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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第3章 唐梅と殺人鬼グッドディード
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今日から君はグッドディード

 凶悪コンビ。その一言で、唐梅は突き刺さる視線の意味を把握する。ひやかすような声に目を向けると、男女の二人組と目が合った。


 黒いジャケットを着た男女がいる。若い女性と、老齢の男性の二人組。二人ともフォーマルな格好だが、それに似合わないマフラーをそれぞれ巻いている。女が赤で男が黒。マフラーで顔の半分が隠れて見えない、あやしい二人組。


 さっきの発言は女性のものだ。長い黒髪からギョロリと右目だけ覗かせている。首から下のグラマラスな体型とは裏腹に、陰鬱な雰囲気をした成人女性。


「おい、好削(すざく)。どっちが被験者だ、あれ」


 被験者には珍しい老齢の男性が女性に聞いた。ワックスでもつけているのか、白髪がイソギンチャクのようにうねうねとハネており、後ろ髪だけストレートに伸ばしている。仙人めいた風貌だ。


 男性は、テスト空間の白い小山にあぐらをかいている。……小山? 異変に気づいて、目をこらす。二、三十人ほどいる被験者たちの視線を浴びながら、フィールドを見渡していく。


 ただただ白いだけの空間と思われていたテスト空間のあちこちに、色こそ変わりないがでこぼこと、山や壁のようなものが点在していた。


 最初のテスト空間とは確かに違う。あちらはただの白い異空間だったが、このテスト空間βには障害物が設置されている。その障害物に身を預け、ペアルックのような格好の二人はお構いなしに話を続けた。


「後ろの外人風の男がNPCだ。眼鏡をかけている方が主人」


 すざくと呼ばれた女性が男性の問いに答える。男性がじろじろと、無遠慮に唐梅の着ている服を見る。


「……学生ぃ~? あの制服、コスプレじゃあねえよなあ」


「ああ、思っていたよりずっと若い」


「おいおい、ジジイへの当てつけかよ」


「黙ってろ、限武(げんぶ)


 朱雀と玄武? おそらく本名ではない。被験者名は何を登録しても構わないとホウライが言っていたのを思い出す。


「かわいらしい主人だな。ああいう生真面目そうなのは私の大好物だ」


「誰か警察を呼べ」


 生真面目な主人をよそに、赤いマフラーと黒いマフラーが堂々と噂話を続ける。悠々とした二人の態度に、唐梅はもう一度周囲を見渡した。


 何かが違う。障害物だけではない。最初の実験と、大きく異なる点がある。


 違和感の正体を探る。ほどなくして、それが何なのかを理解する。


 余裕。このテスト空間βに流れる奇妙な空気。それは、被験者達の余裕だ。


 騒ぎ立てるものや、混乱しているもの、実験に不満を述べるようなものもない。唐梅と相棒に視線をやりつつも、それぞれ他の被験者と会話したり、自分のNPCをなでたりしている。


 不安そうに俯き、怯えている様子のものも見受けられるが、圧倒的に数が少ない。その理由に、唐梅はすぐに合点がいく。


 ここには日本全国の被験者が集まっている。そう、クエストを勝ち抜き、あの凄惨な実験を終えてやってきた被験者とNPCのコンビだ。


 強者の余裕。それがこのテスト空間βに溢れている。独特の空気に、内心で強い期待を抱く。


 他の会場の被験者達がどのようにクエストをくぐり抜けたのか自分は知るよしもない。が、ここに今集まっているのは、レアリティの高いNPCと、その主人達。そう考えて間違いないだろう。


 自分達の話がどれだけ伝わっているのか定かでないが、このアウェーな空気はむしろありがたいと言っていい。


 期待が相棒に悟られてやいないかと、首を動かす。相棒は相変わらずニヤニヤと不敵に笑って、大人しく唐梅の後ろに待機している。


 それだけ確認して、視線を前に戻そうとする。その際、隣の男に目が吸い寄せられた。


「……うっ」


 男の格好に、思わず呻く。


 白い床が延々と続くテスト空間に擬態するように、白い和服を着た白髪の男が立っている。顔には白い面。全身が白一色だ。大きな鉈を右手に構えている。


 この空間では下手すると鉈が一人でに浮いているように見えたかもしれないが、男のひどく特徴的な一点のせいで、全くそのようにうつらない。


 血がついている。男の白い全体に映える凄まじい量の血が、縦にびしゃりと長い「1」の字を書いて和服にはりついていた。「1」の字の先端が、和服に収まりきらず男の白い面にかかり、非常にショッキングな画となっている。


