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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第4章 ギリギリ正義
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サイバーセカンド製の怪しい回復薬

「ご主人様。お腹が空きました。……ご主人様?」


 ベッドの上の唐梅に問いかける。痛々しく首に包帯を巻き、浅い寝息を立てている。反応はない。

 布団から唐梅の腕をとり出す。その腕に、グッディはかぶりつく。


「……いだだだだ!!」


「こら、グッドディード。何をしている」


 痛みに飛び起きた唐梅のもとに、好削(すざく)が駆けつける。後について、他の仲間も様子を見にきた。


 目が見えず、眼鏡を探す。気づいた仲間が、ベッド脇に置いてあった眼鏡をかけてくれる。


 見知った休憩用フィールドの一室。自分達の部屋だ。なぜここに寝ているのか。実験に参加していたはずでは……。


「……そうだ、実験!! 実験はどうなって……!」


「落ち着け、唐梅。心配しなくていい。実験は無事終わった。お前が倒れてすぐに、終了のアナウンスが流れたんだ。ここは、お前達の使っていた部屋で合っているな? グッドディードが案内してくれた」


「……グッディが?」


 好削の説明に、グッディを見る。いたずらっぽく、ニヤニヤ笑っている。グッディのとがった歯を見て、噛まれた腕をさすった。


「ほら、犯罪報道をまたやっているぞ、グッドディード。見逃してしまっていいのか」


 見逃す、という好削の言い方に慌てたのか、グッディが急いでテレビの方に向かう。何人かの仲間やNPC達と一緒に、報道を見始めた。違和感のある光景に目を疑う。


「……あの、皆さんは……無事ですか」


「ああ。昨日の実験でかすり傷くらいは負っているが、その程度だ。皆元気だよ。お前を除いてな」


「……グッディは、何をしていましたか」


「食べて寝て、後はテレビを見ていた。犯罪のニュースや、ホラー映画が好きなようだな。また勝手に散歩に出やしないかと交替で見ていたが、大人しくしていたよ」


 意外な展開に驚く。自分が気を失っている間、グッディは仲間を襲ったりはしなかったようだ。疑問に思いつつも、ほっとする。


 あの危険でしかたがない殺人鬼の面倒を、仲間達が見てくれた。自分をここまで運び、介抱までしてくれたことに感謝を述べる。


「……あ、ありがとうございます、皆さん。すみません、ご面倒おかけして……って、昨日……の実験?」


「ああ、お前は一日中眠っていた。今日は、ここサイバーセカンドに来て四日目の昼だ。何か食べるか? 雑炊でも……」


「――……まずい!! もう次の実験が!」


 ベッドから這い出ようとするのを、好削達がどうどうと抑えた。


「落ち着け、唐梅。焦る気持ちはわかるが、そのケガだ。起きたりするんじゃない。今日は安静にし、実験には参加するな。私達で何とかする。いいな」


「そ……そんなわけには……!」


 制止を振り切り起き上がりたいが、体が重い。首の痛みも引いておらず、動く度に激痛が走る。


 危険なグッドディードを仲間に任せ、丸一日気絶していただけでも大失態だというのに、これで今日の実験にまで参加しないわけにはいかない。そう思うが、ボロボロの体はうまく動いてくれない。


 実験に参加しないとなれば、確実にグッディは不満を漏らすだろう。かといって、グッディ一人を仲間とともに参加させるわけにもいかない。


 今回大人しくしてくれていたのは、まぐれだ。きっと、何か理由があるに違いない。それもよからぬ理由が。


「……みんな! 静かに」


「どうした、陽子」


 最初に協定への参加を申し出てくれた女性が、皆に注意を促す。ジジジ、と雑音がどこからともなく流れる。


『――おはようございます。サイバーセカンドの被験者の皆様。本日のログインボーナスを配布します』


 今もっとも聞きたくない声が部屋に響いた。軋む体に鳥肌が立つ。強い焦りをともなう。つきましては、次のクエスト及び実験を……と続くであろう、ホウライのアナウンスに身構える。


「……ああーっ!! これってもしかしてー!!」


 予想に反して、ホウライではなく紅白の興奮した声が聞こえた。仲間も一様に、興奮している。戸惑う唐梅の腹に、軽いものが落ちてくる。慎重に拾う。


 メモリのついた小さなビンに、コルクの蓋がついている。中には青い液体。


『今回配布したものは”回復薬”です。最初の一度だけ、感謝を込めて被験者の皆様と各NPC全員に、一本ずつお配りします。皆様が実験に協力して下さったおかげで完成した一品です。本日より、ログインボーナスの報酬の中にも設定され、ストアの方でも販売させていただきます。ぜひ、ご活用下さい。説明は以上です』


 ホウライのアナウンスが終わる。突然の特別なボーナスに、歓声がわき起こった。


「これだよこれー!! こういうの待ってた~! マジでゲームらしくなってきたよ~!」


 中でも特に紅白が喜んでいる。配られた回復薬に頬ずりする。相変わらず血まみれだ。他者の血に汚れている紅白には、回復薬など必要ないのではないか。それにしても……。


 死体を集めている節のあるサイバーセカンドが、回復薬?


