魔王様と宰相さん
※この作品は以前「魔王様と○○」というタイトルで出していた一話読み切り形式の連載作品の第一話と同じものを、そちらが全く進まなかったので短編として投稿しなおしたものです。
「…なぁ宰相よ」
「なんですか魔王様」
「俺は魔王だよな?」
「何を藪から棒に…。 貴方は間違いなくこの魔王国を統べる王、魔族最強の戦士、魔王陛下で在らせられますよ」
「そうだよな、魔王だよな」
「で、それがどうしたんです」
「いやな、魔王としては一度くらい人間のお姫様を攫ってくるとかした方が良いのかなって」
「いきなりなに言ってんですかあんたは」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とある大陸の東方、大陸の三分の一を占める魔族達の支配領域「魔王国」の王城その玉座の間にて、そんな会話が交わされていました。
話しているのは魔王様と宰相さん、魔王国のトップとその腹心の二人です。
魔王様は190㎝ほどの長身(人間と比較した場合であり、魔族の中には数10m単位の種族やそもそも人型ですら無い者も普通にいます)に黒髪の無造作ヘアからのぞく赤水晶のような一本角、血のような深紅の瞳にはどこか野性的な雰囲気を感じさせる、いわゆる俺様系イケメン的な美男子です。
当然の如く人型魔族の女性からはモテモテです。 爆発すればいいのに。
対して宰相さんは身長は175㎝程度、全体的に華奢でほっそりとしており知的で落ち着いた態度と相まってどこかの貴公子のようです。
ダークエルフである宰相さんは背中まで届く銀髪のストレートヘアに褐色の肌、片眼鏡を掛けたイケメン眼鏡男子です。
やっぱり女性にはモテモテです。 禿ればいいのに。
ちなみにこの二人が並んでいる姿は魔族の中にも一定数存在する貴腐人達の格好の妄想ネタだったりするのですが、魔王様は気づいていません。
宰相さんは気付いていますが自身の精神衛生のため、忘れる事にしています。
それはさておき、国のトップ2が交わすとんちきな会話ですが、玉座の間に控える近衛も侍従も誰一人として気にした様子はありません。
この二人はいつも大体こんな感じなのです。
公の場であれば宰相さんはもちろん魔王様もそれなりの態度をとるので、みんな「まぁいいか」と思っているのです。
魔族最強の魔王様と魔族でも十指に入る超一流魔術師である宰相さん。
強さを尊ぶ魔族からは最大級の畏怖と尊敬を受ける二人ですが、しかしてその実態は大ボケかつ天然で我儘な魔王様と、そんな魔王様に振り回されつつ、時に窘め、時に説教し、時にツッコミ(物理)を入れる宰相さんの迷コンビなのです。
その光景を見て理想やら憧れやらが崩れる瞬間を味わい、「知らない方が良かった」と項垂れている所に先輩方からの生暖かい視線と優しい言葉で励まされるのが城勤め魔族の最初の通過儀礼だったりします。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…で? 何だってそんな話になるんです?」
「また何を言い出してるんだこいつは」と思いつつも仮にも主君の言葉を流すわけにもいかず、とりあえず話を聞こうとする宰相さん。
その言葉を受け、「ふむ」と一つ頷くと魔王様は事の経緯を話し始めました。
「先日城下に散歩に出たときなんだがな」
ビキリ
宰相さんの額に青筋が浮かびます。
いくら魔王様が最強とはいえ、一国の王が護衛もお伴も付けずに外出とかありえません。
しかも宰相さんが知らないということは王の外出に関してどこからも報告が上がっていない、つまり勝手に抜け出したということです。
今すぐぶん殴って説教したくなった宰相さんですが、いちいちそうしていたら切りがないので今は話の続きを聞きます。
殴るのと説教は後でまとめてやろうと決意しながら。
そんな宰相さんの様子に気づいた様子もなく魔王様は話を続けます。
「人間領から仕入れたとかいう本だのなんだのを売ってる露天商がいてな、面白そうだからまとめ買いしてな。 そんでその中に魔王が出てくる話がいくつかあったんだが」
人間が書いた、魔王が出てくる話。
そんなものは一つしかありません。
「…それはまさか勇者の物語ですか?」
「ん? あー、そーそれな! 結構おもしろかったぞ」
