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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第3章 唐梅と殺人鬼グッドディード
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紅白曼珠沙華、登場 【挿絵】

【挿絵回 血の表現が苦手な方は非表示にしてご覧下さい】

挿絵(By みてみん)


 パネルをもう一度確認する。何度見てもそこには『紅白曼珠沙華こうはくまんじゅしゃげ』と名称だけが書かれてある。


 これはNPC名ではなく、被験者名だというのか。自分の考えが大きな勘違いだった可能性に戸惑うも、目の前の男に視線を戻す。


「……被験者、なん……ですか。つまり……人間? NPCじゃ、ない……?」


「え……僕、そんなにNPCに見えるの……。どこからどう見ても人間でしょ……」


 確かに人型ではある。ただ、あまりにも格好がひどすぎる。


 その名の通り、紅白だ。白い着物に、赤い血痕。ゲームの世界観を表現したこの電子空間内では、過激な見た目にNPCだと勘違いしてしまうのも無理はない。


 唐梅はグッディと顔を見合わせる。攻撃を避けられて、未だ口をあんぐりと開けている。しかも、それをやってのけたのがNPCではなく、人間。


 一体、どうなっているんだ? 目の前のこの人物は、何者だ。グッディが面食らっている隙に、紅白をまじまじと窺う。


 曼珠沙華とは彼岸花の別名だったか。被験者名は自分でつけているはずだ。わざわざこちらのマニアックな呼び名の方を使っているのは、おそらく……。


「……紅白曼珠沙華。ひょっとして、紅白まんじゅうにかけているんですか」


「そうそうそう! そうなんだよ~面白いでしょ? この着物とお面はね、ストアで買ったんだよ。ホラゲーの中ボスみたいでしょ?」


「えっ。衣装を買えるんですか」


 紅白が聞いてもいないことを話しだす。


 日用品は自分で買えとホウライが言っていたが、ストアには衣服などもあるのか。紅白の奇妙な格好の理由が判明し一瞬感心するが、食事の心配をしている割に何を無駄遣いしているんだ、と呆れる。


 それにしても、ホラーゲームか。なるほど。生き残っているだけあって、この人もゲームには詳しいようだ。隙を窺って交流をはかってみたはいいが、何とも反応に困る。


「衣装変更できる点はちゃんとゲームっぽいよね。でもさあ、被験者が普通に死ぬのはありえないよ。ゲームの世界だって言うから、てっきり死ぬことはない、もしくは死んでも生き返るんだと思ってたのに~……テレビで言ってた職業選択もないし、レベルの概念もないんだよ? 想像してたのと全然違う~! ひどいよねえ、こんなのゲームじゃないよ」


「……全くです」


 油断したのか、紅白がペラペラと会話を続け愚痴をこぼす。ゲーム用語に必死でついていきつつ、本心からの相槌を打つ。

 しかし唐梅は、紅白の俊敏な動きに抱いた大きな期待があらぬ方向へいってしまうのを感じる。


 正義属性の武器、血桜今日びがグッドディードに大ダメージを与えること。グッドディードを倒してくれるかもしれない強いNPCが、今日の実験で現れること。それが、唐梅が抱いた二つの希望だった。


