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血ぬられグッドディード -Blood Good deed-  作者: 瀧寺りゅう
第3章 唐梅と殺人鬼グッドディード
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殺人鬼NPCと迎える朝

「ほぎゃああああ!!」


 唐梅は飛び起きた。


「どうしたんですか。悪い夢でも見たんですか」


 黒いコートの大男が、顔を覗き込んでいる。ベッドの端に無意識に逃げ、眼鏡を直す。


「……いいや。見るはずがないよ。これは現実だ」


 まだ雪の中をさまよう心地が消えないまま、言い聞かせるようにして呟く。目の前の相棒を見る。


 相変わらずニヤニヤと口をつり上げている。唐梅が目を覚ましたのを確認すると、部屋の真ん中にある大きなテレビの前に戻っていった。昨日からずっとこうだ。


 少し意識を失っていた間に何か妙なことをしでかしてやいないかと辺りを見回す。


 ホウライが休憩用のフィールドと説明したこの部屋は、街の寂れた一画にある安いモーテルの一室のような雰囲気だ。窓の外には近代的な外国の街並みが広がっている。人の気配はなく、誰も歩いていない。


 外に出ようと思えば出られるのかもしれないが、唐梅は相棒と二人、ずっと部屋に閉じこもっている。


「ほう。これが現実世界の様子ですか」


 テレビでは現実世界のニュースが流れている。


 唐梅は昨日から情報パネルを駆使して、この電子空間で何ができるのか一通りチェックした。電子空間内でも現実世界のテレビ放送を視聴したり、情報パネルからネットに繋ぐことが可能なのがわかった。


 ただ、何でもできるというわけではない。ネットには繋げるが、できるのは受信のみだ。

 つまり、閲覧はできるが掲示板に書き込んで質問したり、警察にメールを送って現実世界のものに助けを求めることはできないということだ。


 警察は頼れないが、テレビが視聴できるのはありがたい。おかげで、悪属性の相棒は大人しくニュースにかじりついてくれている。


 サイバーセカンドに関する報道は一切ない。


 電脳世界で起こったことが現実世界に伝わらないのは当然として、生身の人間の投入実験に成功したことについて誰も触れていないとは。

 それどころか、あれだけ放送されていたCMや特集がぱったりと流れなくなっている。


 実験に参加せず帰ったものが大勢いるはずなのに、ネットにもサイバーセカンドに対する悪い書き込みは全く見当たらなかった。明らかに情報が操作されている。


 サイバーセカンドは、このまま実験そのものをひた隠しにするつもりなのか。


『――先日の、両親を殺害したと思われている殺人犯が逃走した件について、新しい情報が……』


「殺人犯? ひょっとして、私のことを言っているんですか」


 相棒の言葉に、寝落ちたせいで閉じてしまった情報パネルをもう一度開く。


 昨日一日で随分と手慣れた。迷うことなく、自分のNPCの情報を表示する。名前の欄は未だ空欄だが、下にスクロールすると相棒の「設定」が書かれている。


『ロンドンで生まれた殺人鬼。酒に溺れる両親を横目に錬金術書を読み漁り、呪術、黒魔術と学んだ後に両親を魔術の供物に捧げ、殺害。以降魔術師となり、暗黒のミサを開き魔術師の仲間を集めるも、それを裏切り殺害。その後……』


 ロンドンの殺人鬼? 魔術師? 何なんだ、このごちゃごちゃしたストーリーは。その辺の本をひっくり返して、適当に単語を拾ったような内容だ。


 ふざけた設定と名前の欄の間には、ずらりと画面いっぱいに並んだ星のマークが描かれている。唐梅は、これを画面の柄だと思ってしまっていた。しかし、違う。


 実験が終わり、部屋に移行した唐梅がショックから動けずにいたのは、少しの間だけだった。情報パネルを使い現実世界のネットにアクセスすると、サイバーセカンドに関する情報以外に、ゲームに関連する専門用語を片っ端から調べあげた。


