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一人目の場合

「死体が消えた??」


ある晴れた日の朝、とある河川敷で、高校生探偵九度山 拓郎は途方に暮れていた。

彼はこれまで数多の難事件を自慢の推理力で解決に導き、世間では21世紀一の天才と呼ばれていた。

警察も彼に全幅の信頼をおき、殺人事件の捜査は彼に頼るようになっていた。

しかし、今回の事件は彼が今まで出会ったものの中で最も不可解なものだった。


「被害者は平 凡太郎、30代の会社員男性です。

運転免許証から身元は特定されました。

昨晩0時20分頃この河川敷で殺されたものと思われます。」

そう話すのは所轄の田中巡査部長だ。


「現場近くに犯人のものと思われる指紋と毛髪が見つかりました。

それらを前科者データと照合した結果、無職の50代、大坂 多呂彦が浮上しました。

また、複数の目撃者から大坂が犯人であるという証言があったため、男を任意同行し、現在逮捕状を請求中で。」

「それなら私の出番はなさそうですね。」

「しかし...死体が出ないとなりますと...」


死体を誰がどこに隠したのか。

それを指し示すものが全くなく、捜査は手詰まりとなっていた。


「大坂が証拠隠滅のために隠したと考えるのが最も自然ですね。」

「はい。そう考えて大坂を取り調べたのですが、容疑を全面的に否認しており話になりません。

そもそも大坂は足が悪く、とても死体を一人で動かしたとは考えにくい。」


足の悪い人間が殺人を行い、死体が消えた。

そもそも大坂は犯人なのだろうか。九度山の勘が騒ぐ。


「もしかすると、真犯人が大坂を犯人に仕立て上げるため、毛髪などを現場に置いて証拠をでっち上げたのかもしれませんね。

それで死体には不都合な痕跡があったため、持ち去ったとも考えられます。」

「なるほど。しかし目撃情報もありますし、真犯人が別にいるってことは流石にないかと...」

「いずれにせよ目撃者に話を聞き直す必要がありそうですね。」

「目撃者の一人、坂井 義男は、この道を右に曲がった先のプレハブ小屋でサークル活動をしているとのことです。

私は取り調べがありますので、お一人で行ってきて下さい。」


九度山は田中の地図を参考にプレハブ小屋へと足を運んだ。


「ここか...」


古めかしいものの丁寧に清掃されたプレハブ小屋の標識には『ぎんなんハウス』と掲げられていた。


「どうもどうも、捜査お疲れ様です」

小屋から出てきた坂井は、人の良さそうな大男だった。

年齢は20代前半といったところか。

「私が目撃したことは全て警察の方にお話しました。何か力になれることがあるといいのですが...」

「坂井さんはなぜ深夜に河川敷にいたんですか?」

「大学でずっと実験していて、帰る時間が深夜になったんです。

昨晩は熱帯夜で河原を歩いた方が涼しいので。」

「殺害の瞬間は確かにこの目で見たんですよね?」

「はい。男の人が千鳥足で歩いていたところで、急に出てきた影がグサリと。」

「暗い所だったのに犯人の顔がわかったんですか?」

「殺害した影は特徴的な足の引きずり方をしていました。

あれはいつも公園で1人麻雀してるおっちゃんで間違いないですよ。」


坂井の発言には一定の筋は通っていた。問題はここからだ。


「殺害後何か不審なものは見なかったですか?例えば誰かが何かを持ち去ったとか。」

「何か、といいますと...」

「例えば、死体とか...?」

「ああ死体ですか?それならこの小屋にありますよ。」


「えぇ!?」

「はい。

滅多に見ないものだったので使えると思い小屋に持って来たのですが、もし捜査に使われるようでしたらお返ししますので、ご案内します。」

「はあ...」

言われるがままに小屋の中に入ると、多種多様なものが置かれた部屋に通された。

地下鉄の駅名標、オーストラリアの信号機、カワウソの剥製...

それらの中に、刺殺された男性の死体が丁寧に安置されていた。


「ゲームに使うものをここに集めているんですよ。」

「ゲームって一体...?」


ここはもしかして頭におかしい犯罪組織のアジトなのではなかろうか。

自分も殺されてしまうのか...?

九度山の頭には不安がよぎった。


すると小屋の奥の方から若者たちの愉快な声が響いてきた。

「これ、ぎんなんですか?」

「「ちっが~う!」」


何だこれは。

今まで聞いたことのない不思議なやり取りであったが、何故か九度山の中にあった不安感は高揚感へと移り変わった。


結局死体を持ち去った坂井は警察に連行され、こっぴどく怒られたようだ。

大坂は結局容疑を認め、事件は解決となった。


しかし、九度山の頭には例の不思議なやり取りが、弾け飛ぶパチンコ玉のように駆け巡り、止むことはなかった。

彼は今までこの世の誰よりも頭が良いと思っていた。

世界は自分を中心に回っている、この世で自分が知らないものなんて何もないと疑わなかった。

しかし九度山は、自分の感情の動きを支配している、心の奥底の何かを感じ取ることはできなかったし、そんなものがあるとも思っていなかった。

「これ、ぎんなんですか?」「ちっが~う!」という2つのフレーズは、その奥底を、毒針を持つ蜂のように鋭く突いてきたのだ。

勿論これだけで心の奥底の正体がわかったというわけではないが、九度山の感情は確かに、大きく動いた。


九度山は一泊で釈放された坂井のもとを再び訪れてみることにした。

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