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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第3章 唐梅と殺人鬼グッドディード
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自分以外が苦しいが楽しい

 安いモーテルのような休憩用フィールドの一室。ここで過ごすのはまだ三日目だというのに、もう随分長く過ごしてきた気がする。


『――先日の、両親を殺害し逃走した殺人犯が、国際指名手配となりました。さらに新しい情報が……』


「殺人犯? ひょっとして、私のことを言っているんですか」


 グッディは相変わらず現実世界のニュースにかじりついている。テレビの前で首をかしげ、同じセリフを繰り返している。


 先ほどまで昼間の日射しがさし込んでいた窓から光が消え、空が曇り始めるのが見えた。この電脳世界は、本当に現実世界そのものだ。……実験とクエストを除いて。


 唐梅は簡素な木製のテーブル席につき、指で空気をなぞり、情報パネルを出す。ホウライの言っていたストアのページにアクセスする。


 ストアには食料品の他に、紅白の話していた通り衣料品も揃えられていた。ゲームの世界観を目的にやってきた被験者のために用意したと思われる奇抜な衣服がごまんとある。


 いくつか適当に見た後、食料品のページに戻った。クエストで得たポイントを少しだけドルに変換すると、試しに一度ただのロールパンを注文してみる。


 ジジジ、と妙な音がして、目の前にいきなりロールパンが出現した。慌てて手を出すが間に合わず、ロールパンがテーブルの上にぽとんと転がる。


「……す、すごいな。速達中の速達だ。……電子空間だからできることなのか」


 仕組みはわからないが、ここに来てまともに感動できたのはおそらくこれが初めてだ。急に現れたロールパンをまじまじと眺めて、一口かじってみる。


 ……味がしない。このロールパンに問題があるのか、と思ったが、別の理由に行きあたる。


 当然だ。これは、いわば汚い金だ。被験者や善良なNPCも無差別に殺す悪属性のNPC達とはいえ、何かを殺して稼いだポイントによって買ったことには変わりない。

 もそもそと一向に味のしないパンを噛み、昨日の実験を思い返す。


「お腹が空きました。ご主人様」


 唐梅がパンをかじっているのを見て、グッディがのこのことやってくる。


 昨日、殺しを邪魔されてあれだけ憤慨していたというのに、もう機嫌を直している。

 嫌がらせをしてもすぐ立ち直って、気さくに話しかけてくれる相棒を訝しむ。何なら、あのままずっと落ち込んでくれていればよかったものを。


「……君はさっき食べただろう、グッディ。もう少し我慢できないかい」


 こいつに我慢などできるはずもない、とわかりつつも、一応聞いてみる。グッディは答えず、ただニヤニヤとこちらを見返している。こちらも黙って見返す。


 諦めて情報パネルに目を戻し、自分達の持っているポイントの残高を見る。


 最初のクエストで得たポイントは、できることなら使いたくない。あのクエストで得たポイントには、悪属性以外の……つまり、罪のない被験者やNPCの死が含まれている。


 使いたくない。この先、そうも言っていられない状況がくることはあるだろう。しかし……。


「できるだけ、節約したいんだ。ほら、僕のをあげよう。君が食べるといい」


 さし出したロールパンに、グッディがかぶりついた。手を噛まれそうになり、引っ込める。ロールパンをかじり、グッディはまたテレビの前に戻っていく。


 様子を見ながら、情報パネルを操作する。再びグッディの情報を確認する。


 スキルと能力値、と会場で会った男性が言っていたのを思い出す。いくら探してみても、そういったものの記載はない。


 グッディの使う魔術、特にあの全体攻撃について詳細を調べたくとも、自分のNPCらの情報ページに書かれているのは名称、設定、レアリティ。この三つだけだ。NPCらが使う攻撃技については何も書かれていない。頭痛に襲われる額を手で押さえる。