 被験者達が使っていた言葉や、相棒が口にしたこと。それらを調べられるだけ調べた。そして、この星マークには意味があることを知った。


 この星は、NPCのレアリティを示すもの。レアリティ、つまり希少度。


 これが高いほど、ランクの高い、強いNPCということになる。パネルに触れないよう指を動かして、画面に並ぶ星を慎重に数える。


 ……百。百だ。何度数えても。星が……百個ある。


 実験で襲われた、悪属性の黒いドラゴンを思い出す。あのドラゴンがレアリティ十。主人である金髪の少年が言っていた。


 犯罪者がうんぬんというニュースばかり見ている相棒を、再び観察する。


 十倍。あのドラゴンの、十倍のレアリティ。


 圧倒的な、目に焼きついて離れない、血のように赤い光線を思い出す。あれは、相棒の放った魔術だったのだろう。全体攻撃と呼ばれる代物だ。魔術は一瞬にしてテスト空間を血に染めあげた。


 惨劇がフラッシュバックしそうになる。つい昨日の出来事だというのに、非現実的に、だが強烈に脳ずいへ残っている。


「お腹が空きました。ご主人様」


 さっと閲覧履歴を消す。相棒がテレビを見るのをやめて、のんびりと訴えてきた。平静を装い、簡素なキッチンに向かう。


 冷蔵庫があり、中にはすぐ食べられるパンやベーコン、チーズなどがたくさん入っていた。今は空になっている。相棒がすっかり食べてしまったらしい。


 ゲームのキャラクター、つまりはデータであるはずのNPCが食事することにも驚愕だが、あの量を食べつくしてしまうとは。パン用のバターすら空になっているではないか。なんと贅沢な、と施設育ちの唐梅は思う。


 食べ物の香りが残っていて、吐き気に胸を押さえる。電脳世界の食べ物がいったいどんな味なのか普通なら気になるところだろうが、自分自身はとても食事できる状態ではなく、調べ物に没頭していた。


「……少し、待っていてくれないか」


 パネルを操作する。自分の情報ページに戻る。


 昨日のクエストで増えたと思われるポイントと、それとは裏腹に「100$」という記載のまま変わりない金額が目についた。稼いだポイントに応じて変動するのかと勝手に解釈していたが、違うのか。


