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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第5章 血ぬられた善行
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殺害衝動と不気味な平穏

 グッディの説得に成功し、一週間が経った。


 電子空間サイバーセカンドに移行して、やっと十日が過ぎたという頃。唐梅は休憩用フィールドの一室、自分達の部屋の角に張りついていた。


「……おはよう、グッディ。今日も最低な天気だね。君もそう思うだろう」


「……」


 天気はいい。今の状況にそぐわない、憎らしいほどの快晴だ。


「おや、どうしたのかな。表情が曇ってるね。さては、お腹が空いているんだろう。ほら、ハンバーガーだよ。お食べ」


「……」


 ストアで購入したハンバーガーをつまみ、部屋の中央にいるグッディに向けて腕を伸ばす。


 グッディは反応しない。黒いコートの襟から、らんらんと光る目を覗かせ、こちらを凝視している。ハンバーガーをとりに来る様子は一向にない。


 ふー、ふー、と獣じみた呼吸が、グッディの口から漏れている。落ち着きなく、部屋をうろつき始める。まずい。


 壁に張りついた姿勢で、部屋の角を離れる。グッディが部屋を出たりしないよう、静かにドアの方へ移動する。


 ガコン。クローゼットの扉が外れる。


 今しがた、クローゼットの前を横切ろうとした自分の足元に、赤い光線の刺さった扉が落ちた。これでクローゼットは永久に半開き仕様となった。引きつった笑いが出る。


 もう少し早く移動していようものなら、光線は自分の腹に刺さっていただろう。こちらの動きに反応し、魔術を放ってきたグッディを一瞥する。


「……おや、どうしたんですか。ご主人様。表情が曇ってますね。お腹が空いているんですか」


 小首をかしげ、グッディが近づいてくる。目の前にのっそりと立つ。平常心を装い、再びハンバーガーをさし出してみる。


「……お腹が空いているのは、君だろう。グッディ」


「はい、そうです。ご主人様。私はお腹が空いています。次の実験はいつですか」


 相棒の切り返しに、顔を苦くする。次の実験。第四の実験がいつ行われるのか、それは自分にもわからない。


 この一週間、サイバーセカンドは何も指示をしてこなかった。実験がないのだ。


 立て続けに実験を行わせてきた非道な研究員達が、ぱったりと静かになり、電子空間に不気味な平和が漂っている。不可解だろうと平穏に違いない実験のない日々を、唐梅は全く喜ぶことができなかった。


 グッディが発狂寸前なのだ。


 説得がうまくいき、安心したのもつかの間。突如訪れた何もない毎日、殺しのできない毎日に、グッディが痺れを切らしだした。


 退屈にそう長くは耐えられないだろうことはわかっていた。むしろ、グッディは想定より長く我慢できている。反抗ばかりだった殺人鬼が、主人の側につき、一週間も大人しく部屋にこもってくれている。


 問題はサイバーセカンドだ。なぜ何も指示してこないのか。一体、何があった。いや、何がある。何を準備している。


「……うー……うぅー……」


 グッディが唸る。本人の言う通り、腹を空かせた獣だ。普段の笑顔がかけらもない。笑っているのもこわいが、殺害衝動に苦しむ相棒に冷たい汗をかく。


 グッディを大人しくさせてくれる数少ない方法の一つであるテレビは、こうなった殺人鬼に対しては効果をなさない。誰も見ない犯罪報道を無意味に垂れ流している。


 悪属性は性分で殺している。グッディのいつぞやの説明を思い出す。


 グッディは厳密に実験を待っているわけではない。次の殺しはいつかと聞いてきている。つまりは、実験があろうとなかろうと、何も殺さずにはいられないということだ。


 殺すなと言ったら従えるか、と自分を主人として認めたグッディに、もう一度聞いてみようかとも考えた。だが、聞かずとも答えは明白だ。


 悪属性のNPCにとって、殺しは絶対条件。殺さずにはいられない。


 思えば、主人の命令に従わず勝手に暴れていた悪属性のNPCも中にはいたのだろう。人型で、獣のNPCよりはるかに知能があるだろうグッディでさえ、この通り手に負えない。知能があるからこそ余計に、とも言える。


 悪属性のグッディを使ってできる正義は、殺しをともなうギリギリの正義。それのみだ。それしかないと、改めて痛感する。


『――おはようございます。サイバーセカンドの被験者の皆様。本日のログインボーナスを配布します。つきましては、次のクエスト及び実験の配信をお待ち下さい』


 恒例となったホウライの朝の挨拶がアナウンスされる。別の意味で、またかと呻く。


 次の配信を待て、と言い放ち、もう一週間が経っている。昨日も一昨日も、ホウライは同じセリフを繰り返し、一向に次の実験が実施されない。言い知れぬ焦りが襲ってくる。


 グッディの限界が近い。いつ部屋を飛び出し、暴れ始めてもおかしくない。


 本当に、一筋縄ではいかない相棒だ。今度こそ自分の言うことを聞くようになったと思えば、「殺害衝動」という新たな制約に悩まされる。


 まさか、こうなろうとは。サイバーセカンドがいつまで経っても実験を再開せず、それに業を煮やしたグッディが、発狂寸前になるなんて。


 何より、この自分が相棒の殺害衝動をどうにかするためとはいえ、実験を待ち望むことになろうとは。全く予想していなかった。


 頭上に気配がし、とっさに横にずれる。重量のあるものがカーペットに落ちた。今日のログインボーナスに引きつる。


 大きなペットボトルに入った、尋常でない量の回復薬。量があるせいで透明度の薄れた、青黒い液体がたぷんと揺れる。無味なのは知っているが、何とまずそうな見た目をしていることか。


