地獄の門番
各国、特にムジークらの所属する大国と友好関係にある国に配備された特殊な戦闘機が、航空母艦や各空軍基地などから飛び立っていく。
アストラルの支配下に置かれている異次元生命体『DOOMS』は上位種ほど高い知能を持つものの、その邪悪さ・狡猾さからより下位のDOOMSを支配したがる傾向があり、あわよくば支配下から抜け出して異次元世界に雲隠れしてしまう。
それだけならまだいいが、顕界したままこの世に災厄をもたらす可能性すらあるのだ。
そのため、アストラルも絶対の支配者をするのはやめて、DOOMSを都合よく利用、特に下位で戦闘に必要な能力を持っているDOOMSを上位の支配というクッションを利用することで効率よくDOOMSを操っていた。
戦闘要員だけで約一〇〇万体のDOOMS。大きさは二メートルほどの悪魔のような生き物だが、両手両足を切断する手術を受け、マギアも開発に関わっている特殊な魔造戦闘機に生体CPUの操縦者として優秀な上位一割が、常時約一〇万機、いつでも待機して動けるようになっている。
胴体だけになってもDOOMSの精神力は発狂せず、的確な手術を受けているため死亡率は〇、一パーセントを切っていた。
アストラルが高価な宝玉の触媒を用いて成層圏に呼び出したのは、魔造戦闘機に乗る者ではではなく、DOOMSの支配者層に位置する者たちだ。
間接的にアストラルの指示式で連携を取って動くことになる。
異次元の世界の扉を開き、それを顕現させるにはとてつもないエネルギー、魔力が必要となるが、アストラル個人の保有する触媒と魔力で一定時間なら維持が可能となる。
極めて高度な知能と膨大な下位DOOMS制御魔力を持つ上位DOOMSは、アストラルほどの術者でもそう多くは顕界させられない。
枷が外れれば、即座に術者の世界に牙を剥くか、元の世界へと逃れるだろう。
そのため、常に異次元世界への扉を維持しつつ、いつでも閉じられる体制を整えている。これだけで膨大な魔力を必要とする。
アストラルは地獄の門番なのだ。
世界でも操れるものは稀有な異界の言葉を流暢に使い、アストラルは呼び出した一〇〇体程度の上位支配者層のDOOMSに語りかけ、支配者層の上位DOOMSも次々に返答する。
――またお前か。
――最初に呼び出された時のようにはいかんぞ。
――逆らえば、手ずから殺害する気だろう? 全く、野蛮な生き物だ。
――どこまでこちらの支配圏を把握しているのだ。鬱陶しい。
同時に一〇〇の情報を並行処理するアストラル。普段はその回転しすぎる頭を魔法で制限している彼だったが、この時ばかりはそうは言っていられなかった。
もはやこの世の誰にも、マギアだけは例外かもしれないが――ついていくことができなくなった、文字通り、異世界の人となった知能を操っているのだ。
あまりに頭が良かった。
それ故に孤独だった。
世界に飽きて、異世界に救いを求めたが、それすらも支配下に置いてしまった。
軽い絶望を、たまにこの世の『敵』と見做した・見做された相手に向けてぶつけるのが、彼なりのストレス発散方法だった。
合法的に殺せるから。
もしこの世に二人、ムジークとマギアが居なければ、彼はこの世と異次元の暴虐の主となっていたかもしれない。それほどの力だ。
彼は全能力を開放するたびに全ての記憶を思い出す。
特に強い感情を引き起こすのは、退屈だった子供時代、この世のくだらなさに絶望を味わった少年時代。ムジークとマギアと出会って少しは世界が楽しくなった。
退屈しのぎになるかと世界を滅ぼそうかとも思ったこともあるが、二人に全力で止められ、自身を止めるほどの力を持った存在がこの世に二人は居ることを知り、アストラルは心底、喜んだ。
異界の言葉と膨大な魔力による咒いで、アストラルは上位DOOMSに命令する。
『下位DOOMSを指揮し、宇宙から来る敵を抹殺せよ。従わなければ死、あるのみ』
容赦のない暴虐の王の命令、宣言と共に、逆らうことのできるDOOMSは居なかった。
上位種も下位種も、ただ粛々(しゅくしゅく)と従うのみ。
呼び出した上位DOOMSは異次元世界では神格化されているほどの王侯級の存在であるため、下位の中でもいくらでも存在する程度の生体CPUの操縦者は絶対服従してくれる。
下位DOOMS一〇万体を上位DOOMS一〇〇体が操り、全体をダブルチェック的にアストラルが監視する。反逆や怠慢が起こらぬよう、常に魔力による手綱は握ったままだ。
下位DOOMSが駆る魔造戦闘機はジェットエンジンで飛行する戦闘機だが、マギアによるかなり特異な設計思想が盛り込まれていた。
その形状、見た目は古典的なSF作品にありがちなUFO、飛行の際の空気抵抗の強そうな楕円形をしている。レーダーによる電波探知の遮断・吸収などのステルス機能はなく、赤い線が二本、中心から横にぐるりと発光している。魔力による発光である。
推進機構たるジェットエンジンは全周に多数配置され、ほぼ三六〇度への推進を可能とする。
ジェット燃料を馬鹿食いするが、そこまで戦闘が長引くことはない。
その理由はいくつもあった。
最大の理由が、下位・上位DOOMS、アストラルの膨大な魔力を動力源とする短距離ワープ航法機能であり、次元に干渉して最大数万キロメートル、最短距離で二〇メートルほどの空間歪曲によるワープを可能とする。
このワープ航法は戦闘中にほぼ無制限に発動可能であり、前述の全周に配置されたジェットエンジンの特異な飛行方法も相まって、相手に飛行経路を予測させないという特徴がある。
マギアやアストラル、その他技術者の合作で、飛行経路を予想させないような人工知能(AI)も搭載している。つまり、かなり偏りがなくランダム性の高い飛行を可能としていた。
そのため操縦難易度は高いものの、下位DOOMSたちの日頃の訓練により、惑星最強の航空戦力がアストラルの支配下で存在することになる。
さらに武装は大幅可動式二〇ミリ電磁投射砲。これは、砲身が柔軟に可動することで即座に様々な機体の姿勢から敵への照準合わせをすることができる。
秒間一〇発の連射が可能で、弾速はマッハ七近く。火薬式の銃砲の二倍以上の速さで弾丸を発射できる最新兵器だ。
他には六〇ミリ絶対不可避対要塞粉砕砲。これもレールガンの一種だが、砲身は固定。
しかし莫大な電力供給を行うことでマッハ一〇まで加速させた、その兵器名の通り、迎撃不可能なほどの速度の砲弾を発射する。
金属製の通常弾頭や、強力な爆風等を生む熱圧弾頭などを主に使用し、最終手段としては核弾頭砲弾も存在する。
ミサイル発射機構の類はオミット、つまり削除されている。前述のワープ航法能力から、遠距離、または敵の射程圏外からの攻撃能力はあまり意味がないとされているからだ。
「知恵比べか、愚かなことを」
アストラルは述懐した。
機体一〇万機が緊急事態に応じて、稼動は五割に達した。まずは五万機。
これからさらに『駒』の数は増えるだろう。
所属する大国とその友好国の空の防衛はDOOMS頼みになりつつある。敵対国や仮想敵国などがこれを機に面倒を起こしかねないので、綺麗に全機発進、とはいかないのがアストラルにとっては残念だった。
まだ把握できる。まだまだ、行ける。
超人というのもまだ控えめだ。怪物を超えた神のごとき知力で、全てのDOOMSの動向を管理する。
空戦が、始まった。