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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第4章 ギリギリ正義
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グッドディードVSスカー 第3の実験の終わり

 聞き捨てならないセリフに、開いた口が塞がらない。グッディの言葉が聞こえなかったのか、無事に出てきたのを見て、仲間は喜びの声をあげている。それを呆然と聞く。


 ……全員殺す、だと。ついさっきの無殺生宣言は何だったのか。


 煽ったのは自分だ。しかし、倒してほしいのはNPCだけだ。全滅させてくれなどとは思っていない。


 挑発の加減を間違えた。それが、事態をまずい方向へ転がしている。歓喜する仲間とは正反対に、焦燥に追われる。


「何だ、生きてんじゃねえか。スカーの炎受けて、ぴんぴんしてやがる。かってえなあ」


 火傷の一つも見受けられないグッディを見て、ハイラントが感心する。ナイフで唐梅の動きを封じつつ、首だけを動かす。


「……スカー! 特攻が効かないなら、物攻でいけ。体当りして、噛み潰せ」


 ハイラントの指示に、スカーがうんうんとかわいく頷く。すると、鋭い歯がびっしりと生えた、かわいくない大口を開けた。宙に浮くグッディに噛みつこうと、龍の巨体をひねらせ、突進する。


 荒野に、風と揺れが起こる。平野に広がっていた炎が、巻き上がる風に消し飛ばされていく。


 スカーの突進を難なくかわし、グッディが手に持つ赤い剣を振った。攻撃するのではなく、準備運動するように空気を切っている。口に手を当て、うーんと考えるそぶりをする。


「あっ、こ、こいつ! また必殺技に頼るつもりじゃないだろうね! この、ザ……」


 光線が飛んでくる。刃をまじえる二人の真ん中を突っ切り、両方の武器を弾いた。さすがのハイラントも、いきなり飛んできたグッディの攻撃に飛びのく。


 またあれをやられちゃ困る、と発したこちらの挑発を、グッディは最後まで言わせない。スカーの猛攻を避け、空から下級魔術を大量に放った。


 ぎゃああ、と悲鳴をあげ、被験者全員がその場から避難する。平野に赤い光線がいくつも突き刺さり、一風変わった景観になる。


「ったく、うるさいですね、ご主人様は。必殺技を使って、何が悪いんです! あれが一番効率的なんですよ。でもまあ、いいです。レアリティ八十のザコドラゴンなんて、中の下魔術で倒せます」


 中の下魔術。何だそれは。グッディが出した新しい魔術の情報に、全くわくわくしない。

 用心し、仲間を背にかばい刀を構える。ハイラント達も自分のNPCを集め、グッディの動向を警戒する。


 グッディが赤く輝く剣を、自分の前に掲げた。剣がびりびりと振動を始める。


「スカー!! やれ!」


 ハイラントの指示に、スカーが動く。ぐ、ぐ、と体をのけ反らせ、苦しそうに顔を振る。

 剣に隠れた口元を歪め、グッディは笑う。


 二回目の主将戦が始まる。唐梅は気を引き締める。


 鉄の体を大きく震わせ、スカーが溜め込んだものを吐き出した。これまでのものとは違う、青い炎が荒野の空を焼く。青空に同化して燃え、その先のNPCを狙う。


 迫る炎をかいくぐり、グッディが飛ぶ。炎に巻きつくように飛行し、一瞬でスカーに近づく。


 剣先が、スカーの鉄の顔に当たった。切れ込みが入る。嫌な音を発して、スカーの体を亀裂がとり巻いた。ぐるんぐるんと龍の体を旋回し、グッディが剣を使い、スカーの巨体に痛々しい入れ墨を残していく。長い傷を尾まで描くと、さっと離れた。


「ギャォオオオーン!!」


 体中を長い一本の傷で覆われたスカーが、泣きだす。鳴くのではなく、泣きだす。


 顔についた複数の目から、大粒の涙を流した。痛がり、体をねじる。傷口から透明の体液があふれる。スカーの涙と体液がビシャビシャと降って、平野に一時的な雨をもたらした。


