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2-1

 翌日の放課後、教室の掃除当番を終えて、生徒会室にやって来ると、来客用ソファーに瑞音と義隆が並んで座り、その対面で、一人の男子生徒が必死にメモを取っていた。男子生徒の顔は見覚えがある。二年生の時に同じクラスだった太田だ。

「何やっているの?」

 声を掛けると、三人が一斉に顔を上げた。

「八川じゃないか。今ちょうど二人をインタビューしてたんだ」と、太田。

「インタビュー?」

 すると義隆が苦笑を浮かべて答えた。「文芸部の文化祭の企画で必要なんだと」

「文芸部の企画って何だったっけ?」

「それはズバリ、恋愛相談室だ」太田が人差し指を立てて、威厳たっぷりに言った。「俺たち文芸部が古今東西の小説、戯曲を通じて得られた恋愛論を体系化し、迷える子羊たちにアドバイスしようという、実に野心的な企画だ! なにせ、文化祭直前から後夜祭にかけて最も恋愛フラグが立つ、恋愛特異点だからな。その回収率を上げるこれ以上にない素晴らしい企画だと思わないか、八川?」

「は、はぁ……」

 男子も女子も分け隔てなく力を合わせる文化祭というイベントを経て、カップルが急増するという話は、この高校の生徒なら誰もが知っている事実だ。しかし、それを特異点だとかフラグとか言っている時点で失敗確定の駄目企画にしか聞こえないのは僕だけだろうか。

 僕のドン引きなど意に介した様子もなく、太田は朗々とした声で続けた。「しかし、書物から得られた知識など所詮は机上の空論、より的確なアドバイスができるよう、リア充そうな連中を捕まえて、実体験をインタビューしていたのだ。その対象の一つとして、『史上最強』の生徒会コンビを選んだわけだ」

 なんてタイムリーな。驚きを隠しつつ、僕は太田に訊ねた。

「お、太田。あの二人って、周りからそんな風に見られているの?」

「八川。お前は今更何を言っているんだ。誰がどう見ても、二人は付き合って……」

「だからさっきから言ってるだろ、俺たちはそんなんじゃねえって」

 義隆が早口で遮った。

「そうよ」

 瑞音も頷いた。そして、二人は同時にお互いの顔を指差して、

「「こいつとはただの腐れ縁」」

 と、見事にハモった。

「またまた、二人とも息ぴったりじゃないですか」

 と、芸能リポーターよろしく合いの手を入れた太田に向かって、とうとう義隆は凄みを利かせるように睨みつけた。

「てめえ、いい加減にしろよ」

 その一言に、太田の顔は瞬く間に青くなってしまった。

「きょ、今日のところはこれくらいにしておきます」

 と言って、慌てて筆記具をまとめ、立ち上がる太田を、僕は呼び止めた。

「なんなら、僕が代わりに取材を受けようか?」

 このまま帰すのもさすがに不憫だと思って軽い気持ちで言っただけだった。しかし太田はあからさまに眉をひそめ、吐き捨てるように言った。

「何を言ってる、お前。見るからに非リア側の人間だろ。そんな奴のインタビューなんて必要ない」

「なっ、何てことを言うんだ、太田。僕だって良い仲になった女の子の一人や二人……」

 突然、瑞音と義隆が幽霊でも見たかのように驚愕した表情を浮かべた。太田も口をパックリと開け、義隆に怒鳴られた時よりも青白い顔をしていた。

「そ、そこまで、驚かなくてもいいじゃない!」

 しかしこの状況で、実は保育園の頃の話だ、とは言い出し辛くなってしまった。

 頭の中で話の着地点を必死に探していると、目の前の太田が震える指をゆっくりと僕の胸あたりに向けた。

「おい、八川。……その子は何者だ?」

「その子?」

 僕はゆっくりと太田が指差す先へ目を向けた。

 僕のすぐ脇、そこに美羽がいた。

 高校の制服を着た美羽は僕の腕にがっしり腕を絡ませていた。

 美羽は僕の顔を見上げた。「おっす、おじさん」

「な、なんでお前がここにいる!」

 慌てて美羽の腕を振り解き、間合いを取ると、今度は太田に襟を掴まれた。

「お……おのれ八川。俺はお前のことをずっと同志だと思っていたのに。この裏切り者が!」

 太田は唾を飛ばし叫ぶと、僕を突き飛ばして、「うわーん」と泣きながら走り去っていった。

「ええっと……」

 何を言っていいのかわからないまま、義隆たちに視線を向けた。義隆は表情を引きつらせ美羽から視線を逸らしていた。そして、胡乱な表情で僕をじっと見ていた瑞音が、ゆっくりと口を開いた。

「誰、その子?」

 その一言に並々ならぬ圧迫感を受けた僕は、「ちょっと失礼」とだけ言って、美羽の制服の袖を掴み、生徒会室の隣にある倉庫へ逃げた。


 狭く埃っぽい倉庫に美羽を押し込むと、誰も入ってこられないように、鍵を締めた。

「何、おじさん? あたしを突然こんなところに連れ出して」美羽が一歩後ずさった。「まさか、あたしの制服姿に欲情して、いやらしいことしちゃおっかなあ、なんて考えてるんじゃ……」