 ここ数日の自分のログインボーナスは、回復薬と手りゅう弾のみだ。はかったように、回復薬ばかり配られる。他の被験者もそうなのか、自分だけなのかはわからない。


 おののいている横で、グッディが手を出した。手の平に黒いものが落ちてくる。自分の今日のボーナスを、グッディは二度見した。


「――!! ……こんぶ、こんぶーっ!!」


 地団駄を踏んで怒りだしたグッディに、さらにおののく。


 またこんぶが出たのか。ただでさえ機嫌の悪いグッディに、どういうわけか”はずれアイテム”の一つであるこんぶばかり出現しているのだ。


 グッディはあまりくじ運がいい方ではないようだ。ログインボーナスで出るのは、食べ物ばかり。殺人鬼のNPCを引き当てた自分も、人のことは言えない。


 グッディの手に武器の類が渡らないのは喜ばしいが、今に限ってグッディの機嫌を損ねられるのは困る。


「――唐梅。おはよう、私だ。好削(すざく)だ。久しぶりだな、入ってもいいか」


 ドアから好削が呼びかけた。驚いてハンバーガーを落とす。突然訪問してきた協定の仲間に、悲鳴が出そうになる。


「……すす、好削さん!? ま、まま待ってくだ、ちょっと待って下さい!!」


 ドアの方に駆けだす。同時にグッディが手を振るのが見えた。ドアの前に立ち、手を広げる。


「うわあああ!! グッディ、やめろ! やめるんだ!! 僕との約束を忘れたかああ!!」


 唐梅の顔、腹、足を光線が横切り、背後のドアにガンガンと突き刺さる。一つが頬をかすめ、顔に細い傷をつくった。光線のダーツに体を固定されて、ドアから動けない状態になる。


 主人以外の人間、つまり殺してもさして困らない獲物の登場に興奮したグッディが、鼻息荒く寄ってくる。後ろではドアノブが激しく回され、ガチャガチャと乱暴な音を立てた。


「唐梅、どうした。平気か。ドアから光線が突き出ているぞ」


「大丈夫です! 何でもありません!」


「ご主人様、一人殺すくらいなら何でもないです。大丈夫ですから、そこをどいて下さい!」


「大丈夫なもんか!! 何でもあるに決まってる、大ありだ!!」


「一体どっちなんだ、唐梅。はっきりしろ、ここを開けろ!」


 前から後ろから追い込まれ、目を泳がせた。前門に鬼、後門に朱雀。前門は置き、後門のものに努めて冷静に声をかける。


「好削さん、今は諸事情で……出られません! 何か問題でもありましたか……!?」


「ログインボーナスを届けに来た。今日は私が担当している。部屋の前に今日までのボーナスがうず高く積まれているが、なぜ回収しない。必要ないのか」


 回収しないわけではない。できないのだ。グッディが部屋から出ないよう見張り、ドアに近づくこともままならなかった。仲間に会うこともできず、好削と話すのも数日ぶりだ。


 前門の鬼が手を伸ばす。ドアに刺さった光線の一つを掴み、好削に突き刺そうと押し込んだ。


 気がつくと手を出していた。押し込まれようとする光線を掴んで、止める。じゅうう、と肌が燃え上がる感覚。絶叫する。


 あっ、とグッディが我に返った。


 焼けた手を震えさせ、唐梅は背を丸める。足元にも光線があるために、うずくまることもできない。絶叫を聞いた好削が何か言っている。痛みにとらわれ、よく聞こえない。これ以上心配させまいと、無言で激痛に耐える。


『――長らくお待たせしました、サイバーセカンドの被験者の皆様。つきましては、次のクエスト及び実験を実施させていただきます』


 待ち望んだセリフが部屋に響いた。痛みを忘れ、顔を上げる。


 グッディの表情を確認する。口が歪んでいく。殺人鬼に笑顔が戻ってくる。いつものグッディだ。相棒の回復に息をつく。


 ホウライの声に喜ぶ日が来ようとは。決して喜んではいない。いないが……何とも複雑だ。好削が部屋に戻ると呟くのを聞く。返事をし、ホウライのアナウンスに集中する。


『本日実施されるクエスト及び実験は、テスト空間γ(ガンマ)にて行われます。この後すぐ、移行して下さい。詳しい内容はテスト空間にてお伝えします。以上です』


 アナウンスが終わり、部屋の隅に懐かしい黒い渦が顔を出した。


 これまでは十五時開始が通例だった。すぐ実験に移行するよう指示されたのは初めてだ。嫌な予感がする。サイバーセカンドの実験において、いい予感があるはずもないが、とにかく嫌な予感が体をとり巻く。


 グッディが”ドア”に向かって飛び出す。唐梅は慌てる。部屋のドアの方を振り返る。ドアの向こうに、仲間が集めてくれたボーナスがある。迷っている間に、グッディは渦の中に消えていく。


 諦める決断をする。血桜だけを手にとり、グッディを追いかける。渦へと飛び込み、唐梅は一週間ぶりの移行の感覚を味わった。






 テスト空間γにたどり着く。


 渦を通って、仲間が次々と到着する。久しぶりに顔を合わせた。先ほど話した好削も、限武(げんぶ)と演舞を連れて現れる。


 新しいフィールドを見渡す前に、グッディを探す。とんとん、と後ろから肩をつつかれ、振り返る。上機嫌なグッディがいる。暴れたりはしていないようだ。


 肩をつついた指を、グッディが上に向ける。その上方から、間を空けず声が降ってきた。


『――テスト空間γにお集まりの被験者の皆様、お久しぶりです。早速ですが、本日行われるクエスト及び実験の内容について、ご説明します。今回行われるのは、”耐久戦”です』


「……耐久戦!?」


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