 豪快な雨に皆が逃げ惑う中、雨の大きな一滴が唐梅の首元に直撃する。


「はぎゃああああ!!」


 じゅうう、と焼けつく音をさせ、首にとんでもない痛みが走った。首の傷口に、スカーの涙だか血だか判然としない液体がふれ、これ以上ないほどにしみる。激痛にのた打ち回る。


「ヤッ……ベぇええええ!! 何だあのファッキンNPCは!! スカーの鋼鉄の体を……焼き切ったのか!」


「レアリティいくつだよ! 教えろよぉおお!!」


 ハイラントを筆頭に、敵部隊がわめき散らした。演舞の時とは異なり、今度は批判の意味でファッキンと述べているようだ。


 わんわんと泣くスカーを尻目に、当然のごとく怒っている。対応したいが、瀕死の唐梅はそれどころでない。何より、今はもっと注意を向けなければならない相手が他にいる。


 ハイラント達が急に静かになった。


 空気の変化を敏感に感じとり、起き上がろうとする。激痛に悶える。首が上がらない。それでも起きようと、地面を這いずる。


「唐梅、無理をするな。安心しろ。我々は勝ったんだ」


 好削(すざく)の声がする。仲間達に体を支えられ、何とか起き上がった。


「この主将戦に勝った方が勝ち、だったよなあ。そっちは負けた。レアリティは教えらんねえなあ。どうしても知りたけりゃ、まだ続けるか? 別にあんたら、殺したっていいんだが……」


 限武(げんぶ)が恐ろしいことを口にした。脅しだろうと思うものの、焦る。チカチカする目で周囲を確認する。


 騒いでいたハイラント達が、何かに怯え、じりじりと後退していく。その視線の先、泣いている龍の下に、ニヤニヤと笑う殺人鬼の姿。


 獲物の反応を楽しみ、平野の地を一歩、一歩と近づいてくる。ホラー映画のワンシーンを見ている錯覚にとらわれた。


 ハイラント部隊がリーダーにひっつく。かくいうリーダーは追い詰められたせいか、軍服をチェックする癖が出ている。ひっきりなしに体中をさすっている。


「……逃げよ」


 小さく呟くと、体をさすっていた手から何かをとり出し、投げた。


「えっ」


 ボン! と爆発音がし、煙が平野をとり巻く。


 ハイラントの投げた発煙弾が、驚く唐梅達の視界を奪う。もくもくと平野に煙幕が立ち込める。仲間が手を振って煙をどかす。グッディもまたパタパタと手で煙を扇いでいるのが見える。


 時間が経ち、煙が消え視界が戻ってきた。


 ハイラント達の姿はない。逃げられた。どうやって逃げたのか、スカーの姿もないではないか。


 逃げないと豪語しておいて、変わり身の早いハイラントに感心する。チームのことを考え、戦力差を把握する。ハイラントの言葉だ。逃げないと口では言いつつ、まずい敵と遭遇した時の逃げる手段をしっかり用意していた。


 グッドディードとはまた別方向に冷酷な人達だったが、チームとしては機能している。それに比べ、自分の何と行き当たりばったりなことか。


 ボロボロの体を仲間に支えられ、自分の不甲斐なさを振り返った。敵が無事逃げてくれたことに、ひとまず安堵する。そして、視界の晴れた荒野にたたずむ相棒を見た。


 敵を逃したというのに、こちらを見ながらニヤついている。その表情に、じっとりと嫌な汗をかく。


 ハイラント達を退けた。だが、今日の実験はまだ終わっていない。


 仲間の支えから離れると、ふらつく足でグッディの元へ向かう。


「……敵に逃げられてしまったね、グッディ。あんなアイテムを持っているなんて。でも、僕もボーナスで手りゅう弾を手に入れたんだから、敵が発煙弾を持っていることくらい予測してしかるべきだった。だから、君の責任じゃないよ」


