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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第5章 血ぬられた善行
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貫くと決めた自分の正義

「うわあーっ、ずるい~!! 人質とるなんてさあ~! 卑怯だよ」


「そうだ、最低だぞ! まるでサイバーセカンドだな」


「声がでかいぞ、ジジイ。ホウライに聞こえる。それより……この状況、どうする。唐梅」


 限武(げんぶ)と紅白が野次を飛ばす中、好削(すざく)が落ち着いた声で確認してくる。反応できない。想定していた流れとは違う、最悪の状況になってしまっていることに、理解が追いつかない。


 違う……今までと違う。どうして彼らは怯まない? NPCはもういない。レアリティ百のグッドディードには、巨大な龍でさえ敵わないのに。


 人質をとったところで、戦力差は変わらない。僕にとって、最悪の事態ではある。でも、だから彼らには安全、という風にはならないはずだ。


 これまでは、何と言おうとグッドディードの攻撃を見たものは戦意を喪失していた。紅白も、ハイラント達も。特にハイラントなど、逃げるものはないと言い切った後で一目散に逃げていったではないか。


 今、本当に逃げようとしないものを前にして、唐梅の頭が白くなっていく。


 凍りつく主人の耳元に、悪魔がささやく。


「ああ、何てひどい。これは悪属性ですねえ。関係ないものを巻き込むなんて……。もちろん、殺すんですよね。ご主人様」


「……」


「悪属性の主人」


 汗が伝う。顔の血を拭きとるふりをして、ぬぐう。動揺を気どられないよう注意しつつ、グッディの言葉を反すうし、考える。


 彼らが悪属性……と言えるのか。


 効率的にポイントを稼ぐために集まったと詫無は言ったが、僕達に対する恨みが全くないわけではないだろう。殺された復讐のために来ているのなら、それはまともな感情だ。


 これが他人の問題だったなら……復讐のためとはいえ、誘拐や脅迫をすべきではないと思う。でも、僕にはとても言えない。僕は関係者で、恨まれている張本人なのだから。


「……これで勝てると思っていらっしゃるんですか。我々の怒りを煽るだけですよ」


「ふん。もっとひどいことしてきた奴が、何言ってやがる」


 なるべく自然に詫無(わびなし)と会話を続ける。その隙に、彼らの武器や装備に目をやった。装備に手を出すような様子はない。


 いや、人間である被験者が武器、装備、アイテムでどれだけ工夫しようと、グッドディード相手にはたかが知れている。

 それどころか、ほとんどの人間が低レアリティのNPCにすら敵わないだろう。特に彼らは身をもって経験しているはずだ。


 回復薬を大量に持っているのか? グッドディードの魔術を受ければ即死だ。意味がない。


 あるいは、蘇生薬……か? ホウライのこれまでの性格からして、開発に成功したなら回復薬の時同様、蘇生薬ができたとすぐにアナウンスしているだろう。再生に成功した、と言ったのであり、蘇生薬ができたとは言っていない。つまり、そんなアイテムはないのだ。


 じゃあ、何だ。装備でも薬でもないなら、彼らのこの自信は一体……。


 考えのまとまらない自分を、背後からわく黒い声が再びせかす。


「これだけの人数をご主人様が一人で相手できるんですか。……ちょうどいい。一週間我慢したんです、殺し足りません。私がやれば、すぐに終わりますよ」


 音が消える。唐梅の目に、赤い雨がうつる。雨は目の前にいる砂漠蔵(さばくら)や詫無に降り注ぎ、水たまりをつくっていく。血に染まるテスト空間。赤い釘。


「――唐梅。お前達がやらないなら、ジジイが代わってやろうか」


 限武の声に、現実へと戻る。後ろでは、陽子達が捕まった仲間をどうやって救けるか意見を言い合っている。


 フラッシュバックを振り払う。気にもしない紅白が、のうてんきな声で続けた。


「早く倒しちゃって~! グッディなら詫無達だけ狙うのなんて、簡単だよ!」


「奴らの行為は許しがたい。何を用意しているかわからん以上、一瞬で殺すべきだな。容赦はするな、唐梅。何なら私がやってやる」


「俺がやるっつってんだろ、好削。じゃあこうしよう。俺が奴らを引きつける、その隙に……」


「いいえ、ダメです!! ……僕達がやります。彼らは、僕達二人を狙って来たんです。だから、僕達、が……」


 自分が行こうとする二人を止め、静かに俯く。


 温度の消えた体が、硬い。言葉にもしたくない、おぞましく短い結論。否が応にも、それに意識がいってしまう。


 ……二度、殺すのか。


 詫無の指示通り、自分とグッディを引き渡した場合を想像する。詫無は、きっと僕を先に殺すだろう。そうなったなら、グッディはここにいるものを全員殺す。仲間も敵も、見境なく。


 殺害衝動がある以上、僕という歯止めがなければ、好きに殺すに決まっている。


 指示に従い、全員死ぬか。グッディに任せ、脱落者である彼らだけを殺し、解決するか。そのどちらかしかない。……本当に、それしか方法はないのか?