「…よくそんなものよりにもよって魔王様に見せましたね」
この世界の勇者の物語はよくあるありふれた話です。
世界征服を目論む邪悪な魔王を、女神様に選ばれた正義の勇者が艱難辛苦の冒険の果てに見事に討ち果たし世界は平和になりました、そんなお話です。
要するに魔王が飛び切り邪悪な悪役として扱われるお話な訳ですから、まともな神経をしていれば魔王様に見せられるわけがありません。
「最初は隠そうとしてたんだけどな、これが一番面白い気配がしてたんで無理やり出させた。 向こうはなんか青いを通り越して白い顔してたけど」
「…そうですか」
そんな本を王都に持ち込んだ自業自得とはいえ、よりによって魔王様に目を付けられてしまったその商人に対し同情を禁じ得ない宰相さんです。
「で、まぁ全部読んでみたわけだが、なんかどれもこれも一度はお姫様を攫ってたりするんだよな」
「まぁ、そうですね」
「で、思ったわけだ」
「…なにをです?」
「期待されてるならばやらねばなるまい、と!」
「絶対にやめて下さい」
「えー」
「えーじゃないです、えーじゃ。 そんな事したら100%戦争ですよ。 戦争したいんですか?」
「戦争は嫌だなー。 お互い兵士も死ぬし、民の生活も苦しくなるし」
「そうでしょう」
普段こそアレな魔王様ですが、何よりも国民のことを第一に考える良い王様だったりします。
それが民の為になると判断すれば迷い無く予算を割き、大事故や災害が起きれば自ら現場に足を運んで被災者達を慰撫するその姿は国民からは賢王、名君と称えられ、宰相さんはじめ重臣たちからは「どうして普段からそうできないのか」と頭を抱えられています。
「そもそも人間の書いた勇者物語なんて9割方創作ですよ。 読んだんならわかるでしょう。 あの先々代様が人間の女性を攫うとかできると思いますか」
「…あー、無理だろうなー。 もし婆ちゃんに見つかったらぶっ殺されるもんなー」
妻に一切頭の上がらない祖父の顔を思い出し、納得したように頷く魔王様。
そう、実は勇者物語のモデルになった魔王は先々代、つまり現魔王様のお爺ちゃんです。
先々代魔王様は魔族らしく強敵との戦闘は好きですが、人間の勇者物語に書かれているような凶悪な面など一切なく、家庭菜園と日曜大工が趣味の草食系男子です。
ちなみに先々代魔王様は現在もご存命であり、今は奥さんと一緒に魔族領南部の王家直轄領で農業スローライフを楽しんでいます。
「でも、そうするとなんで本じゃあこんなにお姫様攫ってばっかりなんだ? 創作にしたってみんな同じことしてるぞ?」
「悪者が女性を攫うのは物語の定番だからじゃないですか? その方が話も膨らみますしね」
「なるほどなー。…やっぱ俺も一度くらい…」
「だからやめろっつってんでしょーが」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無言で玉座の近くに控えていた近衛隊長がいつも通りのやり取りを続ける二人からふと窓の外に視線を移すと、番か兄弟か、二羽の小鳥が仲睦まじく寄り添いながら飛び立っていくのが見えました。
「でもやっぱ魔王としてさぁ…」
「だから現実の魔王はそんなことしません。 いいから仕事をしてください」
何とはなしに小鳥が見えなくなるまで見送った後、視線を戻せば未だにそんなやり取りを続ける二人の姿。
「…今日も平和だな」
魔王城のいつもの光景です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その会話から数日後、魔王城廊下にて、人間の明らかに高貴な身分の女性を連れた魔王様の姿が。
「お姫様攫ってきたぞ!」
いい笑顔でそんな事をのたまう魔王様に、かなり本気の殺意を込めた全力の一撃を叩き込む宰相さんでした。
魔王様:世界最強だけど天然。 しかし国民はその事実を知らない。 見た目通りの俺様系だと思われている。 アホの子だけどバカではないのがなお厄介。
宰相さん:苦労人。 魔王様とは幼馴染で乳兄弟(母親が魔王様の乳母)。 実家は代々魔王家に仕える名家。 先祖代々の苦労人ともいう。
近衛隊長:魔族でも十指に入る実力者。 魔王様からも宰相さんからも信頼が篤い不言実行の人。 しかし実は単に普段は何も考えてないだけだったりする。