最初の血ぬられた善行、その結末
バチバチッ。静電気が走る音がした。音の正体を探し、目をこらす。
電流が床を跳ねている。
波うつ電気が足もとを通りすぎ、部屋の中央へ向かっていく。目で追い、体の向きを変える。そこで部屋の異変に気がついた。
ない。あるはずのものがない。そう思った瞬間、
「唐梅くん、上!!」
蜜月に指摘され、上を見る。
ひときわ大きな雷鳴が轟いた。床の電流が壁を伝い、バリバリと天井に集約していく。集まった電流が次第に変形する。――人の形。
電流が人間の形になったかと思うと、それが砂漠蔵の顔に、詫無の体に、スタッドの服に変化した。
「――うわああああ!!」
脱落者たちが降ってくる。体に電気をまとい、武器を構え、唐梅の頭上に落ちてくる。後に続き、床に転がっていたはずのNPCが電流の中から再生して牙をむく。
「はああああ!? 何これ!? ちょっと待ってよ! 敗者復活戦でしょ!? 一回死んだらそれで敗退のはずじゃん!」
わめく紅白に、復活した詫無が鉄パイプで殴りかかる。
「ホウライが再生は一度きりですなんて言ったか? 耐久戦なんだよこれは!」
はっきりと真実を言い放つ。それを聞き、仲間に向かって叫ぶ。
「皆さん、気をつけてください!! 彼らは特殊なステータスを持った敵――特殊なステータス、つまり”不死身”です!! 僕たちに回復薬を使わせるよう促すことを条件に、サイバーセカンドが彼らに与えたもの……!」
脱落者の洪水をぬって、砂漠蔵が前に現れた。まともに説明もできず、自分を捕らえようとする鉤爪を避ける。
砂漠蔵を警戒しつつ、必死に目を動かす。右、前、左。四方八方を再生した脱落者たちに囲まれている。自分だけではない。仲間も皆それぞれが脱落者と対峙し、あちこちで戦闘が始まっている。
そこへホウライの嬉々とした声が響く。
『――よし、いいぞ。どんどん追い込め。時間いっぱい攻撃して、回復薬を使わせるんです』
あけすけなアナウンスに呆れる暇もない。説明は後だ、となりふり構わず相棒に目を向ける。
「グッディ!!」
「わかってますよ」
魔術師が手を振った。床に染みついた血が再びボコボコとうごめいて、同じ魔法陣が出現する。
カッと輝くと、トゲが脱落者を突き刺す。途端、血にまみれたはずの体が電気に変わり、テレポートして別の場所から現れる。一瞬で再生するのを目撃して、おののく。先ほどとは比べものにならない再生スピードだ。
「おいおいおい、ヤベえなこりゃ。これじゃあ、きりが――」
「うわあああ~ん! 今度こそ本気で負けちゃうよ~っ!!」
仲間がひいひい言っている。自分の心境もその比ではない。誰かが大ケガをしようものなら、回復薬に頼らざるをえない。まさにそれが脱落者らの狙いであり目的なのだ。
右往左往する唐梅とは対象的に、グッディは興奮を抑えきれない顔で三度手を振った。
魔法陣が発動する。トゲが脱落者を貫く。再生する。魔法陣が発動し、トゲが貫く。再生する。
殺人鬼が魔術を無限に放つ。殺しては再生し、再生しては殺す。しかし、何度殺されようと脱落者たちは顔色一つ変えず戻ってくる。グッディは歓喜する。
「ははははは!! 一週間分の殺しを回収させてもらいます!」
溜まりに溜まったストレスをここぞと発散しようとするグッディに、慌ててストップをかける。
「グッディ待て、乱発するな! これは耐久戦だ、いつまで戦いが続くか……! え、MP……魔力の温存を!」
「私に魔力の限界なんかありません。延々と攻撃できます」
「えっ! な、何だって! 今、すごく聞きたくないことを聞いたような……!」
狂ったようにグッディが魔術を連射する。大トカゲの腹を突き破り、トゲは上に乗っていた詫無ごと貫いてうねる。血を浴びた陽子が息をのむ。
唐梅もまた、砂漠蔵が死んでは戻ってくるさまを見続ける。的確に腹を狙うトゲが、砂漠蔵の脇腹を割く。割かれた腹を気にもとめず、砂漠蔵は無表情で鉤爪を伸ばしてくる。
「――ぅぐっ!」
別のトゲが背中を貫き、目の前で少女が絶命した。
終われと願うほど続く悪夢が、延々繰り返される。
「ちぃ、こりゃダメだな。……おい、ホウライ」
けろっと再生した詫無が面倒そうにぼやく。
少しのためらいらしき間を見せてから、警報がテスト空間に鳴り響いた。
『――あーあ、ったく……はいはい、終了でーす。時間経過により耐久戦、もとい、本日のクエスト及び実験は終了です。被験者とNPCは休憩用フィールドに移行してください』
終了のアナウンスに仲間たちが顔を上げた。ほっと安堵の息を吐くが、全員血まみれだ。その血が電流となり、構成物質の一部として死人の体に戻ると、脱落者たちが息を吹き返す。
『なお、今後も脱落者の皆様には引き続きチャンスを与え、クエスト及び実験に参加していただきますのでそのつもりで』
衝撃的な一言に目を見開く。
血の気が引く、と思うと実際に、体に付着した血が引いていき砂漠蔵の体へ戻っていく。トゲから少し離れたところで再生すると、砂漠蔵は涼しい顔で髪をかき上げた。
「なん……だって……」
思わずつぶやき、凍りつく自分を砂漠蔵が一瞥する。その姿から唐梅も目が離せない。混乱が頭を渦巻く。
――この何度でも蘇る猛攻をかわしながら、実験を? ギリギリ正義を? 一度殺した相手に、狙われ続ける……死ぬまで、追われ続ける。
「はは……、因果……か……」
ただ一人、殺人鬼だけを上機嫌にして、長い耐久戦――最初の血ぬられた善行は幕を閉じた。




