ネズミ捕りの死体集め
「……ま、まさか唐梅くん、この回復薬、没収?」
「あっ。そっか、協定に参加するには、ログインボーナスを渡さなきゃいけないんだったよね」
「いえ、そうではなくて……今回の回復薬を、いただくつもりはありません。皆さん、自分で持って下さい。ただ……なるべく、使わないようにしてほしいんです。購入も控えて下さい。傷は治りましたが……調子までは回復しない感じが、妙なんです。……何より」
部屋を見渡す。カメラなどはないが、ホウライ達はこちらの様子をしっかり把握している。サイバーセカンドは、自分達をどこかから常に監視しているはずだ。仲間に話をしたいが、研究員らの目が気になる。
「……部屋を変えるか、唐梅。回復薬に関するとり決め以外に、何か大事な話があるんだろう」
唐梅の挙動に、好削が提案する。
NPC達を引き連れ、皆で部屋を出た。グッディも連れて行こうと腕を引っ張る。脱走犯の報道に夢中で、テレビの前から動こうとしない。
しかたがないので置いていくことにし、部屋のドアに厳重に鍵をかける。ストアで注文した、南京錠やら鎖やらをドアノブに巻きつける。それでも足りずに、廊下にあった植木鉢や椅子をドアの前にずらすと、やっと部屋を離れた。
移動する途中、ふと窓の景色に気をとられる。誰かが建物の間から手を振っている。ビルの階段の影に隠れて、顔が見えない。
電子空間に被験者以外の人間はいないはずだ。見たことも聞いたこともない。ともすると、他の被験者か。
仲間に呼ばれ、今見たものに後ろ髪を引かれつつも、唐梅はロビーに移動した。
初めて部屋を出た。
モーテルのような場所、と思っていたが、ここは本当にその類の建物のようだ。廊下には多くの空き部屋が並んでいて、階段を下りるとロビーに繋がっている。ロビーには自販機があり、受付に人の姿はない。
仲間達は、自分と同様この建物に自室があるものもいれば、少し離れたホテルを休憩用の部屋に指定されているものもいるらしい。
ここに来るまでに誰かに会ったかと聞いてみるが、会っていないと言う。やはり、電子空間には被験者以外の人間は存在しない。
仲間の話を聞いていると、ケガ人だからとソファを勧められる。拒否しようとして、無理やり座らせられた。
監視がないとは限らないが、休憩場所に設定されていた部屋よりは違う場所の方がいい。依然周囲に気を配り、仲間達に小声で話す。
「……皆さんに、今一度確認しておきたいことがあります。……サイバーセカンドの実験について、どう思われますか」
仲間が互いの顔を見た。決して軽くはない空気が流れる。やがて、一人一人、ぽつりと意見を言い始めた。
「……こんな実験、おかしいとは思う。もっと安全なものだと思ってた。……最初は、危険な被験者がNPCを手に入れて、興奮して……暴走してるんだと思ったの。でも、クエストの中には被験者を殺すことが最初から設定されてた」
「つまり、サイバーセカンドは最初からこうなることを想定し、計画してたんだろう」
唐梅も頷く。
「その証拠の一つに、レアリティの極端な差が挙げられます。僕は……実はあまりゲームには詳しくないんですが、レアリティと言ったら、通常は五段階から十段階ほどのはず。サイバーセカンドは、レアリティ差を極端にすることで……意図的に”死人が出やすい設定”にしている……と感じます」
「確かに、レアリティ百って聞いたことないよ。かな~りぶっ飛んでるよね~。最初のNPCガチャでほとんど勝負決まっちゃうじゃん。修正してほしいな~。……っていうか、唐梅くんゲームしないんだ、僕より若いのに。変わってるね~。基本とか教えてあげよっか~!」
紅白が、のほほんと自分の意見に続く。ちゃっかり先輩風を吹かし始める。願ってもない、とここは素直に頷いた。
