死ぬまで耐久? 第4の実験
聞き慣れない単語を繰り返す。ホウライの言葉に仲間もざわつく。サイバーセカンドが一週間もの間黙り込み、用意していたもの。耐久戦、とは一体何だ。
『NPCの耐久度を調べるための実験となります。今回はそのために、特別な敵をテスト空間に配置しました。特殊な……えー……ステータス? ……を持った敵です』
唐梅同様、ゲームには疎いホウライが曖昧な説明をする。曖昧だが、衝撃的な内容に体がこわばった。
『被験者の皆様には、この敵を倒していただきます。ここ数日、サイバーセカンドでの実験を休止していましたが、私達は何もサボっていたわけじゃありません。休止中に行われた、我々の研究の成果をご覧にいれます。これはすごいことですよ。世紀の大成功です』
珍しく、喜びの色がホウライの声に含まれている。冷血、気だるげ、といった印象しかないホウライが喜んでいる。こんなに恐ろしいことはない。どこぞの殺人鬼の数倍もこわい。
「何をしていたのかと思えば、回復薬の次は敵の開発をしていたのか」
「でも……世紀の大成功、って……?」
確かに、ただ敵をつくっただけでホウライがここまで言うのだろうか。NPCをつくれるのだ、敵を配置するなど、この研究機関にはわけもないだろう。
そのサイバーセカンドが、世紀の大成功と謳うほどのもの。嫌な予感が当たっているどころの騒ぎではない。
『あー、それと。新しい実験に付随して、新たにクエストの方も追加させていただきました。ずっとクエストAだけではつまらないでしょう。引き続き、ゲームの世界観を楽しみながら実験にご参加下さい。クエストの内容は各自、情報パネルにて適当に確認を。それでは、被験者の皆様は頑張って敵を攻略して下さい』
「そらきた」
隣で好削が呟いた。唐梅も呻く。
クエストの追加、だと。余計なことを。歯を食いしばる。追々配信していく、とホウライは言っていたし、覚悟はしていたが、実際に追加されると嫌でたまらない。
ぶつり、と接続が切れる音がし、ホウライのアナウンスが終わる。
おや、いつものセリフがないな。クエスト及び実験を……という、お決まりのセリフがない。研究の成果により、浮足立っているのか。
テスト空間が静まり返る。仲間と一緒に、テスト空間γの全体を見ようと周囲を確認する。
白い街だ。廃墟と呼ぶには壁の新しい、無機質な建造物が並んでいる。ビルほどの高さのものが多く、遠目に窓を覗くと、見るからに中は空っぽなのがわかる。雑なつくりだ。
最初は何もない空間、障害物のある空間ときて、最終的には街になったか。
これが最終とも限らないが、これ以上進化するところは想像できない。ふと、違和感に気づいて仲間の方を見る。
「……何人かいらっしゃいませんね。もしや、来ていないんでしょうか。ご存知の方、いますか」
「連絡が来てるよ! 私達とは離れたところに移行されちゃったみたい」
「えっ、そんな……! バラバラに移行させられた……ということですか」
陽子が情報パネルを確認し、他の仲間の状況を報告してくれた。
白い建物の並ぶ特徴のないフィールドで、数人の仲間がはぐれてしまっている。耐久戦、特殊な敵という不穏な事態に続き、仲間と引き離されているという状況に焦りを隠せない。
「前回までの実験では、日本の被験者というくくりがあったからまとめて移行させられていたが、今回からはないのかもしれないな」
「世界中の被験者含め、てんでんばらばらにここに移行されてるっつーことか」
好削と限武の冷静な分析に耳をかたむける。
自分達が協定を組んだことは、当然サイバーセカンドも知っているだろう。わざとバラけさせたのか、それとも偶然や、ただのミスか。元からこうする予定だった……など、様々な可能性が考えられる。ただ……。
「……ランダムに移行されたわけではないように思います。おそらく、わざとでしょう。世界中の被験者をランダムにここに送っているにしては、仲間がそろいすぎです。ランダムなら、誰一人として会えなくてもおかしくない。他国の被験者も、今のところ見当たら、な……」
言葉が詰まる。白いビルの一つ、窓の奥にちらりと影が横切るのを見る。同じく気がついたグッディが、後ろから小さくささやいてきた。……何かいますね、ご主人様。
「……ひとまず、移動しましょう。ここは目立ちます。どこかの建物に隠れ、そこで……この耐久戦を乗り切るための、作戦会議を行います」
演舞とグッディが街を見渡す。テスト空間に並ぶ建物の中から、レアリティの高いNPC二人に安全そうな建物を選んでもらう。
それぞれ違うビルを指さし、ケンカを始める。ケンカを仲裁すると、演舞が決めたビルに入ることにした。
危険好きのグッディが選んだビルには、絶対に行かない方がいいだろう。不満げなグッディを引っ張って、ビルの中に入る。
慎重に歩を進め、ビル内の一室で仲間と向き合う。ビルはがらんどうで、家具も何もない。本当にただの白い建物だ。
