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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第1章 現実世界と電脳世界
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唐梅と砂漠蔵

『――電脳世界研究の最高峰、サイバーセカンドの提供する電子空間、同名サイバーセカンド!』


 閑暦(かんれき)十年、四月。新しい元号になって十年が経つ節目の年に、電脳世界の開発に成功したというサイバーセカンドなる機関のCMが世間をにぎわせていた。


 赤藤(あかふじ)高校もその例外ではない。生徒の携帯端末からは、おなじみのCMがひっきりなしに再生されている。


「CM見た? 何とか研究の最高峰、サイバーセカンドの実験ってやつ」


「見た見た。ゲームの世界に入れるんだよな。VRと違って、体ごとゲームの世界に行くんだって!」


「……電脳世界研究、だろう」


 話題のCMにわき立つクラスメートに唐梅(からうめ)が答えた。

 曇り空が教室を暗くし、肌寒い。が、世界中でとりざたされている実験の話にクラスの温度は高い。


「そうそれ、電脳世界。よくわからんけど、ネットの中に入れるってことかね。まあ、ゲームの世界には変わりないよ。唐梅、興味ある?」


「ないよ。それより、ノート」


 半分ほど集めたノートを教卓の上でまとめ、提出をうながす。

 クラスメートは構わず一つの机に集まって話を続ける。


「剣士に、魔術師に、悪の覇者になれる! ってね。俺は断然、悪の覇者。唐梅はどれよ」


「電脳世界で悪の覇者か。いいご身分だ。僕は現実世界で教師になるよ」


「出た出た、生真面目くん。からうめじゃなくて、きまじめに名前変更したら」


 お調子者のクラスメートの頭をノートではたく。どうにかしてノートを提出させようとするが、クラスメートは電脳世界の話に夢中だ。こちらの話にはまるで耳を貸さない。


「けどさあ、コンビってどういう意味かね。一人じゃ参加できねーのかな」


「二人で出ようぜ、相棒!」


「こら、話を聞かないか。ノートを出せ、ノートを」


「はは、悪の覇者がノートなんか書くかよ」


「何だと、この不良め。更生させてやる!」


 気の短い唐梅が飛びつき、とっ組み合いになる。もはや唐梅の教師じみた行動に慣れているクラスメートは笑って対応する。和気あいあいとした、にぎやかな教室。


「――……唐梅くん」


 そこに暗い声がかかった。


 教室の戸から女子生徒が、ふし目がちにこちらを窺っている。その様子に、唐梅はいつもの”恒例行事”だと察し、ノートを置く。


「……砂漠蔵(さばくら)さんが呼んでる」






 ゴミが散乱している。


 視界に濁った液体が垂れていく。黒縁眼鏡のレンズの外側、いや、どうやら内側を伝っているようだ、と唐梅は冷静に考える。


「砂漠蔵さん……やめようよ」


 女子トイレの入り口から優しい声が聞こえる。唐梅の目の前に立つ金髪の女子生徒が振り向き、それに答えた。


「うん……ごめんね。……すぐ終わるから」


 派手な見た目とは裏腹に、砂漠蔵は穏やかに話す。


 相手を選んでいる。頭からゴミを被り視界の悪い中で、砂漠蔵を見上げて唐梅は分析する。


 薄暗い女子トイレの窓から差しこむ光が、軽くウェーブした砂漠蔵の長い髪に反射した。キラキラと光って、神々しくさえある。


 対して唐梅はいつものように呼び出され、女子トイレの壁際で砂漠蔵に追いつめられていた。


 黒髪に黒縁眼鏡、黒い学ランを着た生真面目とからかわれる格好でうずくまっている。砂漠蔵が唐梅の頭上でひっくり返したゴミ箱の中身を黙って受け止め、動かない。


 対照的な二人の生徒が、ゴミが散乱した女子トイレで一方は立ち、一方はゴミと仲よく埋もれている。

