唐梅VSハイラントショー
「……さて、お戯れはここまでだ。NPC戦といこうじゃないか。そっちもなかなかいい駒持ってるみてえだからなあ」
ハイラントがスカーの鼻先をなで、こちらを見る。
スカーと一緒にやってきた他のロボット型のNPCも、それぞれの主人、ハイラントの仲間の元へと帰っていく。かなりの数だ。明らかにこちらのNPCの数の方が少ない。そして、不利なのは数だけではない。
「えー、ヤバみ。あの龍、よりによってあいつのかよ」
後ろで限武がぼやいた。他の仲間達は、ぼやく元気すらない。自分にもない。
明らかな形勢逆転を前にふさぎ込む唐梅達をそっちのけで、ハイラントが話し続ける。
「まずはレアリティ勝負といこうか。今のところ俺は負けなしでね。そっちの一番強いやつを出してくれよ」
一番強いNPC。それを出したいのはやまやまだが、出しようがない。
何でもできるジョーカーを引いたのに、うっかりなくしてしまったギャンブラーの気分を味わう。ジョーカーを恨みたいところだが、この場合うっかり屋なギャンブラーの方に問題がある。
ジョーカーはトイレに行っている、と話してもハイラントは待ってはくれないだろう。一旦俯くと、限武に目配せした。
限武が演舞に指示を出す。演舞が唐梅達の前に戻ってきて、ハイラントに向き直る。
「うちからはスカーを出す。メタリックでなかなかのデザインだろ。レアリティは八十だ。そっちは?」
レアリティ八十。演舞よりも高い。それはつまり、今まで見た他の被験者が持つNPCの中で、もっとも高い数値だ。
「おいおい、言った側からレアリティ八十さんのご登場かよ」
「よかったな、ジジイ。ツキの違いを見せる時だぞ」
「うるせえ」
限武の嘆きに、好削がすかさず皮肉を飛ばした。重い腰で限武が立ち上がり、演舞の情報をハイラントに渡す。
「……苦儡屋演舞。レアリティは七十七だ」
ハイラントが口笛を吹く。
「僅差だな。あんたがその侍の主人か」
「――いいえ、僕です! 僕が演舞に指示を……」
岩から勢いよく立ち上がったのを、限武が手を振って制止した。
「黙ってろ、唐梅。……俺が主人だ。こう見えて三十代」
「嘘つけ。どう見てもジジイだろ、お前は……」
限武の軽口をハイラントがいなす。
次いで、スカーに指を振って指示をする。平野の地面を腹で這い、スカーがずるずるとこちらに近づいた。
頭上に龍の顔が見える。唐梅達のいる場所に、スカーによって大きな影ができた。スカーの腹の真下には、演舞がちょこんと立っている。決して小柄でないはずの演舞が、まるで小人のようにうつる。
「スカーとエンブで、まず主将戦。この主将戦に勝った方が、後に控える勝負の攻撃先制権を得る。っていうのでどうだ」
後の勝負、に反応して素早く立ち上がる。
「――この主将戦に勝った方が勝ち、……にしていただけませんか」
敵方の若いリーダーの提案に、ハイラントは片眉を上げた。
「どういう意味だ、そりゃあ」
「この主将戦でかたをつける……そこで勝負は終わり、ということです」
ふっ、とハイラントが笑う。バカにしている雰囲気ではない。自分の軍服をチェックし、至って真面目な唐梅を穏やかに見る。
「こんなベイビーが本当にリーダーなのかと思ったが……どうやら本当らしいな。チームのことをちゃんと考えてる。戦力差を把握し、交渉に出る。俺が十七だった頃より、よっぽどしっかりしてる。……けどな」
ハイラントが厳しい目つきに変わる。厳しく、しかしどこか虚ろな、生気の感じられない目をこちらに向けた。
「ここでそうやって生き残ったところで、どうすんだ? クエストに勝てなきゃ、結局じりじり飢え死にする。今日の実験、はい終わり。じゃあ、次は?」
口を結ぶ。
次は……次こそは、グッドディードを。そう考えて、それがただの希望でしかないことに気づく。それでも、とにかく今日の実験を、この戦いを無事に終えたい理由が自分にはある。
「ゲームオーバーはぽんといこうぜ。特に負けがわかってる時は、自分から死ににいけ。リセットがあるんだからよ」
ホウライのようなジョークに、青筋が立つ。言い返そうと口を開く。それを遮って、ハイラントが人さし指を上げた。
スカーが長い体を伸ばし、演舞をにらむ。臨戦態勢に入った。
「レアリティの近いNPCと戦わせるのは初めてだ。今日までザコばっかでなあ。実験だの何だので、あんたらすっかり忘れてるのかもしれんが、こりゃゲームだ。……楽しもうぜ」
――ジャラジャラジャラッ!!