「投入に成功して、後は電子空間で死ぬと人間はどうなっちゃうのか……その辺を調べてるんじゃない? 私達を現実世界に戻せるようにするための研究……とは言ってたけど、多分調べてるのはそれだけじゃないよ。現に、回復薬なんてつくってたし」
「実験の意図ははっきりとはわかんねえけど、危ない実験に参加してしまったことだけは確かだな。でも、自己責任。サインもあるし。別に現実世界に帰りたいとも思わない」
「何とかここで生き抜いていくしかない。どっちみち帰れないけど」
あっさりとした意見が多い。移行直後にも感じていたが、ここには現実世界から離れたくてきたものがほとんどなのだ。かくいう自分もそうだった。
大方の意見を聞き、好削と限武に視線を投げる。お喋りな二人が、まだ何も言っていない。
この二人組はどことなく、他の被験者と雰囲気が違う。自分が見落としているものは、おそらくたくさんあるだろう。好削と限武は、サイバーセカンドのことで何か、僕では気づけないものに気づいたりしていないだろうか。
唐梅の視線に、好削が視線を返す。ゆっくりと、マフラーの下の口を開いた。
「……ホウライの言葉を覚えているか。クエスト及び、実験……と、いつも言っている。しかし、クエストというのは当然お飾りだ。今後、どんなクエストが追加されようとも、これは実験だ。ゲームの世界観を売りに、被験者を集めた人体実験」
「……! ……サイバーセカンドの目的を、ご存知なんですか。研究員達の目的は、何ですか」
「死体集め」
「……!!」
むごい言葉に喉がつまる。わかっていたことだが、実際に言われるとショックを受ける。
「もっと言うなら、死体のデータ集め、だな」
「あっ。私、聞いたよ。ホウライが、死体を回収して研究に回せ、って言ったの」
「……僕も聞きました。……それが、可逆的データの研究に必要……ということなんでしょうか」
「科学的な話はよう知らん。でもま、そうなんじゃね。あくまでこりゃ、推測だぜ」
限武が受付のデスクにもたれて、軽く答える。
「NPCの稼働実験、というのも嘘ですね」
「ああ。サイバーセカンドちゃんは、NPCのことなんざどうでもいい。死体のデータが集まればそれでいいんだよ。NPCを稼働させて殺し合って下さい実験。略してNPC稼働実験。なーんてな」
もし本当にそうだとするなら、略しすぎだ。一番大事な部分を切っているではないか。過激なジョークを好むホウライなら、ありえる話だ。
限武に続き、好削がさらにつけ加える。
「NPCを配置したのは、ただの餌だ。NPC目当てにきたものも多い。加えて、NPCのもたらす効果は他にもある。彼らがいることで、さも代わりに戦ってくれる、自分達は戦う必要はない、と思い込ませることができる」
思い当たることがあり、最初の苦い実験を振り返る。
「……はい。そう思っていた人が、たくさんいました。戦うのはNPCだけじゃないのか、と……」
「ちゃっかり成功してやがるわけか。こえー、こえー。俺達はまんまと罠にかかったネズミ。NPCはチーズ。ネズミ捕りセカンドは、先行マウスを募集していまーす」
限武の皮肉に、誰も笑えない。好削だけが目を細める。この二人は、どうにも気楽だ。やはり、他の被験者とは空気が異なる。
「ま、それがわかっていても俺達はクエストを続けるしかねえけどなあ。何もしなくても死ぬ、実験に参加しても死ぬ。どっちに転んでもサイバーセカンドの思うツボ、ここに来た時点でもう……」
「そういうことだな」
二人がまとめる。仲間も頷く。
重い腰を上げ、ソファから立つ。声を抑えたまま、仲間達に伝える。
「……皆さんの意見が聞けて、考えがまとまりました。最後に、今後の方針についてお話します。まず、今回配られた回復薬について。お話しした通り、サイバーセカンドは被験者の……死体を集めているきらいがあります。そのサイバーセカンドが無料で配布し、活用を勧めている回復薬……何があるかわかりません。使用、購入はできるだけ控えて下さい」
