部室への訪問者
電子情報研究会の部室は、幅3m、奥行き6mほどの部屋になっている。部室棟の3階、一番奥の部屋。隣は空室になっていて、普段は誰も訪れる事はない。
1畳ほどの事務机とほとんど空の棚、それと古いPCを載せているPCラックがあるだけだ。
給湯システムやらポットがあるわけもなく、客が来たとしてもお茶を出すこともできなかった。
「にゅ、入部希望……なのかな?」
まだ蒸し暑さの残る部室で、事務机の周りに置かれたパイプ椅子に座る人に聞いてみる。
その人物は珍しそうに部室を見渡していた。
漆黒の髪に黒縁のメガネ。小柄で華奢な身体。リボンの色で僕と同じ2年である事がわかる。
というより見覚えのある女子だ。多分、クラスメイト……。
「ここって、何部、なんですか?」
「そこからか!?」
思わず声を出してしまって、目の前の女子も身を竦める。
「あ、えー、ここは、電子情報研究会、電情研なんだけど」
「へ、へぇ」
おどおどとこちらを見上げながら相槌を打つ。どこか小動物を思わせる黒目がちで、つぶらな瞳だ。
「えっと、じゃあ何で部室に?」
「あの、その、さ、西藤……くんが、あれ、西藤くん、だよね?」
「え、あ、そ、そうだよ。僕は西藤。比奈森さん……だよね?」
「は、はい、そう……です」
良かった、合ってた。
僕のような情強は、クラスメイトの名前と顔くらいは把握している。
別に急に話しかけられた時にテンパらないように、必死になって覚えたとかではない。
「そ、それで?」
「それで?」
「いや、部室に来た理由」
「あ、はい、そ、そうですよね。うん……」
消え入りそうな声で俯く。その耳が赤くなっていた。あれ、これって、まさか。
僕の方にも変な意識が芽生え始める。
大きめの黒縁メガネに、長めの前髪もあってその顔はあまり分からない。
華奢な体つきは、同学年の女子に比べても幼さを感じさせる。大きめの上着と、長めのスカートは規定通りの着こなしで真面目そうだ。
「その、西藤くん、昨日、メール……」
「え?」
あの混信メールか。あれが僕の所に届いていたのが分かった?
でも僕は返信なんかしていないし、メールのやり取りの内容でもそんな素振りはなかった。
という事は、元々僕に仕掛けられた罠か?
普段からメールのやり取りすらない僕がどんな反応を見せるか、観察されていた!?
「メールじゃない、かも、だけど。その、着信メロディ……」
「え?」
声が小さい上に顔を伏せていて聞き取りにくかった。もっとよく聞こうと顔を近づけた所で、ばっと彼女の顔が上がった。
「あれって、果てなき地平だよね。Arcの!」
「え、あ、あぁ」
「やっぱり! じゃ、じゃあ、西籐くんもウォーホライゾンを観てたのかなっ」
顔を上げて勢い込んで話しかけてくる比奈森さんに、やや気圧されながら頷いた。
「やっぱり! Arcの歌っていいよね。戦闘シーンで挿入されると、臨場感も増してくるし、スピード感あるしっ」
「う、うん」
「ウォーホライゾンも楽しかったよね。着メロにするくらいだし、気に入ってるよね。ネットじゃ否定的な意見が多いけど、ちゃんと面白いよね!?」
どうやら彼女はマイナーで不人気だったウォーホライゾンの、数少ない信奉者らしい。
僕のことを同志と思って近づいて来たみたいだ。僕としてはそこまでのめり込んでいた訳では無いが、熱く語られるのに相槌を打てる程度には観ていた。
教室では大人しく目立たない彼女が、必死になって話す姿に戸惑いながらも、特にやるべきこともなく、下校時間までたっぷりと付き合った。
キーンコーン、カーンコーン……。
下校を促すチャイムに彼女は我に返ったかのように動きを止めた。
そしてその顔が一気に赤みを増していく。先程までの熱弁による赤さではなく、羞恥によるものだろう。
「あ、あの、わ、私、ごめんなさいっ」
「え、あのっ比奈森さん!?」
ほぼ初対面の僕に、必死に熱く語っていたのを自覚した彼女は、逃げるように部室を出ていった。
僕も慌てて追いかけようとしたが、部室を開けっ放しにしておくわけにもいかない。
窓を閉めて、戸締まりを行い、部室を出る頃には、比奈森さんの姿は影も形もなくなっていた。
まあ、明日になれば教室で再会するだろうし、探し回る必要もないよな……。
普段から1人で行動することが多く、異性はおろか同性との会話すら乏しい僕が、突然の成り行きでたっぷりと1時間以上、女の子と2人きりだった。
改めてそう意識すると、浮かれる気持ちを抑える事はできなかった。