スカーが鉄の腹を平野に打ちつけ、這う。たちまち砂ぼこりが舞い、石が弾け飛ぶ。
地面が大きく揺れる。演舞の周りを、巨大な生きた鎖が取り囲む。揺れに足をとられた演舞にスカーが一瞬で噛みつき、その口にくわえた。
仲間がスカーの口に捕らえられた演舞を見て、声をあげる。あっさり捕まった演舞が、スカーの容赦ない咀嚼にジタバタともがく。
「あっ。演舞食われた」
「演舞!!」
のんきに実況する当の主人よりよっぽど演舞を心配して、飛び出した。好削の腕を振り切り、走る。
スカーの鉄の腹をくぐり、その向こうに立つハイラントを視界に捉える。足の痛みも忘れて、血桜を引き抜き、両手で持つ。ハイラントが銃をとり出した。撃たれる前に刀を振り下ろす。
――ガキンッ。
鉄と鉄が、激しくぶつかる。銃の腹に、刀が食い込む。
こちらが両腕で斬りかかっているのに対し、ハイラントは片手に持った銃で一刀を防いでいる。
ハイラントの仲間が銃口をこちらに構えた。余っている手を振ってそれを制止すると、ハイラントは静かに語りかける。
「攻撃の相手、間違えてんぞ」
「やめさせて下さい……! スカーに、演舞を放せと言って下さい……!」
「ああ、そういう。……スカー、噛み潰せ」
「――!!」
不快な音が頭上で鳴る。演舞がスクラップされる機械のようにみしみしと、スカーの顎に押しつぶされていく。
自分達を守ろうと戦ってくれたNPCが苦しそうにのた打つのを見て、叫ぶ。半狂乱になり、ハイラントに刀を叩きつけた。ものともせず攻撃を片手で防ぐと、ハイラントは仲間とNPCに指示を出す。
「勝負あったな。スカーの勝ちだ。というわけで……先制攻撃。お前ら、被験者をやれ」
無情な声に呼応して、銃声が響く。部隊の銃に加え、ハイラント達のNPCの火炎放射が平野を飛ぶ。攻防する二人の横や上を通過して、岩に隠れる協定の仲間達を襲った。
自身の死より恐れる状況を目の当たりにし、激昂する。
「――NPCはまだしも、どうして人に平気で攻撃できるんです!! 演舞はあなた方を牽制しただけで、殺す気なんてなかった! そちらが銃を撃ってくるから、銃弾が効かない演舞に出てもらったにすぎません!」
「ええ? でも、あいつレーザービーム……まあいい。今さら何言ってんだかなあ。ここまで来るのに散々殺してるだろ、お前らだって。何より、命の保障はございませんって書類に、サインしてんだろ」
「……おっしゃる通りで……! ……しかしながら、人間同士殺し合う必要は、本来ないはず……! ポイントは、NPCを倒すだけでも稼げます!」
「ゲームなんだ。人間だろうがNPCだろうが、敵がいりゃあやり合うに決まってる」
ゲーム、と繰り返すハイラントに、最初抱いた印象が間違いでなかったことに思い至る。
プレイヤーではなく、被験者。第一の実験で、パーカーの少年が冷たく言い放ったこと。
しかし、ハイラント達はどうだ。揃いの軍服を着て、顔色一つ変えず引き金を引く。勝ち上がることしか考えていない、いや、それすら考えていないのかもしれない。
被験者ではなく、プレイヤーだ。このサイバーセカンドに、命がけのゲームを楽しみに来たもの達。
分析するこちらの不意をつき、ハイラントが後ろに身を引いた。押し合っていた力が急になくなり、重心が傾く。機敏な動きで、ハイラントが唐梅の背中に回る。
