砂漠蔵、再び 【挿絵】
【挿絵回 苦手な方は非表示にしてご覧下さい】
砂漠蔵が立っている。高校の制服を着て、人影の真ん中にいる。
砂漠蔵の足元に、するりと黒猫がすり寄った。大きな黒猫。グッディを説得しようとした際、窓の向こうにいた猫だ。砂漠蔵のNPCだったのか。思えば、最初の実験で確かに猫を抱いていた。
そう、最初の実験で死んでいる。砂漠蔵も、猫も。そのはずなのに。
「スタッド! そのドア、フォーゼに壊させんな。デカい穴開けられて、そこから逃げられちゃたまったもんじゃねえ」
「命令すんな、詫無。リーダー気どりか。てめえに言われなくても穴なんざ開けやしねー。ハエ一匹逃がすかよ」
スタッドとフォーゼが、半壊したドアの隙間からじっとこちらを見張る。出口の一つを塞がれた形になった。砂漠蔵を含む人影とドラゴンとの間に、自分達は挟まれている。
仲間のところに駆け寄り、詫無と呼ばれた男性を見た。砂漠蔵の少し後方にいる。
黒い大トカゲのNPCの主人だ。第三の実験で別れ、その後どうなったかはわからなかった。生き延びていたのか、と胸をなでおろしかけて、詫無の後ろにもグッディが殺したはずの大トカゲがいることに気づく。
「……状況は」
隣の好削に聞く。
「見ての通りだ。いきなり乗り込んできた。お前には部屋の外から隙を窺ってほしかったんだが……遅かったな」
「すみません、僕もドラゴンに追われていたもので……」
人影を見回す。今自分達と対峙している顔ぶれを、一人一人確認していく。
「えっ、えっ。ちょっと待って、僕が倒したやついるじゃ~ん! どうなってんの!?」
紅白が驚きの声をあげた。仲間達も驚く。
「俺が倒したやつもいるな」
「何でここにいるの? 死んだはずじゃ……」
唐梅が最初の実験で相対した近畿地区会場のもの以外に、他の会場の実験で仲間に倒されたものもいるようだ。
「……もしかして、蘇生薬? 回復薬の次は、蘇生薬ができたってこと!?」
紅白の問いに、砂漠蔵達は答えない。不気味に立ち、静かに何かを待っている。
『――テスト空間γにお集まりの被験者の皆様。……と、脱落者の皆様、こんにちは。被験者の皆様が特別な敵に”再会”できたようなので、今回の耐久戦の詳細について再びご説明させていただきます』
謎が渦巻く部屋に、ホウライの二度目のアナウンスが響いた。
特別な敵、という言葉に砂漠蔵達を見る。サイバーセカンドが新たに用意した敵の正体を前に、唐梅達は呆然とする。
『実験を休止していた間に行われた研究により、我々は一度死んだ被験者の生命データの再構築に成功しました。いうなれば死者蘇生です。この電脳世界内において、我々は死んだものの再生に成功したのです』
部屋がざわつく。これが、ホウライが世紀の大成功とまで謳った研究の成果か。
死体を回収していたのは再生の実験のためだったのか、と思い返す。確かにすごい実験だが……現実世界に戻す研究は一体どこへいった。生きて帰すという意味では、繋がりがないとも言えなくはないが……。
『せっかくなので、一度死んで復活した被験者の方々……脱落者の皆様には敗者復活戦としてチャンスを与え、今回の耐久戦に敵となり登場してもらいました。おまけでNPCの再生もつけて。現在勝ち残っている、賞金候補である被験者の皆様のところには、以前自分が倒した脱落者が向かうようになっています。出会いやすいよう、こちらで移行地点を調整させていただきました』
だから仲間がバラけているのか。中途半端に仲間とはぐれていた理由がわかり、今頃他の仲間は別の場所で戦っているのだろうかと心配する。
自分が倒した相手に襲われる、ということはつまり……。
顔ぶれを再確認する。間違いない。最初の実験で、グッディと自分が殺してしまった近畿地区会場の被験者達だ。悪属性のNPCを暴れさせていた被験者などを主要に、仲間が倒した被験者が何人か加わっている。かなりの人数だ。
「ええーっ!! ズルい~っ!! 敗者復活戦なんかあるの!? ねえ、ってことは僕らにもあるんだよね? これって、一回だけなら死んでもオッケーってことだよね?」
「待て、うのみにするな。そもそもあれが本物かどうか」
好削が紅白をたしなめる。
「じゃあ何だって言うの? 幽霊~? これホラゲーなの?」
「……投影データ、かもしれん。サイバーセカンド殿は騙し討ちがお得意でいらっしゃるから」
限武が自分と近い考えを呟く。マフラーの二人組が、脱落者達をうさんくさそうに眺めた。
死者の復活に見せかけて被験者達の動揺を誘い、サイバーセカンドが何か別のことを企んでいる可能性は十分にある。ホウライの説明を信用するもの、しないもの、仲間の反応はまちまちだ。
『状況が整いましたので、これより正式に耐久戦を始めたいと思います。被験者の皆様は脱落者を倒し、脱落者の皆様は被験者を倒すよう頑張って下さい。尚、実験中でもストアで回復薬を購入することができます』