 回復薬と言えば、ゲーム内でキャラクターの体力を回復させるアイテムだ。この電子空間で生身の人間に使った場合、どういった効果をもたらすのか。現実世界での飲み薬のような代物だろうか。


 ビンを振る。美しい水色だ。それゆえに怪しい。これは、本当に回復薬なのか。


 被験者達の協力により完成した、と言うが、回復薬の試作実験を行っていたことなど聞いていない。NPCの稼働実験を行うと言ったその裏で、こんなものをつくっていたのか。


 この回復薬と、被験者を現実世界に戻すというサイバーセカンドの主たる実験目的とは、関係がないように思えるが……生き返らせる蘇生薬ならまだしも。


 怪しい薬。何かあるはずだ。あの冷酷な研究員らが感謝を込めて全員に配布、などありえない。


「よかったなあ、唐梅よ。お前は本当に運がいいぜ。コンビを組むNPCはレアリティ百、ケガをした翌日には回復薬をタダで手に入れる。とんだ豪運だよなあ。……で、早速使ってみたらどうだ」


 訝しむ唐梅の思考を遮り、いつの間にか現れた限武(げんぶ)がいらぬことを言う。


 断る間もなく、仲間達の視線がいっせいに自分に集まった。わらわらとベッドの周りに集まり、好奇心に目を輝かせる。思わずのけぞる。


「……は、はは……。……運がいい? ご冗談を……。本当に運がいいのは、ケガをせずに回復薬を貰えた人達ですよ……」


「ああ、そうだな。ごもっとも。……で? ほら。早く飲め」


「塗るのかもしれないよ」


「いやいや、回復薬と言ったら飲むもんだよ。唐梅くん、ぐいっと! 一思いに!」


 一思いに、とはまるで毒を飲む時のようではないか。仲間の悪気ない言葉に引きつる。


 そう、これは毒味だ。実験体だ。サイバーセカンドに実験され、仲間にもモルモットにされるというのか、僕は。


 回復薬には極力手を出さない方がいい。回復する保証もない。しかし、この体では今日の実験に参加できないことも確かだ。


 仲間達が自分を囲む向こうで、テレビを見ているNPC達に目をやる。

 回復薬を転がして遊んでいるNPCがいる。実に微笑ましい。その中に、ニヤニヤ笑いながらこちらを観察している非道なグッディの姿。


 情報パネルを出現させ、時間を確認する。次の実験の開始時間は告げられていないが、猶予はない。どのみち誰かが最初に口にし、試さなければならないだろう。


 意志を固めると、回復薬のコルクを外し、一口だけあおった。


 味はない。喉を通ってすぐに、じりじりと肌が焼ける感覚。首と足に、あわ立つ違和感。


 反射的に首を押さえる。何とも言えない刺激に、ベッドの上でうずくまる。仲間が顔色を変え、唐梅の肩をさすった。


 気持ちが悪い。吐き気と怖気。体の神経がぞわぞわと震える。これから自分の身に何が起きるのかわからないという恐怖が襲ってくる。形容しがたい症状に、ひたすら耐えた。


 仲間が水を持ってくる。朦朧としながらグラスを受けとる。


「……あっ。嘘……」


 陽子が声をあげる。水を受けとり、手で隠れていた唐梅の首が顕になる。陽子が首元を覗き込む。


「傷、ないよ! 唐梅くん」


「……え……」


 おおお、と仲間が驚喜した。皆で首を触り、確認する。当の唐梅は、体中を巡る違和感に未だ苛まれている。本当に傷は消えたのか。


 好削が自分の情報パネルを操作し、ミラーモードに変更した。回転させ、見せてくれる。


 自分の顔がうつっている。ハイラントによって首につけられたはずの切り傷が、きれいに消えていた。足も確認するが、銃弾で受けた傷もなくなっている。


「ヤッバあ。マジでゲームじゃん」


 年齢に反して言葉の若い限武が感心する。紅白が強く頷き、周囲も同調した。


 傷が一瞬で回復する薬。そんなものは、現実世界ではありえない。感動するのは当然の反応だ。が、傷が治った一方で体調の悪さを感じるという矛盾に悩まされる。


 感動に水をさすようで悪いが、正直に切り出す。


「……あの……これ、違和感がすごいです。あまり、気分のいいものではない……というか……」


「何だろうな。副作用かもしれん」


「でも、ちゃんと回復してるよ! すごいよ、これ。一口飲んだだけでこの効果。その内、死んでも生き返る蘇生薬とかも出るかも。薬があれば、この先の実験なんかこわくないよ」


 陽子がまさに気にかけていたことを言う。息をのむ。


 サイバーセカンドは、この反応を狙っているのではないか。


 回復薬を使わせることで、サイバーセカンド側に利益があるようになっているはずだ。被験者達がポイントを使い、回復薬を溜め込むことで、ポイントのためにますます実験に参加するよう仕向けている可能性はないか。


 本来身を守るための回復薬であるはずが、その薬のためにポイントを集めようと、危険な実験に参加する。それでは本末転倒だ。


 痺れる体を抱え、ベッドから起き上がる。喜ぶ仲間達を前に、重い口を開いた。


「……皆さん、聞いて下さい。この回復薬に関して……重要なとり決めを行います」


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