 グッディに近づき、表情を窺う。慎重に探りを入れる。が、言ってから口が滑ってしまったことに気づく。


「ご主人様。あの手りゅう弾、買ったんじゃなくてログインボーナスで出たんですか。ハンバーガーが出たと言っていませんでしたか」


 うっ、と言葉に詰まる。嘘が一つバレてしまった。嘲笑うように、グッディはふふんと鼻を鳴らす。


「……逃げられた? 違います。逃がしたんです、わざと」


 得意気に話を戻し、いやらしく目を細めると、動揺している唐梅に顔を近づけた。


「ご主人様、期待したでしょう。私の言葉に」


 うっ、の次はえっ、と声が出そうになる。


 期待。グッディの言葉の意味を考える。


 ひょっとして、グッディが今日は誰も倒さないと言った時の感情を、読みとられてしまったのか。あの時、確かに自分は一瞬喜んだ。その一瞬の感情の変化でさえ、この相棒の前では出すことが許されないのか。


 押し黙る自分を見て、グッディが一際嬉しそうにした。大仰に手を広げ、まくし立てる。


「――倒しませんでした。最初の宣言通り! ご主人様の挑発に、のらなかった! 協定のみんなはボロボロです。ご主人様もボロボロ。私は誰も救わないし、守りません!」


 仲間に聞こえる大声で、グッディが続ける。向こうで、仲間が顔を見合わせた。


「時には、ご主人様にだって歯向かう! それが悪属性、ですから!!」


 目と鼻の先まで顔を近づけ、グッディが勝ち誇る。してやった、という顔で笑う。


 どう返答すべきか。機嫌のいいグッディを前に、ぼんやりとする。目だけ動かし、仲間の反応を見る。


 皆、グッディの発言に首をかしげていた。怒っているものはいない。それは、そうだろう。自分達を救けた殺人鬼が、反面、救けていないと言っているのだ。


 主人の望みとは正反対のことをしてやったつもりでいるグッディに、段々、今の状況が見え始める。ふんわりと笑う。怒ると踏んでいた主人が穏やかに表情を崩すのを見て、グッディはあれ、と思う。


「……ああ、それでいいよ。グッディ。……君は、かたくなに僕を、ご主人様と呼ぶね。でも、対等だよ。僕達……こうやって、ケンカしようじゃないか。……この先…いくら……でも……」


 グッディの姿が歪む。荒野の地と空が混ざり、不快な色に変わる。視界に闇がちらつく。ご主人様、と自分を呼ぶグッディの声が、闇にこだまする。


 ああ、またグッディは笑うだろう。僕の情けない姿を見て、笑うのだろう。


 意識の隅でそれだけ考えると、唐梅は眠るように気を失った。






「マジかよ。あいつ、死にやがった」


 白い空間で、パーカーを着た少年が吐き捨てる。テーブルの上の小さなモニターにうつる、実験の映像に顔を歪めた。

 晴れ渡った荒野に、黒い衣服に身を包んだ同年代の被験者が倒れている。その仲間が駆け寄る。


「大丈夫よ。仮に主人が死んだとして、グッドディードは残るわ。恨みはいくらでも晴らせる」


「うるせえな。金は払ったんだ。取引は終わった。それ以外の時に生意気な口聞くんじゃねえよ、情報屋」


「ミス・ドットレッド、よ。堅苦しい呼び方しないで」


 白いワンピースを着た少女が、ため息をつく。黒い長髪が息に揺れる。

 ワンピースには、大きな赤い水玉模様がついている。ハイビスカスのコサージュがついた白い帽子を深く被り、ドットレッドが椅子に座り直した。


「……さて、今日の実験はここまでみたいね。他の人も、視聴料を払ってもらえる? あなたは確か……サバクラ、だったかしら」


 モニターに目をやる、もう一人の顧客に支払いを促す。顧客が、緩くウェーブした金髪をなでた。ドットレッドの声には反応せず、じっとモニターを見続ける。


 実験の終わりを見届けると、砂漠蔵(さばくら)は椅子から立ち上がった。


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