 ここには日本全国の被験者とそのNPCが集まっている。グッドディードの上をいくNPCがいても何らおかしくはない。


 だが、蓋を開けてみるとどうだ。現れたのは、強いNPCではなく強い被験者だ。


 このまま紅白にグッディと戦ってもらい、倒してもらうことを考える。が、それは果たして問題ないのだろうか。


 NPC同士が戦うのはまだわかる。彼らは、この実験のためにつくられたデータだ。それでも、主人を守ろうとする健気なNPC達が死んでいくのは辛く、耐えがたい。


 紅白は返り血と発言からして、ポイントのためにあちこち殺し回っているのは明らかだ。善良とは言えない。

 ただ、紅白の話が本当なら彼は人間だ。データではない。人間にグッドディードの相手を任せてしまっていいものか。


 もし万が一、紅白が死んだら? そうなったら自分は、また責め苦に喘ぐことになるだろう。


 唐梅は迷う。グッドディードを抑えたい。この殺人鬼を止めたい。しかしそのためには、こいつより強い誰かが必要だ。これが、頭をしぼった結果出た結論だ。


 まずはログインボーナスで得た血桜を使い、自分で戦ってみたが歯が立たなかった。正義属性の武器をもってしても、まるで敵わなかった。


 今、グッドディードより強いかもしれないものが目の前に現れている。それが人間なせいで、迷いを生じている。

 考えた末、ずっと感じていた疑問を紅白に投げかけた。


「……あなたのNPCは? どこですか。先ほどから、ずっと一人で行動していらっしゃるようですが」


「えっ。そ、それは……」


 紅白が言いよどむ。あからさまにおろおろとうろたえた。


 反応からして生きているということはなさそうだ。最初は被験者が死にNPCだけ残っている例かと判断したが、実際はその逆だった。NPCが死に、被験者だけが残されている。紅白のNPCも強い可能性に期待したが、どうやらそれは叶わないようだ。


 そこまで考えて、あれっ、と違和感を覚えた。


 紅白は驚くほど強い。人間離れした攻撃を放ち、それに関しては武器の何らかの「設定」が関係ある可能性もあるが、グッドディードの攻撃を避けたのは間違いない。レアリティ百、自称悪属性の頂点であるNPCの攻撃を、さらりとかわしてみせたのだ。


 そんな強い被験者のNPCがこうもあっさりと序盤の実験で死んだのだろうか。紅白ならいくらでも守れるはずだ。他にもっと強靭なものがいて、自分だけ何とか逃げおおせたのか。


 言いよどんだままその先を答えようとしない紅白に、事実確認を迫るつもりで、一つ冗談を言ってみる。


「お腹が減って食べたんじゃないでしょうね」


「……」


 紅白が黙り込む。


 まさか本当に、と今度はこちらがうろたえる。ホラーゲームうんぬんと言っていたが、そういう趣味があるのだろうか。

 おびただしい返り血は、戦闘によるものだけではないのか。紅白は俯いて、答えようとしない。


 ずっと黙っていたグッディが急に唐梅の肩をぐいっと押しやり、横に吹っ飛ばす。大人しくなってしまった紅白を狙い、もう一度手をかざし、光線を大量に放った。


 ひやっとするのをよそに、赤い光線が剣山のように並ぶ地帯で、紅白はまたも器用にするするとグッディの攻撃をかわした。

 期待が大きくなる。反対にグッディは、むっと表情を変えた。


「――ふ、服が!!」


 叫び声にはっとする。紅白が針の増えた剣山の中で、自分の腕の辺りを見てぶるぶると震えている。


 和服の袖に、ほんの少しだが切れ目が入っていた。かすったのか。あれだけの光線の雨を浴びて、その程度で済んでいるのはむしろ奇跡的なはずだが、紅白はすごく驚いている。


「何このNPC……めちゃくちゃ強くない……? 何なの……」


 あなたの言うセリフか、と思いつつ、態度を変えた紅白を見て立ち上がる。


 紅白がおもむろに情報パネルを出した。目の前の黒い服を着たコンビの名前を確認する。


「唐梅と、グッドディード? ……ねえ、君のNPCレアリティいくつ?」


「私は――」


「言うんじゃない!」


 自慢しいなグッディの口を慌てて抑えた。唐梅の反応に、紅白は納得がいったそぶりをする。


「ふーん、高いんだね。それも相当。七十五以上あったりする?」


 落ち着いた紅白の返しに、動揺を隠す。必死に頭を回転させる。


 レアリティを伝えるべきか否か。ゲームに詳しいであろうこの人物が、グッドディードのレアリティを知ったらどう態度を変えるか。喜ぶのか、それとも……。


「……なぜそうなるんです。高い低いに限らず、レアリティの数値は隠した方がいい」


「レアリティが低いのはもうありえないよ。でなきゃここに来てないでしょ」


 ……確かに、と口をつぐむ。


「今残ってるのはNPCのレアリティが高い人達。中から上が残ってる。その中でレアリティを出そうとしないのは、明らかに高レアリティ持ちの人でしょ。中くらいは協力し合うべき、黙って一人で行動できるのは高レアだよ」