 鳴ろうとする歯を食いしばって抑え込む。暗くよどみ、見えない泥に沈んでいきそうになる。


「――俺達はここまででいい! あっちの世界でも役立たずだったんだ……電脳世界に来てまで、迷惑かけたくない」


「グッドディード!! 俺達ごと殺せ! せめてポイントにして使うんだ!!」


 はっきりとした声が室内に響いた。びくん、と唐梅の体が弾かれる。


 人質にとられた仲間達が声をあげている。詫無らに押さえ込まれ、尚もこちらに向かって叫び続けた。彼らの声に覚醒し、沈みかけた闇から目を覚ます。


 ……自分が足を引っ張っているからといって、殺してくれと言える人がどれだけいるだろうか。


 僕は、この人達を殺したくない。守りたい。何より僕は……貫くと決めた自分の正義を、ここで殺してしまいたくなどない。


 涙がにじむ。悔しさ、仲間に対する敬意、無力な自分への苛立ち。あらゆる感情が唐梅を揺さぶる。息が荒くなり、食いしばった歯から漏れ出ていく。


「……どうした? 協定のリーダー。早く全体攻撃しろよ」


 詫無の挑発。にらみ返す。すると、自分の様子にうっすら笑ったような気がした。息が詰まる。


 ……まずい。詫無は、気づいている。


 詫無が何故ああも自信に満ちた態度でいるのか。その理由に思い至る。


 彼は、僕を悪人だと思い込んで攻撃してきているのではない。僕の性根を、僕が悪属性のふりをしていることをわかっているのだ。


 第三の実験。協定を設立し、青空のもとで荒野に立ち、日本の被験者に向け話をした。その後、自分は詫無に謝罪をした。


 ……あの時か。あれで詫無は、僕の本性に気づいたのではないか。もしくは、砂漠蔵から僕の人となりを聞いたか。


 それでなくとも、詫無は悪属性のNPCの主人だ。悪属性の性格……殺しを好み、衝動を抑えられない性分であることは熟知しているはず。だから、グッドディードの性格もわかっている。


 知能の高い人型の悪属性を、僕が抑えられずああなったことに見当がついているのだ。


 僕には殺せないと踏んでいる。それが詫無の……彼らの自信の理由か?


「……くそっ……!」


 悪態をつき、慌てて噛み殺す。冷静になれと言い聞かせる。焦燥を払った頭で、もう一度考える。


 いや、それじゃおかしい。詫無は悪属性の性分を理解している。なら、僕が彼らを殺す決断をできなかったとしても、最終的には衝動に負けたグッドディードに殺されてしまうと考えるのが筋ではないのか。


 となると、別に何かがあるんだ。……考えろ、考えろ! 彼らの自信の理由を……!!


「唐梅くん……!」


 蜜月(みつき)の声に振り向く。未だスタッドに拘束され、こちらを心配そうに見つめている。


 ふいに、蜜月の発言を思い出す。それに引っ張られ、ホウライのアナウンスが脳裏に呼び起こされた。


 ……耐久戦、特殊なステータスを持った敵。ホウライは確かにそう言った。特殊なステータス……? 特殊な敵ではある。だが、何かステータスがあるようには……。


「――……!!」


 サイバーセカンドに言われた、ひどいこと。蜜月が僕に伝えたかったのは、この耐久戦……敗者復活戦のことか?


 いや、それについてはホウライから説明があったじゃないか。サイバーセカンドは僕達には黙っていろと蜜月に口止めした。つまり、実験の敵が脱落者だったということ以外に、まだ何か隠しているのだ。


 それは……特殊なステータスに関すること、か。


 唐梅は向き直る。詫無ではなく、スタッドに。姿勢を正し、息を整えて呼びかける。


「……スタッド。あなたにお聞きしたいことがあります。……この再生と引き替えに、サイバーセカンドに何か支払ったのではありませんか。そう……ポイントとか? サイバーセカンドがタダでやるはずがない」


「はあ? ねえよ。俺達はただ――……」


「スタッド!」


 詫無が止める。二人の反応、受け答えに確信を抱く。


 間違いない! 正直、信じがたいが……いや、そうか。サイバーセカンドの目的を思い出せ。ホウライ達は隠す気もない。耐久戦を行う本当の目的を、何度も言っていたじゃないか。


 すなわち、この耐久戦は――…。


「唐梅、どうした」


「……何か気づいたか」


 マフラーの二人に頷く。再び、詫無達の方へと体を向けた。……賭けに出るか。一瞬考え、捕らわれた仲間の姿が目に入った。


 賭ける、だって。一体何を考えているんだ、僕は。人の生死に関わるこの場で、賭けなんてするものか。予想が外れるリスクがあっちゃいけない。……どうにかして、予想を確証にするんだ。


 仲間から目をそらし、ずっと何も言わない砂漠蔵に目を向ける。


 数秒見つめると、あちらも視線に気づき、目を合わせてくる。砂漠蔵をまっすぐに見て、唐梅は現実世界の唯一の知り合いに向け、口を開いた。


「……砂漠蔵。もう話もしたくないかもしれないけど、君にどうしても、聞きたいことがあるんだ」


「……」


 砂漠蔵は反応しない。変わらぬ黒い瞳で、こちらを見ている。詫無が、何も教えるなと砂漠蔵に忠告した。


 息を吸い、笑顔をつくる。


 グッディや仲間の前でやるような、つくり笑いではない。現実世界にいた頃の自分の顔を意識する。砂漠蔵を注意し、ゴミを寄こされては怒り、また注意する……ただ教師を目指していた頃の自分。


「……明日も来るだろう、学校」


「……」


 詫無達が、眉をひそめる。グッディも首をかしげた。急に学校の話をし始めた唐梅に、皆が疑問を向ける。


 砂漠蔵だけが、真剣な顔で唐梅を見ていた。薄い唇を開き、ゆっくりと答える。


「私は……あんたがいるなら、砂漠も歩くよ」


 一見、噛み合わない会話に聞こえる。だが、唐梅はその一言で決心した。目をつむり、砂漠蔵に心中で礼を告げると、詫無に視線を戻す。


「……詫無さん。決めた以上は謝るなと、おっしゃいましたよね。……今回だけ。今回で、最後にします」


 神妙な言葉に、詫無は目線を定める。唐梅が次に何を言うのか、察している目で。


「……申し訳ありません。あなた方を、悪属性と判断します」


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