ。施設は、閑散としている。あたたかいとも冷たいとも言えない場所。


 重い動作でゴミを払う。砂漠蔵から逃げ、どしゃ降りの中を帰ってきた。服が雨を吸って重たい。


 学校側が今後どのような対応をとるのか、唐梅にはまるではかれない。そのことを考えると、体の重みが一気に増し、動けなくなる。


「……砂漠蔵はこれで退学……なのか」


 悲観をこぼす。まとわりつくゴミや雨水のことを忘れ、どっしりとソファに沈む。これまでの、砂漠蔵とのことを思い返す。


 唐梅が教師ぶって注意をした相手は、何も砂漠蔵だけではない。素行の悪い生徒に、自分から首を突っ込む癖がある。

 壁に落書きをしている砂漠蔵を注意し、以降も問題を起こす度に注意し、すったもんだとなっていた。それをクラス担任が”じゃれ合い”と言ったのは、実際陰険なものではなかったからだろう。


 しかし、今まで自分が首を突っ込んだ誰よりも、砂漠蔵が冷たい場所に生きていることを知った。


 一年のニ学期が終わる頃、冬の帰り道で偶然、虐待の現場を見てしまったのだ。


 以降は、砂漠蔵が突っかかってきても、何も言わなくなった。

 だが、砂漠蔵のストレスのはけ口になることが問題を解決することになったのか。ただの時間稼ぎにすぎないではないか。自分への失望を口にする。


「……こんなんで教師なんか目指してたのか、僕は」


 孤独な生徒の親代わり。そこまでやってくれる教師は、現実にはいない。

 だから、自分がなってみようと考えた。

 そんな甘ったるい夢を、つい最近まで本気で考えていた自分を、他人のように遠く感じる。浅く感じる。


 まさに、砂漠蔵のような生徒を救える人間でないといけないのに。こんな自分に、適正があるはずがない。唐梅は呻く。


「……僕じゃ、救けられない。誰も……僕なんかじゃ」


 顔に手をあてる。濡れた眼鏡が軋み、テレビの青い光が、指の間から漏れる。

 耳鳴りを押しやって、けたたましい音楽が虚ろな唐梅を呼び起こす。


『――電脳世界研究の最高峰、サイバーセカンドの提供する電子空間、同名サイバーセカンド!』


「……」


 重たさを吹き飛ばす音声。連日放送されているサイバーセカンドのCMが流れる。


『サイバーセカンドでは、実験に参加する先行被験者の方々を募集しています。参加したもっとも優秀な”コンビ”には賞金一億円!! ゲームの世界観を表現した最新の電子空間で、君は剣士に、魔術師に、悪の覇者に、ヒーローになれる!』


 テレビの映像に目を向ける。電子空間と思われる場所に、空模様をモチーフにした騎士が軽やかに登場し、宣伝文句に合わせてポーズを決めた。


 CMの後には特集が流れ始める。今や、世界中を騒がせている最新の電子空間の実験についてまとめた特集のようだ。唐梅は、なかば現実逃避するようにテレビの画面を見つめ続ける。


『こちらはサイバーセカンド開発総責任者の一人、コード教授です。本日は取材に応じて下さり、ありがとうございます』


 アナウンサーの隣に、白衣の老年の男性が現れた。外国人らしい、いかつい顔つきだが、取材陣に流暢な日本語で対応している。


 教授の来歴がざっと紹介され、家族写真などもうつしだされた。教授の娘と思しき銀髪の快活そうな少女が、教授と二人、写真の中で笑顔を見せている。


『早速ですが、サイバーセカンドの今回実施する実験について、詳しくお願いします』


『我々サイバーセカンドの研究する電脳世界、”電子空間サイバーセカンド”において、ついに生身の人間を投入する段階にまで研究が進み、今回はその被験者を大々的に世界中から募集している次第です』


 スケールの大きな話だ、と鈍く思う。自分が後退しようとしている時に、一歩進もうとする世界。数秒ぼうっと聞くが、型の古いリモコンに手を伸ばそうと立ち上がった。


『その電脳世界についてなんですが、……失礼、正しくは電子空間、でしょうか?』


『どちらでも構いません。わかりやすく言うなら、電脳世界はジャンル名、電子空間は商品名といったところですかね』


『ではその電子空間についてなんですが、どのような世界になっているんでしょうか?』


『電子空間はゲームの世界をイメージして構成されています。これは実際に映像を見てもらった方が早いでしょう。こちらをご覧下さい』


 教授の言葉に画面が切り替わり、美しい世界が目に飛び込んでくる。豊かな草原、中世の街並みに、広大な海。


 ゲームの世界、などとは思えない。現実そのもののようでいて、現実より輝かしい世界がそこにある。

 アナウンサーが感嘆し、唐梅も手を止めて新世界の映像に見入った。アナウンサーは質問を続ける。


『参加したもっとも優秀な”コンビ”には賞金一億円! とCMで喧伝されていますが、コンビというのはどういう意味でしょう? 実験には二人組で参加しなければならないということでしょうか?』


『CMでは省略されていますが、NPC……これはデータですが、成長し、死ねば消滅もする。このNPCを参加した被験者の方々にランダムに配布し、コンビを組んで、ゲームのような世界観を楽しみながら実験に参加してもらうことができます』


『ひょっとして、CMに出ているあの騎士でしょうか?』


『NPCのデザインは多岐にわたります。イノセンスはそのうちの一つです』


 イノセンス。あの騎士の名前か。innocence、潔白。正しさを想起させる名前だ。美しい電脳世界を、潔白の騎士といっしょに駆ける様を想像する。


 少し気分が晴れ、リモコンのボタンにかけた指の力が抜けていく。が、すぐに緩んだ気持ちを引き戻すはめになった。


『悪の覇者になれる、ということですが、具体的に電子空間内でどのように遊べるんでしょうか? 職業を選択するんですか? 職業の中に悪の覇者というのがあるんですね? その後、NPCを使って悪の親玉としてなり上がっていく?』


 アナウンサーとは別の取材陣が割り込み、教授にまくし立てた。悪、を執拗に連呼する男性に、教授は顔をしかめる。唐梅も同じようにしかめた。


『誰かを救うヒーローになれる』


 しん、と取材陣が静まり返る。


 先ほどまでの空気を覆して、教授が告げた。カメラの中央をにらみ、その向こうにいる人間全員を動かそうとする気迫で語りかける。


『サイバーセカンド被験者募集会場にて、あなたの参加をお待ちしています』


 後にも取材は続いたが、唐梅の耳には何も入ってこなかった。雨で冷え切っているはずの体が、まるでそうとは感じられず、ずっと立ちつくして棒になっているはずの足もしっかりしている。


 深く息を吸い込むと、唐梅は誰に言うでもなく、自分に向けてはっきりと言った。


「応募しよう」


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