苦笑する。ログインボーナスが回復薬まみれだったのは偶然ではないと思い知る。サイバーセカンドが回復薬を使わせたがっているのはもう明白だ。これでは、仲間が集めてくれたボーナスにも期待はできない。
サイバーセカンドの耐久戦における目的の一つがはっきりした。残すは、目の前の脱落者達の真偽だ。一歩さがり、好削と限武に耳打ちする。
「本物かどうか……僕が確かめます」
警戒を緩めず、前に出る。砂漠蔵と目が合う。まだ少し距離がある。
『皆様、準備はよろしいですね。――それでは、本日のクエスト及び実験を開始します」
ホウライが定例のセリフを述べ、アナウンスを終えた。
身を切るような罪悪感を抑え、殺した脱落者達に向けて声をかける。
「……皆さん、お久しぶりです。……砂漠蔵。聞きたいことが――……、……!?」
「唐梅!!」
好削の声より早く砂漠蔵が走り、唐梅に突っ込む。血桜を引き抜き、すんでで砂漠蔵の攻撃を受け止める。
異様に長い爪が刀を掴む。鋼鉄の爪。武器とも装備とも言える鉤爪を右手に備えた砂漠蔵が、顔を近づけささやいた。
「……残念だったね、唐梅。私が生き返っちゃって。せっかくいじめっ子に復讐できたのにね。NPCを使ってさ」
「すげえな、唐梅。下剋上じゃねえか。ガチャ運がいいと復讐も皆殺しも命令一つだな」
詫無が野次を飛ばす。砂漠蔵に、掴まれた刀を強く押される。火傷した右手が痛み、刀のみねに左手をそえて持ちこたえる。
「私のこと、覚えてた? 新しい友達に夢中で、忘れちゃったかな」
「……忘れるもんか……! ……僕に火までつけようとした君を、夢にさえ見たよ……!」
過去の話をして、砂漠蔵の反応を見る。表情に変化はない。
「なっ……砂漠蔵さん、唐梅くんにそんなことしたの!? ダメじゃない!」
二人の会話に、別の声が割って入る。蜜月のものだ。唐梅達の後ろのドアから、フォーゼを押しやって蜜月が姿を現す。
「……うん、ごめんね」
唐梅には絶対謝らない砂漠蔵が、蜜月に謝る。うって変わって弱々しい声を出す砂漠蔵に、確信を抱いてしまう。部屋に入ろうとする蜜月を、スタッドが服の襟首を引っ張って止める。
「てめえ、蜜月! 動くな。まだ半データに手貸す気か」
フォーゼの背に乗ったまま、蜜月の首を腕で締めあげる。蜜月がつま先立ちになり、もがく拍子にウサギのNPCが落ちた。ずっと蜜月に抱かれて大人しくしていたウサギが起き上がり、蜜月を助けようとフォーゼの足をポコポコ叩く。
「蜜月さん!!」
砂漠蔵の猛攻に耐えながら振り向く。ぼすん、と黒いものが顔にぶつかった。砂漠蔵が小さく声をあげる。
「ふうん。ご主人様、この小娘にいじめられていたんですか。まあ、ご主人様は弱っちいですからね。達者なのは口だけです」
いつの間にか現れたグッディが、唐梅と対峙する砂漠蔵の鉤爪を素手で掴んで、持ち上げた。砂漠蔵の体が簡単に浮く。
詫無が戻れと砂漠蔵に指示を出す。足をバタつかせる砂漠蔵を、グッディがこわい笑顔で見た。
「よせ、グッディ! 放すんだ!」
唐梅の制止に、ええ……と顔をしかめる。不満の残る表情で、乱暴に砂漠蔵を投げて放した。
半端ない力で放られた砂漠蔵が床を転がり、待機していた黒猫のNPCに衝突する。よろめき、黒猫をなでて砂漠蔵が体を起こす。
ケガはしていないようだ。ほっとしつつ、グッディが素直に言うことを聞いたことに驚く。誤解があるようなので、グッディに簡単に説明をする。
「いいかい、グッディ……僕は砂漠蔵にゴミを被せられたりしていただけで、決していじめられていたわけじゃ」
「それをいじめと言うんです」
説明に失敗したところで、脱落者の群れから詫無が前に出た。
「……ご挨拶は終わりにして、本題に入ろうぜ。グッドディードと痛快な仲間達さんよ」
あれっ、何でその名前。と紅白がつぶやいた。唐梅も眉をひそめる。自分達以外には、ハイラント達しか知りえない名称だ。別れた後、荒野フィールドのどこかで聞いていたのか。
「観察させてもらってたぜ。……第三の実験で死んだ後から、ずっとな。脱落者用の部屋があるのさ。お前らは俺ら脱落者の中じゃ特に有名だぜ。リーダー二人が大量に殺し回ってる極悪人だからな」
詫無の言葉を聞き、グッディをそっと押してじりじりと後ろに下がった。好削と限武のところに戻ってくる。砂漠蔵の態度、詫無の発言から得たものを報告する。……本物です。
好削がほう、と感心する。後ろの仲間に報告を伝言していく。
「ホウライの話で大体わかっただろうが、ここに集まってるのはお前らに恨みのある元死人ってこった。蘇って復讐しに来たわけだ。当然お前ら全員をぶっ殺したい。……が、ここは一つ気の利いた提案がある」
詫無が人さし指ではなく小指を出して、一つと表現する。小指の指輪が銀色に光り、ジャラジャラと物騒な音が群れからあふれる。脱落者達が武器をとり出した。
「唐梅とグッドディードをさし出せ。そうすれば、他の仲間は見逃してやる。……なあに、疑うなよ。言ったことはちゃんと守ってやる。……約束だ」
からかうように、詫無は小指を振った。