「な……何だ、あの……とてつもなく強そうなNPCは。……あれも殺人鬼か?」


 こっそり呟くと、ショッキングな和服が妙にギャップのある、のんびりとした声でぼやいた。


「ヤバい~……。ヤバいよ~。負けちゃうよ~」


 それは自分の殺人衝動に負けちゃうよ、という意味なのか。と目を泳がせる。


 相棒も気がついたのか、面白そうに隣の白い男を観察し始めた。唐梅も注意深く見てみるが、男は一人でぶつぶつ呻いており、近くに主人らしき被験者の姿はない。


 …NPCが一人でふらふらしている? まさか、被験者が死にNPCが一人残っている例か。


 仮にそうだとするなら、NPCは一人残された場合でもやはり、実験に引き続き参加するということになる。抱いていた期待とは別に、ほんのりと暗いかげりが顔を出すのを感じた。


 相棒を見る限り、人型のNPCの知能は普通の人間と変わりない。サイバーセカンドがNPCに賞金を渡すのかどうかははなはだ疑問だが、彼らもこの電子空間では生きて動いている。「設定」があり、食事をし、好きに殺したり、主人を守ったりする。

 賞金を欲しいと思うNPCがいて、実験に参加し続けても何ら不思議はない。


 そこまで考えて、情報パネルを出し時間を確認した。実験開始の十五時をとうに過ぎている。またか、と呆れる。現実世界でも待たされたが、それは電脳世界でも同じらしい。


 最初の実験とは違い、あまり緊張感のない被験者らを見る。その腰には各々武器を携えている。やはり、そうか。サイバーセカンドが被験者に殺し合いをさせたがっているのは、もはや明白だ。


 ただ、実験をやめさせる方法を探す意味は結局のところもうない。それは……こんな風に考えているのが、もう自分だけかもしれないからだ。


 今残っているのは、ゲームの世界観に抵抗のない被験者達。ゲームの世界観……それに準じた本物の戦闘、殺し合いを疑問に思わないもの。むしろ、彼らの態度には戦いを望んでここに来たのではないかとさえ思わせられる。


 サイバーセカンドに騙されたと感じているものもいれば、反面、望んだ通りの世界観に満足している被験者もいる。

 殺し合いを想定していなかった、いわば常識的な被験者は状況を理解する前に死んでいった。僕も、こいつがいなければそうなっていただろう。つまり……。


 まともなものは、もう残っていない。残っているのは、戦闘好きの被験者達と、そのNPC。僕と……こいつだけだ。


 自分の胸に手を当て、考える。刻一刻と時間が過ぎていく。焦りを抑え、後ろの相棒を振り返った。


「……次の実験が始まる前に、君に確認したいことがある」


「はい。何ですか、ご主人様」


「君は、僕を主人だと言うね。なら、僕が殺すなと言ったら、できるかな」


「できません」


 唐梅は驚かない。こいつは、少なくとも自分と同じ悪属性だと思っている間は、主人を手にかける気はないようだ。だが、同時に言うことを聞く気もないらしい。想定通りの答えをのみ込み、考えた。


 こいつをどうやって抑える。


 今のところ、希望は二つある。そう、二つもあるんじゃないか。この悪属性の相棒を抑え、これ以上誰も殺さずに済む方法が。今はただ、それにすがるしかない。


 情報パネルに顔を戻す。時計の表示を消して、自分のNPCの情報ページに移行する。指を動かし、字を入力した。相棒が、はたと何かに気づいた仕草をする。


 パネルを閉じ、相棒と正面から向き合った。温和な表情で告げる。


「君の名前を決めた」


 相棒が首をかしげた。


「グッドディード」


 今度は、反対方向に首をかしげる。名前の意味に戸惑っている様子だ。眉をしかめ、相棒は唐梅に確認をとる。


「……善行、ですか?」


「ああ。善い行い。グッドディード。ブラックジョークだよ。皮肉がきいてるだろう」


 さらりと嘘をついた。自分がどれほど本気でその名をつけたか、話す時はこないだろう。


 相棒が唸る。異を唱えてはこない。それをいいことに押し切る。


「今日からだ。いいね。グッディ」


 愛称に、グッディは口をつり上げる。一変して先ほどまでの不満をかき消すと、上機嫌に笑ってみせた。


『――テスト空間βにお集まりの日本全国の被験者の皆様。お待たせしました。本日行われる実験は前回に引き続き、NPCの稼働実験。クエストも同様です。被験者の皆様はNPCを稼働させ、問題がないか確認して下さい』


 大幅な遅刻に関してはさして触れずに、ホウライの無機質なアナウンスが流れる。


 それを合図に、被験者達が顔を上げた。かたわらのNPCも、それぞれ起き上がる。


 空気が変わるのを感じ、グッディに背を向けた。腰に携えた血桜に手をかける。柄を握り、後ろに向かって問う。


「……グッディ。ここに悪属性のNPCは、ざっと見てで構わない。どれくらいいる」


 グッディが辺りを見回す。きょろきょろと首を振る。柄を握る手に力を込めた。ホウライのアナウンスを待つ。


『皆様、準備はよろしいですね。――それでは、本日のクエスト及び実験を開始します』


 ホウライが言い終わる前に、唐梅は名をつけたばかりの相棒に斬りかかった。


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