二人目の場合
カタカタカタカタ カチッカチッ
閑静な住宅街にあるとある住居、その扉の閉ざされた一室からキーボードを叩く音がする。
部屋の主は烏丸 周、引きこもり中の高校生だ。
今日も2ちゃんねるに対立煽りスレを立てて、レスバトルで時間を潰す。
「はぁ...」
誰が見ても烏丸のボロ負けだった。
『お前らと違って俺は忙しいからな。彼女が待っているからじゃあな。』
そう書き込んで烏丸はPCを閉じた。
やるせなさと焦りと倦怠感が残った。
彼だってこんなことは楽しくないし、やるべきでないことはわかっている。
他の多くの人と同じように生きたい。
しかし、一度外の世界から隔離されるともう離れていく一方で、今更戻れるはずがない。
烏丸はアリジゴクの中をもがき苦しんでいた。
「やることないなあ」
2ちゃんねるは、烏丸にとって唯一思いつく暇潰しだった。
スレッド一覧
1:東南アジアに旅行に行ってきたので写真あげる(124)2:彼女のケツからスライムが出てきたんだが(656)3:酒呑み達のスレPart8(68)4:【実況】日本シリーズ(890)5: 実際うんこがとぐろ巻いて出てくるってどういう状況なんや(1)6:【SS】北朝鮮と人工知能(23)7:(^δ^*)\\「ここはわたくしの縄張りですわよ」(144)8:元大相撲力士だけど質問ある?(301)
...
今日も愉快なスレタイが並んでいた。
普通の人ならすぐさま興味のあるスレを開くところだが、烏丸はモニターから目を背け、瞬きしながら手足をガタガタ震わせた。
こいつらは幸せそうに2ちゃんねるをやっているまっとうな奴らだ。
生きている世界は俺とは違う。耐えられないし見たくない。
それなのに俺が構ってもらえる相手はこいつらしかいない。
烏丸にとって煽りスレを立てるのは、ジレンマを解消する其の場凌ぎの方法だった。
そんな折、2ちゃんねるに奇妙なスレが立てられた。
『タイトル: これ銀杏ですかゲームをやろう』
「なんだこれは?」
神に導かれたかのようにスレを開く。
ここで「ように」と言ったのは不適切かもしれない。
間違いなく、神は烏丸に味方し、スレを開かせるように導いたのだ。
このスレにより今後の彼の人生が大きく変わることを、烏丸はまだ知らなかった。
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1:名無しのおっちゃん ID:SKI
これ、ぎんなんですか?
http://gazouatsume.net/gazou/jPa7Kdi0
2:名無しのおっちゃん ID:kOZ
>>1
ちが〜う。
3:名無しのおっちゃん ID:7fu
>>1
ちっがーーーーーう!!!
4:名無しのおっちゃん ID:m4A
>>1
ちがーう
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スレ主が上げていた画像は、日本のものではない信号機で、ぎんなんとは程遠いものだった。
どうやら、スレ主が上げた画像に対し、それが銀杏かどうかレスを返すという形で進むスレのようだ。
「こいつら頭おかしいよ...」
烏丸はこれまで、嫉妬心や怒りから冷静さを失い、画面の向こうの相手を頭がおかしいと決めつけ、暴言をはいてきた。
しかし、ここまで冷静に客観的に見て、相手のことを頭がおかしいと思ったのは初めてだった。
だいたいこんなのゲームではない。
勝ち負けはどうやって決めるのだろうか。
画像がぎんなんかどうかなんて明らかで、間違える要素がない。
烏丸に苛立ちはなかったが、いつもの習慣で煽りを書き込む。
それは烏丸らしくない弱々しいものだった。
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81:灼熱のサークルクロウ◆Uzu8koRqb0 ID:KRS
くっさ
84:名無しのおっちゃん ID:7fu
>>81
ちっがーーーーーう!!!
85:名無しのおっちゃん ID:kOZ
>>81
ちが〜う。
86:名無しのおっちゃん ID:m4A
>>81
ちがーう
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烏丸の書き込みにはレスが次々とついた。
烏丸が他人から人格を承認されたのは、久しぶりのことだった。
あはははははははははは
烏丸は笑い出した。
こんな簡単なことなのに、なんでこんなに癖になるんだろう。
自分がこれまでやってきたことを、凄く小さなことのように感じた。
烏丸は他人に暴言を吐くことを忘れ、これ銀杏ですかゲームに没頭していった。
それは、「これ、ぎんなんですか?」「「ちっがーう!」」だけで互いを認め合うことの出来る優しい世界だった。
数日後...
「よし、学校行ってみるか」
烏丸は、一度彼のもとを離れていったはずの外の世界へ、再び戻っていった。