 次の実験が、今日にも行われるだろう。それも、次は世界中の被験者らと。


 最初は日本近畿地区、次いで日本全国。こうなったら次は当然他の国の被験者と、クエストと称された殺し合いをすることになるだろう。


 グッドディードに対して、今後どう対処していくか。その決意、考えは固まった。


 自分のNPCに攻撃することは、もうできない。ホウライが禁止すると言った。いや、どのみちしたところで敵わない。

 いっそ実験の度にケンカをしてホウライの反感を買うか。と、一度別の案を考えてみる。すぐに、その案を端に追いやった。


 被験者はまだ世界中にいる。そして、サイバーセカンドは殺し合いをさせたがっている。被験者達が互いをかばい合い、大人しくなってしまうような状況になるのは困るはずだ。

 好き好んで殺戮を繰り返すグッディのようなNPCは、サイバーセカンドからすればいてくれた方が都合がいい存在だろう。


 つまり、仮に度重なる違反によってサイバーセカンドが自分を処分することはあっても、グッディを処分……データ削除するようなことは、きっとない。


 結論づけると、グッディが何かに気づく。俊敏な動作で、パシッと何かを手にとる仕草をする。


 グッディの動向を敏感に察知して、構える。構えるが、頭上から降ってくるものには気づけず、唐梅の頭頂部にまたも硬いものが激突した。


「あ”ああああ!!」


 じんじんと痛む頭を抱え、カーペットの上をのたうち回る。


『――おはようございます。日本全国の被験者の皆様。本日のログインボーナスを配布します。つきましては、次のクエスト及び実験を実施させていただきます』


 アナウンスに、痛みを忘れて飛び起きる。


 いつも唐突に現れるログインボーナスを、グッディは即座に反応して手にとったようだ。今日のボーナスを手に、なぜか首をかしげている。


『本日実施されるクエスト及び実験は、全世界中の被験者の皆様を、ランダムなフィールドに集めて行われます。この後すぐ、十五時より。フィールドは荒野フィールド、砂漠フィールド、湖フィールドに……えー……後何だっけ。……まあ、そのような感じです。実験の内容は前回同様NPCの稼働実験、クエストも前回と同じ、クエストAのみとなります。説明は以上です。それでは、被験者の皆様は頑張ってポイントを集めて下さい』


「なっ……、待って下さい! 湖フィールドと……それから後は!? フィールドの説明をちゃんと――!」


 アナウンスが途切れた。まるで説明責任を果たそうとしないホウライの態度に、会場で同じように腹を立てたことが思い起こされる。


 次は世界中の被験者と実験を行う。想定は当たっていた。一方で、全く予期していなかった事態も同時に起こっている。


 フィールドをランダムに選定? しかも、荒野に砂漠に湖? テスト空間ではない?


 砂漠はおそらく最初に見た、イノセンスがいたフィールドだろう。だが、他のフィールドに関しては未知数だ。

 それを全て説明せずに切り上げるとはどういうことだ。不測の事態に歯ぎしりをする。


 そこへ、グッディがまたものこのことやってきた。学ランの袖をつんつんと引っ張り、手に持った黒いものを見せてくる。またネズミか、とのけぞる。


「ご主人様。これは何ですか」


 聞かれて覗き込む。どうやらネズミではなく、グッディの今日のログインボーナスらしい。


「……こんぶ。だね」


 黒い物体の正体を答える。


「……」


 日本語が読めるのにこんぶがわからない、ロンドン生まれという設定のグッディが困惑している間に混乱を切り替える。

 ひとまず、落ちてきた自分のログインボーナスを探した。カーペットの上を見渡すが、見つからない。


 床に手をついてもう一度部屋を見回すと、ベッドの下に何かが転がっているのを見つける。手を伸ばして、引き寄せる。意外と小さい。手の平をひっくり返し、掴んだものを確認する。


 手りゅう弾。映画などで見るような拳ほどの大きさのものではなく、小ぶりだ。が、間違いなく手りゅう弾だ。


「ひいっ!」


「どうしたんですか、ご主人様」


 目ざといグッディがやってくる。急いで爆発物を背中に隠す。


「そういえば、ご主人様のログインボーナスは何でしたか。昨日は刀が出ましたよね。ひょっとして、今日も――……」


 じりじりと距離を詰められる。ベッドの角に足が当たり、ベッドの上に転ぶ。下手したら刀よりよっぽど危険なそれを、後ろ手に枕の下へと隠した。 


「……き、きき今日は、ハンバーガーだったよ。悪いね、グッディ。僕もお腹が空いていて、もう食べてしまったんだ」


 ええ、とグッディがあからさまにがっかりする。仕方ないなあという様子で、代わりにこんぶをかじり、テレビの前に戻る。


 いっそ食べてくれるのなら渡してもいいが、この爆発物をよからぬことに使われたのではたまったもんじゃない。こっそりと情報パネルを再び出し、手りゅう弾の情報を確認する。


 小型手りゅう弾。特に属性の記載はなく、レアリティなどの表示もない。おそらく、一度しか使えないものだからだろう。装備できる武器というよりは、アイテム扱いか。


 手りゅう弾の情報ページを閉じると、パネルに表示されている時間を確かめる。


 次の実験開始時刻まで、余裕はない。考えはまとまっているが、うまく運ぶかどうかはわからない。


 次は世界中の被験者、第ニの実験を勝ち上がった強力なNPC達と相まみえることになる。それも、今までのテスト空間とは違う未知のフィールドで。


 テレビとこんぶにかじりついているグッディを見る。話題の殺人犯の家族構成に関する報道に聞き入っている。家族、という言葉を受けて、唐梅はベッドに座り直す。


「……グッディ。君は、飲んだくれの両親を殺したそうだね」


 グッディの設定について、話題を持ちかける。

 こんぶをかじる口を止め、グッディは流し目を送ってきた。口端を持ち上げて、うっすら笑うだけの返事をする。


 NPCの設定というものが、どこまで詳細に位置づけられ、NPC達の中に存在しているのか。それは全くもって不明瞭だが、第三の実験が開始される前に、この殺人鬼の相棒に、どうしても一つ確認しておかなければならないことがある。