 紅白がすらすらと続けた。のん気に構えて見えたが、この人物は異様に強いだけではない。状況把握に優れている。


「それに中くらいのやつらがたくさんいる中で上物が一人いたら、つるし上げくらって下手すればレイド戦になるからね。そりゃあ狙われないようにまずは隠すよ~」


 レイド戦? まずい、わからない。一夜漬けの知識が限界を迎えたのを感じる。


 用語はわからないが、つるし上げという言葉には強く反応する。それはまさに、グッディのレアリティを隠そうとした理由そのものだ。それをズバリ、言い当てられた。


 グッディを誰かに倒してほしい。それははっきりしている。だが、それはグッディより強いものが現れた時の話だ。


 そうではない有象無象の被験者やNPCに目をつけられ、狙われる。そんな状況にだけは、なってはならない。絶対に。


 紅白に情報を与えてはならないと判断する。決断すると、何とかごまかそうと口を開きかけた。


「レイド戦? おい、高レアがいんのか」


 声に振り返る。紅白に集中していたせいで、しばらくの間周りの戦況を把握できていなかった。


 黒のネックウォーマーをつけた男性が、大トカゲのNPCを連れてこちらに歩み寄ってくる。大トカゲは先ほどの赤いイノシシのNPCに勝ったらしく、向こうに死体が転がっているのが見えた。


 イノシシの主人と思しき女性の被験者が、大トカゲの口にくわえられ、泣いて抵抗しながらもずるずると引きずられている。膝がすりむけ、涙と血に濡れている女性など眼中にない様子で、男性の被験者が言う。


「いいじゃねえか、レイド戦。やろうぜ」


 レイド戦の言葉に反応して、周囲の被験者らがこちらを見た。自分の戦いを一時中断して、ぞろぞろとNPCを連れ、向かってくる。顔が引きつる。


 最悪だ。最悪の状況になろうとしている。


 紅白が寄ってきた男性にためらいがちに言葉をかけた。


「えっ。いや、僕は別に……僕は、一人で……。……レイド戦じゃ、ポイント稼げないじゃん……」


 柔らかめに協力を否定するが、男性は構わず唐梅に話しかける。


「おい、高レアなんだろ。いくつだよ。言ってみろ」


 押し黙る。それをいいことに、集まった被験者達が各々意見を述べ始めた。


「こいつ近畿地区会場のやつだろ。一組だけ勝ち上がったっていう」


「それって、自分以外全員殺したってことだよね」


「相当強いんじゃねえか」


 冷や汗をかき、お喋りなグッディの口を片手で押さえ続ける。手で隠れてはいるが、グッディは明らかにニヤニヤと笑っているであろうことが感じとれた。


 唐梅は被験者よりも、その脇に連れているNPC達を確認する。大トカゲの他にも、基本的に体の大きなNPCが残っているようだ。心なしか、黒い色をしたものが多い気がする。ひょっとして、悪属性か。


 遠くの方に、赤いマフラーと黒いマフラーの二人組を見つける。こちらに来ようとはしないが、テスト空間の小山に腰かけ、じっと様子を窺っている。二人のNPCがどこにいるのかまでは確認できない。


「こいつを協力して先に倒して、俺達の戦いはその後だな。皆殺しにされちゃたまんねえ」


 大トカゲの主人が作戦を告げる。周りの被験者らが頷く。まずいことこの上ない。


「その後……があればありがたいですが」


 本音を言う。


「はっはっ。ガキのくせに、結構な嫌味言いやがる」


 そうとはうつらなかったらしく、男性が笑う。ニヤついたまま、他の被験者に目配せした。

 被験者達がNPCに何事か命令する。唐梅とグッディを囲むようにNPC達が移動し、円になってそれぞれ位置につく。


 たくさんの敵意の目に囲まれた。


 ぞぞぞ、と背中を冷たいものが駆け上がってくる。NPC達の目線からくるものではない。自分の後ろ。グッディから感じる、冷たいもの。


「――ま、待って下さい!! わかりました! 言います!! レアリティは……」


 唐梅の悲痛な叫びを押しのけて、NPC達が円の中心に向けていっせいに攻撃を放った。


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