 これを見て「あれ」だと思わないものはいないだろう。自虐的に考える。


 砂漠蔵のいる向こうには、怯えながらも、勇気をふりしぼって止めに入ってくれたクラスの女子生徒数人の姿。


 まさに「あれ」だと判断したのであろう女子生徒達に、うずくまった姿勢のまま目配せする。大丈夫、というように強く頷いてみせた。


 ためらい、何度も振り返りながら、女子生徒達は教室に戻っていった。



「……あんた、何も言わなくなったね。……何なの」


 二人きりになった女子トイレで、砂漠蔵が静かに言う。伸ばした爪で、金髪を妖艶になでている。唐梅は答えない。

 一向に動こうとしないとわかると、砂漠蔵も唐梅に視線を合わせて座り込んだ。


 頭についたビニールの破片を一つとり、ゴミの汁に濡れた黒髪をつんと引っぱる。指先に巻いて遊びだす。


「……あんたさ、私が感謝してやめると思ったの? 残念だったね、善いことしたのに報われなくて」


「そんな理由でやったんじゃない!」


 つい強く反論してしまう。はっとするが、砂漠蔵は動じていない。変わらず自分を見ていた。


 砂漠蔵はあの日のことを言っている。しかし、今さら彼女のこの「突っかかり」をやめさせたくてあのような行動に及んだわけではない。


 もう一度うつむいた姿勢に戻り、ひざを抱えた。強い意志のこもった声で砂漠蔵に告げる。


「続けろ、砂漠蔵。僕は平気だ」


 平気、という言葉に反応したのか、砂漠蔵が少しだけ顔を歪めた。


「ゴミでも何でも、僕にぶつけるといい。君にとって、これは必要なことなんだろう。それで君のストレスが和らぐなら、僕は――……」


 唐梅の言葉をさえぎり、砂漠蔵が掴みかかる。学ランを引っぱって立ち上がらせ、洗面台の方へ強引に向かわせる。バラバラとゴミが落ちていく。


 砂漠蔵に押されて、唐梅は洗面台に顔を突っぷした。


「お昼、食べた?」


「……えっ」


 唐突に普通の話題をふられ、動揺する。洗面台とにらめっこしてさえいなければ、安堵すら覚える常識的な会話だ。すると、常識とはほど遠い砂漠蔵が意味不明なことを口走った。


「出して」


 言葉の意味がわからず、目を泳がせる。

 洗面台の中で思考を巡らせていると、砂漠蔵が抱きついてきた。細く、柔らかい体が唐梅の腹に蛇のように巻きつく。


 何だ、僕にジャーマン・スープレックスでもかます気か、とそれしか知らないプロレス技について考える。


 砂漠蔵が腹の、胃腸の入っているであろう辺りを強く押さえ始める。ぐ、ぐ、と力を入れていく。


 ……まさか。


 言っている意味を理解すると、あれだけゴミにまみれても平気だったのが、急に気持ち悪くなってきたような気がして心底慌てる。


「ち、ちょっと待て、砂漠蔵!」


 平気だなどと大見得切ったものの、それでも砂漠蔵の新しい遊びに抵抗感を抑え切れない。気を変えさせようと砂漠蔵に問う。


「こんなことして何になる」


「あんたの吐くところ、見たいの」


 ぎょっとする。顔を上げ、鏡にうつった砂漠蔵の肩ごしの表情を確認した。


 風のない、静かで冷たい夜の砂漠の目がそこにある。冗談の色はない。


 砂漠蔵がひどく真剣なことを察知し、唐梅は先ほどの自分のセリフなどさっぱり忘れて、無我夢中で抵抗を始めた。互いに押し合いの引っ張り合いになる。もみくちゃになりながら、砂漠蔵の長い爪から逃れようと必死に暴れた。


 一瞬の隙をつき、砂漠蔵を突き飛ばす。女子トイレの入り口に向かって走る。


「……うわあああ!! 変態だああああ!!」


 唐梅は砂漠蔵から逃げだした。






「――転校、ですか……僕が?」


 砂漠蔵との恒例行事の数日後。

 冷え切った校長室で、唐梅は震えそうになる声を抑えて、机をはさむ教員二人に問いかけた。


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