はぐれた仲間を探しに、獣型のNPC達にまた捜索に出てもらう。
どこにいるかわからない仲間が情報パネルのカメラモードを使い、メールで写真を送ってきてくれているが、自分達のいる場所との違いがまるでわからない。グッディなら空を飛べるが、離れてもらうわけにはいかない。NPC達に鼻で追ってもらうしかない。
「ボスの配置きた~!! 耐久度を調べるってんだから、これは相当なの用意してきてるよ~! 攻撃特化タイプのボスに決まってる! 回復薬もきたし、クエストも追加されたし、その内職業選択もくるかも~! ずっとそのアップデート待ってるんだよね~! 僕、グッディと同じ魔術師になろっかな~」
のんきな紅白がはしゃぐ。静かにしてほしいが、紅白にはこれから聞きたいことがあるために、何も言えない。すっかりグッディに心酔しているようだ。
「そんなもの、まだ信じているのか。NPCと同じで、それは餌だ。職業選択など、この先もない」
「ぐっ……」
「ん? どうした、唐梅。腹でも痛いか」
耳が痛い。好削の指摘に、紅白ではなく唐梅が俯く。
誰かを救うヒーローになれる。コード教授の言葉につられて、自分はここへ来た。思えばあれも餌だったのか。自分の場合、ヒーローというものをただの職業だと思っていたわけではない。しかし、結果としては紅白と同じだ。
考えを振り払い、仲間と会えなかった一週間ほどの間に、何か問題がなかったかを確認する。特に何もないとわかると、情報パネルを出す。作戦会議を始める前に、まずは追加されたクエストを確かめた。
「……クエストB、敵の持っているものを盗む……!? 個数、レアリティに応じてポイント加算……」
「唐梅、クエストEを見ろ。すごいことが書いてあるぞ。――被験者とNPCのコンビの片方を倒した場合、保持しているポイントの半分。コンビの二人を倒した場合は、ポイント全てを奪うことができる。……と、ある」
「ポイントを奪う、かあ。こりゃあヤバいですなあ~唐梅さんよお」
限武がカラカラと笑う。ヤバいと言っている意味はよくわかる。
クエストEがある限り、ポイントの多いものが狙われる。
今後、グループを組んでいる被験者達のリーダーは、積極的に狙われることになるだろう。先日戦ったハイラントや、自分のような被験者が格好の標的となる。普通ならポイントを集め、管理している立場だからだ。ヤバいったらない。
「……クエストの方は、ざっと把握できました。本題に入りたいと思います。今回の耐久戦を乗り切るための作戦についてですが……紅白さん。耐久戦というものについて、教えていただけませんか。これはゲーム用語……でしょうか」
情報パネルを閉じ、質問する。数日前、ゲームの基本を教えてあげようかと言っていた紅白に、早速教えを請うてみる。
「ゲーム用語ってほどのものじゃないと思うけど、とりあえず言えるのは、この耐久戦には時間制限があるだろうってこと。ホウライは説明してなかったけど。あるいは、体力がなくなるまで。参加してる人が死ぬまで耐久ってパターンか、時間制限中生き残れば勝ちの耐久ってパターン。そのどっちかじゃないかな~と僕は思うよ」
「……」
死ぬまで耐久、だった場合は最悪だ。紅白の返答に眉をしかめる。
まさかとは思うが、サイバーセカンドは今日この実験で、被験者を全員殺す気か。
この電脳世界で助けも呼べないモルモットを秘密裏に殺してデータを集め、けろっとまた現実世界で被験者を募るつもりなのか。ゲームの世界観を餌に。
だが、それならクエストなどやらせずさっさと初日に僕達を殺しているはずだ。NPCにでも指示すればいい。それだけで、サイバーセカンドは一瞬で被験者を殺せてしまう。
なのに、そういったことはしない。問題点と謎は多くあるが、本当に傷の治る回復薬までつくっている。殺したいんだか生かしたいんだか、わからない。
ひょっとして、死体を欲しいわけではない……のか。そこまで考えて、ホウライの何気ない呟きを思い出す。
「……まさか」
ホウライの性格上あまり気に留めていなかったが、研究員達は賭けをしていた。最初の実験の際、ホウライは賭けに負けたと言っていた。
本当の研究、目的は別にあり、被験者に実施される実験やクエストの実態は、研究員らのただの暇つぶしでお遊び……ということではあるまいな。嫌な考えにたどり着き、眉間を揉む。
いずれにせよ、サイバーセカンドの真の目的について探る必要があるだろう。ここから逃げることはできないが、ただ黙ってモルモットをやるつもりもない。
サイバーセカンドの企みを暴くことは、仲間を守ることにも繋がる。仲間を実験から守り、敵から守り、ギリギリの正義を達成するんだ。その目的だけは変わらない。
「唐梅くん、大丈夫?」
陽子が難しい顔をしている唐梅を心配する。
「は、はい。大丈夫です。少し考え事を……」