 謎の金額表示と同様、説明がされていない事柄はまだまだある。


「……このお金、使っていいんだろうか。外に出て、食べ物を買ったり……できるのか?」


 こんな危険な相棒を連れて外に出る気は全くないが、空腹にさせておくわけにもいかない。


 どうしたものか、と這い上がってくるものをこらえながら考えあぐねていると、部屋の隅でごそごそと怪しい動きをしているものがいる。


「な……何やってるんだ!?」


 慌てて声をかける。相棒が立ち上がり、こっちに来た。おもむろに右手を出して、何かを見せてくる。


「ネズミです。ご主人様も食べたいんですか」


 手の上に、赤黒いものが乗っていた。ちょろんと、しっぽが生えている。


 電子空間内には、ネズミなどの野生動物すら再現されているのか。あろうことか、殺された後の血のしたたり具合まで非常にリアルに再現されている。感動しきりだ。


 唐梅は先ほどから胸を這い上がってくるものが、もはやドタバタと駆け上がってくるのを感じた。


「……悪いけど、僕は、げっ歯類だけは食べるなと、家訓にあるもんで……」


 泣き笑いの表情で何とかそれだけ返すと、部屋の奥にある風呂場に向かって飛びだした。洗面台にしがみつくと、えずく。えずき、これまでのことを思い出してさらにえずいた。


 ……すごい。すごいことだ。あの冷えてたまらないと感じていた現実世界が、その実、ぬるま湯だったなんて。


「どうしたんですか、ご主人様。ひょっとして、気持ち悪いんですか」


 相棒が背後に立つ。空気は読むものではなく殺して食うものと思っていそうな。


「手伝いましょうか」


 えっ、と返すのを無視して、相棒が痩せた腹に抱きつく。何も入っていない胃をぎりぎりと締め上げた。


「ほがががが!!」


 足をバタつかせて、もがく。必死に逃れる。ひいひい言って、洗面台を支えに立ち上がる。


 自分の肩の向こうで、ニヤつく相棒が鏡にうつりこんだ。以前にもこんなことがあった、と蘇りそうになる記憶を止める。


「どうしたんですか、ご主人様」


「……」


「ひょっとして、泣いているんですか」


 唐梅は、洗面台とにらみ合って動かない。その背中に、相棒がひやりとする言葉を投げかけた。


「ご主人様。まさか、昨日の死体や血に驚いてるんじゃありませんよね」


 心臓が、体ごと一緒に跳ねそうになる。背後の変化に気を配る。


「怖がってるんですか。私を」


 早鐘を打つ心臓。落ち着かせようと、息を吐く。


 ……こいつがこわい。当たり前だ。


 殺されるかもしれないからではない。いっそ僕のことは、殺してもらいたいくらいだ。しかし、今さら僕一人死んだところで、それが償いになるはずもない。


 仮に実験の罪の意識から僕が死んだとして、こいつはどうなる。僕が死んでも尚、辺りを自由に歩き回るのか。そうなったら、また――……。


 こいつがこわい。また、殺すかもしれない。僕以外の、他の誰かを。……全てを。


「昨日の私の仕事に、喜んでいましたよね。もしかしてあれは、嘘だったんですか」


 嘘に決まっている。が、変えようがない真実も一つ、ここにある。


 こいつは……僕は、人殺しだ。


 誰かを救う? ヒーローになる? それどころの話じゃない。


 どうすればいい。どうする。一線越えた後、一体どうあればいいのだ。


 こいつ一人のせいだとは、決して思わない。悪属性のNPC達を止めたいと言った、僕の言葉にこいつは動いたのだから。


 相棒の視線を背に、考える。死んでいった被験者やNPCの顔を思い浮かべ、頭を絞る。 


 今後どうするか、そんなことはまるでわからない。ただ一つだけ、はっきりしていることがある。そのたった一つ、たった一つを今、懸命に守る必要がある。


 息を吸い込む。顔を上げる。背中に刺さる視線に向かって、正直に話す。


「ああ……僕は今、泣いてる。……泣いてるよ」


 不機嫌な声が聞こえた。構わず続ける。


「僕は……、…僕は……」


 つっかえる言葉。出てこようとしないその言葉を、無理やり引っ張り上げ、押し出した。


「――……感動してるんだよ! 君の仕事に!!」


 相棒の表情が変わる。ぽかんと口を開けている。


 開いた口が徐々に歪んでいく。強い力で唐梅の肩を掴み、凄むようにして顔を近づけ、言う。


「……ああ、よかった。どうしようかと思っていました」


 相棒の言葉をじっと聞き入る。


「そう、気に入らなかったらどうしよう、と。私のご主人様、もし性に合わない相手だったら……。……でも、それはいらない心配でした。ご主人様、あなたは……いや、あなたも」


 眼鏡のガラスのすぐそこに、大きく見開いた目が迫った。ガラスの端に、つり上がった口の先端がうつる。


「――あなたも悪属性、なんですね」


 この相棒を、抑えなければ。これ以上被害が出ないようにすること。まずはそれが先決だ。


 そのために僕は、こいつの理想の主人になる必要がある。こいつの信用を勝ちとって、意のままに操り、抑える。それができなければならないのだ。ただ一つ、それだけははっきりしている。


 拭けないままの涙に視界をにじませ、唐梅は笑う。震えて笑う。


 殺人鬼の主人の、もう壊れてしまったような笑い声が部屋に落ちた。そこへ、あの耳障りなアナウンスが再び流れる。


『――おはようございます。日本全国の被験者の皆様。つきましては、次のクエスト及び実験を実施させていただきます』


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