多くを殺し、少しばかり救う
脱落者達は反応しない。ハイラント達との戦いを見ているはずの詫無は、そのセリフの意味を知りながらも不敵に笑っている。
「やるのか、唐梅」
限武に聞かれ、頷く。
「はい。……どのみち、一度殺した相手です。ぐだぐだ言うつもりはありません。皆さんは、さがっていて下さい」
抑えきれない含み笑いが背後で発せられた。くきき、と奇妙な声をあげて、グッディが殺人鬼の顔をしているのが感じとれる。
悪属性と判断。唐梅の言葉の意味を理解し、捕らわれた仲間は静かに目をつむった。自分達の運命を悟った表情で覚悟を決める。
仲間の姿を目の端に捉え、唐梅もまた、彼らとは別の覚悟をかためる。
汗ばむ拳を背中に隠す。震えそうになる手を隠すポーズ。半歩さがって、背中をグッディに密着させる。捕らわれた仲間を前に見すえ、残りの仲間と共犯相手を背に腹をくくった。
今さら、何をおそれる必要がある。もとより、ギリギリの正義。殺しを必ずともなう血ぬられた善行だ。僕達は多くを殺し、そして……少しばかり、救う。
「くるぞ」
詫無がぼそりと合図する。脱落者らが武器を構え、身を寄せ合う。人質に体を密着させ、かたまる。
スタッドがおもむろにビンをとり出し、蓋を開け、フォーゼに何かをふりかけた。
「カウントぉー。終わるまでにこっちへ来い、唐梅。でなきゃ、こいつらから殺す。……じゅーう。きゅーう」
詫無がぞんざいにカウントを始める。間にがっちりと挟まれ、捕らわれた仲間はぎゅっと口を結ぶ。
これは……耐久戦だ。僕達が死ぬまで耐久か……時間制限式か。僕は今回……後者に託す。
思考をまとめると、小声ですぐ後ろのグッディに話しかける。
「……グッディ。早速だけど、約束を破るよ」
「え?」
「君には悪属性のNPCを、僕は被験者を……と言ったね。でも、今回は……君が相手をしてくれないか。今の僕じゃ、どうにもできないんだ。僕じゃ……仲間を守れないんだ」
ニイイ、と上機嫌にグッディは笑う。
「その代わり。何か、奇抜な方法にしてくれないか。あちらの気を引きつけるような……」
「……奇抜な魔術、ですか?」
「そうだね。僕が苦しむようなのがいい。例えば……代償に僕の腕をもいで捧げる、とか」
主人が妙なことを言いだして、首をかしげる。
「いいんですか。痛いですよ。別に、そこまでして救けてあげなくても。捕まるような弱い仲間は、一緒に殺してしまえばいいんですよ」
「これくらいの状況完璧に切り抜けないと、弱くうつるのは君の方だよ」
むっと口を曲げ、グッディが唸った。目をそらして、少し考える。答えを待たずに、話を続ける。
「それに、何より……」
「……?」
「君が楽しんでいる間、暇だ。腕の一本捧げて遊べる魔術で、僕は自分の暇を殺して楽しむ」
「――……!!」
グッディは打ち震える。自分でも思いもしない、主人の言葉。興奮したように再び笑う。
対して、とっくにカウントを終えた詫無が、やれやれという様子で首を振った。
「……おい、いつまで作戦会議してやがる。……もういい。待たん。お前ら、武器を――……」
ガブッ! ……ブシャ、ブシュ。
部屋に、嫌な音が反響する。砂漠蔵が目を見開く。言いかけたことを途中で止め、詫無も目の前の光景に意識を向けた。
「――……いっ……!!」
唐梅の肩に、グッディが噛みついている。
すでにフォーゼの爪によって切り傷のついた肩。そこに、グッディの犬歯が容赦なく突き刺さる。だらだらと血が流れ出ていき、学ランを伝う。
突然主人に噛みついたグッディに、仲間達も目を見張った。呆然とする被験者らの中で、詫無だけが落ち着いた声を出す。……共食いか?
「腕は勘弁してあげます。ご主人様」
「……やさ、し……ね……、……グッ、ディ……ッ」
噛みついたまま喋るグッディに、何とか返事をする。拍子に、ぼたり。大きな血のしずくが床に落ちる。
すると血が床を這い、生き物じみて動きだした。脱落者達から悲鳴が漏れる。
血が模様を描き始め、唐梅を中心に床を広がり、魔法陣を形成していく。クジャクの尾に連なる目玉。それを連想させる模様が円いっぱいに増殖し、赤く発光する。
白一色の空間が赤へと変わる。赤色の光に目をやられ、皆が自分の目をかばう。
光がやみ、目を開くと、脱落者達が倒れているのを唐梅は見る。
魔法陣がゆっくりと消え、代わりに血が床を濡らした。脱落者一人一人を、赤黒いトゲが貫いている。
捕らわれていた仲間は傷一つついていない。脱落者の死体の中に立ち、言葉を失っている。
「――唐梅くん!!」
蜜月の声。振り返る。入り口では、スタッドが倒れている。開放された蜜月がこちらを見ており、驚く。
グッディは蜜月は狙わないでくれたのか。二度殺した絶望のうちで、少しの光がさす。
「あれ? おかしいですねえ……」
グッディが同じく振り返り、入り口のドラゴンを見る。
入り口には蜜月とウサギのぬいぐるみ、そして――フォーゼがいる。血まみれの肩を押さえ、唐梅も訝しむ。
そうだ。あのドラゴン……フォーゼは、まだ倒していなかった。だが、今の魔術でフォーゼの背に乗っていたはずのスタッドは倒れている。なぜフォーゼだけ生きて……。
残ったドラゴンを殺そうと、グッディが入り口に向けて手を振りかざした。
「!! ――待て、グッディ!!」