数人が回復薬をとり出し、しげしげと眺めた。先ほどまで感動の対象だったものが、ただの怪しい薬になり下がっている。
「回復薬を使わなくて済むよう、僕とグッドディードが戦います。次に……僕達が戦う相手についてですが、ポイントを集めるため無差別に戦うわけではありません。こちらに敵意のないものは、対象にしません。相手を判断し、攻撃します。よろしいですね」
「でも、グッディはその辺ちゃんとわかってないんじゃない~? 昨日、ピューって龍を追っかけていっちゃったでしょ? 犬みたいに~」
紅白に痛いところを突かれる。今一番の悩みの種、解決できていない問題を指摘される。
青ざめる唐梅とは別に、仲間はあまり気にしていない様子で笑い声をあげた。動揺を隠し、合わせて笑顔をつくる。
「……皆さんのご協力があって、僕の管理が甘かったにもかかわらず、昨日の実験を乗り切ることができました。本当に助かりました。ありがとうございます。次はこうならないよう、グッディには言い聞かせておくので……。……それでは最後に、今日の実験が始まる前に、約束のポイントを分配したいと思います」
情報パネルを出す。中に「メール」という項目があり、他の被験者のアドレスを知っていれば、ポイントを始め、データを添付して送ることができるようになっている。これは最初の実験の後、情報パネルを調べている時に知った。
仲間とアドレスを交換し、ポイントを送付する。昨日の実験では誰も殺していないため、第ニの実験で悪属性のNPCを倒して得たポイントを配った。
「ありがとう。参加してよかった」
「最初は迷ったけど、協定に入って正解だったよ」
仲間に感謝され、唐梅の心にわずかばかり光が戻ってくる。
昨日の実験は、自分からすれば散々な結果だった。それでも、ここにいる仲間を、何とか救ったのではないか。グッドディードの凶悪な力を、救いの力に変えることができたのだ。ギリギリの、正義。
動揺が消える。決意に変わる。この先、いくらでもケンカしようとグッドディードに言った。早くもその気がなくなる。
もう揉めるものか。グッドディードを納得させるんだ。必ず、今日の内に。どんな手を使っても。悪属性の相棒に、正義を果たすと約束させる。させてみせる。僕はあいつを、ギリギリ正義にする。
仲間に解散を言い渡す。皆この建物内に留まると決め、NPCを連れてそれぞれ部屋を選びに行く。強い足どりで、唐梅もグッディの待つ自分の部屋へと向かった。
「……サイバーセカンド側の人間が入り込んでいるな」
「ああ、殺しを扇動してるわぁーるいやつがいる。間違いなく」
ベッドが三つ並ぶ部屋で、好削と限武が会話する。昨日の実験でくたくたになった演舞が、ベッドの一つに横になり、機械の体から伸びたプラグを壁のコンセントにさしている。充電しているのだ。
好削が回復薬を指先につまみ、振った。青色の液体が揺れるのを冷めた目で見る。
「サイバーセカンドも、本格的に動き始めた」
「大人しく実験を見守ってたのは、三日だけか。死体の数が足りてねえんだろうよ」
「この先、守りに徹するものも出てくる。チームを組んでいるのは、ここだけじゃない。被験者達が大人しくなってしまっては、実験が滞る。あの手この手を使い、もっと殺しを扇動していくだろう」
演舞が寝返りをうつ。様子を見ながら、限武がコーヒーをすする。マフラーを外さず、ストローをカップにさして吸い上げる。
「……で。誰が怪しい、好削。ハイラント達はどうだった」
「ないな。まっしろだ。大人しいものだったよ」
「じゃあ、他のやつ」
「紅白は黒だ。やつは紅でも白でもない、まっくろけだよ」
喉を鳴らして、限武が笑う。好削もマフラーの下で微笑する。
「……ま、想像通りだな。やつは後回しでいい。それより……”キリン”は見つかったか」
「……キリン?」
主人を含め、誰もいなくなった自室で、コップの底に耳を当てたグッディが呟いた。