「そうじゃなくて! その手……」
眉間を揉んでいた右手を見る。忘れていた。グッディの放った光線を掴み、ひどい火傷を負っている。驚くことが続いて麻痺していた痛みが、じわじわと戻ってくる。
「これ、私のだけど……よかったら使って」
陽子が回復薬をさし出した。厚意はありがたいが、受けとるのをためらう。とり決めた通り、なるべく使うべきじゃない。
ただ、利き腕をケガした状態で刀を持つのは困難だ。何より、グッディがいくら強かろうと自分一人が死ぬ可能性はつきまとう。
グッディが一人になっても、協定の仲間を守り続けるとは思えない。さっきも殺害衝動から好削を殺そうとしたではないか。
使うべき……なのか。考えていると、視線に気づく。好削がこちらを見ている。
「……部屋で暴れていたようだが、大丈夫か。手の火傷は、その時のものだろう。火傷した手では、刀も持てない。使わせてもらったらどうだ」
心臓が跳ねる。好削はどこまで聞いていたのか。グッディの言ったことまで聞こえただろうか。仲間一人殺すくらい何でもない、という言葉。聞かれていたなら、まずい。
「……いえ。ダーツをしていただけですから。実験もなく、暇をもてあましていたので……。……陽子さん、回復薬は僕も持っているので、それはご自分にとっておいて下さい。お気遣い、感謝します」
回復薬を左手で押し返す。実を言うと、回復薬は置いてきた。持ってくる暇がなかったのもあるし、持っていると精神的に頼ってしまいそうでこわいというのもある。どっちみち、仲間の回復薬を貰うつもりはない。
好削が刺すような視線を送ってくる。不審の念と焦りを覚えながら、仲間に小声で告げる。
「……作戦をまとめます。ホウライの言った、NPCの耐久度を調べる……というのは、きっと嘘でしょう。これまで散々戦ってきたのに、今さらそんなものを調べているとは思えません」
「そうだ。サイバーセカンドが何を言おうと、それは死体を集めるための実験だ。NPCじゃない、やつらが調べたいのはどちらかと言えば、被験者の耐久度だろう」
鋭い視線を素早く切り替えて、好削が同調した。限武が笑って続ける。
「ホウライが言い間違えたんだ。許してやれ。回復薬つくりーの、新しいクエストつくりーので、寝てねえんだよ。かわいそうに」
「ああ、サイバーセカンドはブラック企業のようだな。今度転職する時には候補からはずそう。……冗談はさておき、サイバーセカンドの今回の目的は、これだろうな」
軽口を終え、好削が手に持った自分の回復薬を振る。
「今日の耐久戦で、サイバーセカンドは特別な敵を用意しました。紅白さんの言うように、攻撃に特化したかなり強い敵……と思っていいでしょう。なぜそんなものを用意したかと言えば……回復薬を使わせるため。そう考えてさしつかえないかと」
「ん~とお~……それじゃあつまり、例えヤバい状況になっても、回復薬は使うなってこと?」
「使うことのないように、僕とグッディでお守りします。ハイラント達と戦った第三の実験……あの時のようなご迷惑は、もうおかけしないつもりです。……ですが、不測の事態に備えて、引き続き紅白さん達には後衛をお願いできますか」
後衛を任せた三名が頷く。確認すると、後ろのグッディを振り向く。
大人しくしているな、と思っていたが、どうやらまだ演舞とケンカしている。演舞は口をきかないので、互いににらみ合っているだけだが、ビルの件で確執ができてしまったようだ。
「それでは、皆さんはここで待機していて下さい。僕はグッディと一緒に、外の様子を見てきます。敵や、他の被験者が近くに来ているかもしれません。何かあったら、知らせて下さい。……グッディ、おいで」
無口な演舞に背を向け、グッディがこちらにやってくる。仲間を部屋に残し、ビルの階段を上がっていく。外の様子を見る、というのは嘘ではないが、本当の目的は別にある。
グッディと話すために、唐梅はビルの屋上へと向かった。
屋上からテスト空間を見てみる。
ビルはさほど高くない。全景は確認できないが、見える範囲に敵や被験者の姿は見受けられない。代わりに、地面に銃が一つ落ちているのを見つけた。第三の実験が脳裏をよぎる。
……レアリティ八十を倒してしまった。それも、グッディによれば中の下魔術で。
これじゃあレアリティ九十が出てきたところで、期待はできないだろう。そして、レアリティ百のNPCなんてものはそういないはずだ。まさか、グッドディードだけなんてことは……。
唐梅は実験とは別の不安を抱える。次いで、今回の実験の肝である敵について考えた。
サイバーセカンドが用意した特別な敵……一体、どんな敵だろうか。
仮にこれがただの賭けごとだろうと、死体集めだろうと、かなりの強敵であるはずだ。グッディが倒される可能性はあるのではないか。と、一緒に上がってきたグッディを振り返る。
「……ん?」
 