腕に痛みが走る。気がつくと、平野の地面が視界のすぐそこにあった。
「いいなあ、この刀。俺にくれよ」
ずしり、と自分の背に、ハイラントの体重がのしかかる。両腕を掴まれ、下に組み敷かれている。
刀、と言われて血桜を探そうとするが、体が動かない。どうにか首だけを動かす。岩影から身を乗り出した仲間が、顔に冷や汗をかいてこちらの様子を窺っているのが見える。
「……使ったら死にますよ、それ」
武器を奪われ、情けない姿勢のまま、刀に興味津々のハイラントに血桜のリスクを教えてやる。一見負け惜しみのようだが、まごうことなき事実だ。
「えっ。何その設定……ああ、脅しか」
脅しでも何でもない唐梅の発言を、ハイラントが勝手に解釈する。
奪った刀を回転させると、刃の先端を、下に組み敷く少年に向けた。
「……どれ、主将戦の次は、リーダー戦だ。最初は刀の主人で試してみるか、ってね」
血桜の美しい刃先が、首元に近づく。荒野に吹く風を受けた冷たい刃が、首に触れ、体温でぬるくなっていく。
「くっ……何てこった。これじゃ本当に設定通りじゃないか……!」
今まさに自分を斬り殺そうとしている刀を見て、これが妖刀血桜今日びの呪いか、と真剣におののいた。
仲間が悲鳴をあげ、限武と好削が自分の武器に手をやるのが見えた。ハイラントの後ろにいるであろう敵部隊の姿は確認できないが、おそらく嬉々としてこの光景を見守っているのが想像できる。
ならばその隙に、と自分の仲間に向かって声をかける。
「――皆さん、逃げて下さい!! すみませんでした……言った側から協定を機能させることができなくて……!」
謝罪しながら、何を言っているんだと己を叱責する。これではまるで、諦めたかのようではないか。
ダメだ、ここで死ぬわけにはいかない。
ここで死んで、グッドディードをどうする気だ。誰が止めてくれるというんだ。自分でやつをコントロールすると、そして自分達なりの正義を果たすと、そう決めたんじゃないか。
ハイラントが鼻歌まじりに、首に当てた刃先を動かした。小さな痛みに、目を閉じる。首筋をあたたかいものが流れていく。
仲間達が顔を青くする。限武と好削が、今にも飛び出そうと構える。二人が動く気配を感じとり、頼む、来ないでくれと願う。
力じゃ敵わない。口で何とかするんだ。グッドディードを一時的にやり込めた時のように……!
ハイラント達の行動を振り返る。
被験者ではなく、プレイヤー。平然と武器を扱う冷酷さの理由には、退屈が隠れている。
演舞に興奮する、子どもじみた部分。機械のように、無感情な部分。
無邪気、無感情。無邪気、無感情。
その中でハイラントが数回見せた、自身の人間性を表す行動。
刀が首に強く食い込む。仲間が息をのむ。
ゆっくりと目を開けた。血を流す首をかたむけて、ハイラントに向かってぼそりと呟く。
「――大事な軍服が、破けていますよ」
「えっ」
ハイラントが服に手をやる。
拘束を解かれ自由になった腕を振り、身を翻した。ハイラントの視界を奪おうと、顔に飛びかかる。限武と好削が飛び出す。
ハイラント部隊が銃を構え、平野に出た二人に向けいっせいに発砲した。
――ドドドドドッ!!
銃弾が弾き返される。見覚えのある赤い光線が視界にうつり、通りすぎた。限武と好削を狙った鉄の弾丸を押し返し、平野に赤い釘が突き刺さる。
「ご主人様。悪属性がちっともいません」