「……実は、僕も両親がいなくてね。施設で育ったんだ。僕と君は近いと言えるよ。お互い、家族を持たない身だ。君の行動に、特に偏見もない。だから、安心して素直に、僕の質問に答えてほしい」


 グッディがテレビを見るのをやめて、ゆっくりとこちらにやってくる。うっすら笑い、ベッドに座る唐梅を見下ろす。


「……どうして殺した。両親だけじゃない。魔術師の仲間や、他の被験者、NPC……。君が殺しを犯す理由。殺し続ける理由は、何だ」


「自分以外が苦しいが楽しい、ですよ」


 目を見開く。力の入らない顎が下へ落ち、緩く口が開いてしまう。


 グッディの思いがけない、非常にシンプルな答えに、しばらくぼんやりとする。


 唐梅を見ながら、グッディが今日のボーナスの最後の一口を大きな口に放り込んだ。得意気に笑い、咀嚼する。飲み込むと、ばさりとコートを翻し、部屋に現れた”ドア”へと向かう。


「時間です。次のクエストではもう邪魔されませんよ、ご主人様。次は何と言われようと、全体攻撃します。殺します」


 グッディが背を向けて告げた。黒い渦の前に立ち、こちらを見ようともせず、さらりと言ってのける。


「……ああ。次は殺そう」


 グッディが勢いよく振り返る。唐梅のぼそりと呟いた言葉に驚き、次第に表情を明るくした。子どもっぽく、だだだと駆け寄ってくる。


「本当ですか、ご主人様! 次は好きに殺していいんですね!」


「約束するよ、グッディ。君は昨日の実験で、頑張って証明しようとしてくれた。自分は悪属性の頂点であると。……だから、次は僕の番だ」


 ふんふんと聞いていたグッディが首をかたむけた。

 膝の上で緩く手を組み、次の言葉を待っているグッディの顔を見る。頭を巡らせると、静かに続ける。


「僕は……僕も、悪属性だ。だからね、グッディ。次は僕が証明する。君の望む相棒だと、必ず証明してみせるよ」


 それだけ話すと、唐梅はベッドから立ち上がった。






 ”ドア”をくぐり、フィールドを移動する。


 移動した先には、つい昨日戦った被験者とNPC達が、すでに待機していた。

 グッディを引き連れて、唐梅はランダムに選ばれたという自分達がこれから実験を行うフィールドを見渡した。


 ……荒野フィールドか。


 広大な、赤茶色の岩壁の上に日本の被験者達とNPCが立っている。青々と雲一つない空が遠くまで広がり、その向こうには似たような岩壁がいくつも立ち並んでいる。


 美しい。本当にここは電脳世界なのか。


 こんな状況でなければ、間違いなく感動している景色だ。驚くほど爽やかな風を肌に感じつつ、唐梅は周りの被験者の様子を窺う。


 数は減っている。予想通り、NPCだけが死に一人とり残された被験者達も、各々武器を手に実験に参加しに来ている。


「ヤッバ~い!! 何これすっごーい! こんなフィールドあるなら最初から出してよ~やっとゲームらしくなってきたーっ!!」


 紅白がうきうきと喜んでいる。

 マフラーの二人組も来ているのを確認する。中には、昨日グッディが殺してしまった悪属性のNPCの主人達もいた。こちらも予想通り、グッディと唐梅をじっとりとにらんでくる。


 昨日とは違い、被験者達には緊張感が漂っている。誰も会話せず、これから戦う世界中の被験者を前にピリピリしているのが明らかだ。


 張りつめた空気の中、情報パネルを出すと、ストアのページを開いた。淡々と操作し、衣服を一点購入する。すぐに、学ランの上に黒いコートが出現し自動的に羽織られる。


 パネルを閉じようとして、画面の端にうつったものが目に入った。少し考える。


 隣でニヤついているグッディに目をやった。顔に巻いた赤い包帯をいじって遊んでいる。それを確認すると、さらにもう一点だけ購入した。


 血のように目立つ赤色のハチマキを頭に巻くと、被験者達の真ん中に移動する。グッディがその後をついてくる。


 小岩に登り、息を整えた。ズボンのポケットに入れた手りゅう弾をとり出す。安全ピンに手をかける。何人かが唐梅の挙動に気づき、こちらを見ている。


 手が震える。これからしようとしていることに。うまく運ぶかどうかわからない。でも、やるしかない。


『――それぞれのフィールドにお集まりの、世界各国の被験者の皆様。お待たせしました。本日行われる実験は前回に引き続き、NPCの稼働実験。クエストも同様です。被験者の皆様はNPCを稼働させて下さい』


 こういう時に限って遅れてくれない、定例のホウライのアナウンスが広大な荒野に大きく響き渡った。一体どこからどのようにして流れているのか、皆目検討がつかない。震える手で静かに安全ピンを外す。


『皆様、準備はよろしいですね。――それでは、本日のクエスト及び実験を開始します』


 開始のアナウンスを合図に、唐梅は手りゅう弾を投げた。


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