「思うか!」

 シチュエーションに短絡的に反応し過ぎだ。少しは空気というか流れを読んでくれ。

「……それより美羽、どうして学校にいるんだ?」

 今日の朝、高校へ行く前に、下手に出歩いて問題を起こされては困るから、と美羽には一日家で大人しくしているよう、言っておいたのだ。それなのに、どこで手に入れたのか高校の制服を着て、大胆不敵にも潜り込んでくるとは。

「そりゃあ、せっかくだから、お母さんやお父さんのいる学校を見学したかったの」

 と、悪びれた素振りも見せず美羽は言った。

「その制服は?」

「おじさんのお姉さんから貸してもらった」

 言われてみれば、姉もここ正山高校出身だった。

 僕は鉄球のごとく重い頭を支えるように片手を額に当てた。

 昨日、美羽は「せっかくだからいろいろ見学したい」と言っていたじゃないか。だったら、美羽が当然僕の言いつけを守らず、出歩くことを考慮すべきだった。黙って学校に来る美羽に腹が立たないわけじゃないけど、彼女の行動を想定できなかった僕の落ち度でもある。

 後悔しても始まらない。瑞音や義隆たちに見られてしまった以上、もうなかったことにはできない。

 さてどうしようか、と思案を始めた矢先、美羽が興奮した様子で声を掛けてきた。

「ねえねえ、おじさん。さっきのソファーに座ってた二人がお母さんとお父さんだよね?」

「そうだよ。この高校で生徒会長と副会長をやっているんだ。僕は庶務だけど」

「へえ、そうなんだ。おじさんに昨日見せてもらった写真の通りだ」

 ふと、二十五年後の瑞音と義隆か、どんな顔になっているんだろうな、と思った。僕の未来の顔は……想像したくもない。

「一つ質問があるんだけど。美羽が未来から来たことって、あの二人に言ったら……」

「絶対駄目!」こちらが言い終える前に強く否定されてしまった。「そんなことしたら、さすがに歴史が変わりかねないし。正体を明かしていいのはおじさんだけだって、おじさんが言ってた」

「そりゃ、そうか」

 瑞音たちの前で二人は将来結婚しますなんて言ったら、下手に意識して逆に結婚しなくなる可能性もある。

 少し考えて言い訳の内容を決めると、僕は美羽を連れて生徒会室に戻ってきた。ドアを開けるとすぐ目の前に瑞音が待ち構えていた。そして無理やり僕らをソファーに座らせると、瑞音も義隆の隣に座り、不気味なほどの笑顔で問いかけてきた。

「で、敬くん。その子はだあれ?」

 いつになく丁寧な物言いに、逆に寒気を感じ、急激に喉も乾いてきた。瑞音の圧力に、思わず本当の事を喋りかけたが、必死に抗って、なんとかでっち上げの話を口にする。

「ええっと、か、彼女の名前は内田美羽。年の離れた従姉弟の子どもだよ」

 内田というのは母親の旧姓である。

「へえ。でも初耳ね、敬くんの親戚がこの学校にいるなんて。どうして教えてくれなかったの?」

「あっ……いやその、美羽は今日この学校に短期転入してきたんだよ。両親がちょっと問題を抱えてしまって、ほとぼりが冷めるまでしばらく僕の家族が面倒みることになったんだ。それで高校も一時的に変わったわけ」

 口にしておきながら、相変わらず苦しい言い訳だなと思う。高校の短期転入なんて聞いたことがない。

 しかし、二人とも完全に僕の言うことを信じてくれた。僕の周りは善人だらけのようだ。悪いことではないけど、少しは疑ったほうが良いんじゃないか、と心配になってしまう。それどころか瑞音にいたっては、身を乗り出して、

「大丈夫なの? なんならわたしがご両親にがつんと言ってあげようか?」

 などと、正義感厚い我が父親と同様のことを言い出した。

 僕は慌てて付け足した。「だ、大丈夫だよ。すぐに収まるから。時々あることなんだ。と、とにかく。ここじゃあ友達もいないからさ、よろしく頼むよ」

「そう……。じゃあよろしくね、美羽ちゃん」

 瑞音がにこやかに微笑んだ。

「お……おう、よ、よろしく」

 義隆は女の子を前にして、いつも通りガチガチに固まっていた。

「よろしくお願いします。あたし、かたぎ……っ痛!」

 美羽が驚いた表情で僕を見た。何故なら僕がテーブルの下で危うく本名を名乗ろうとした彼女の足を蹴ったからだ。数秒の間の後、美羽は小さく「あっ」と言って、再び瑞音たちの方へ向くと、満面の笑みを浮かべた。

「えっと、内田美羽です、おじさんがいつもお世話になっています」

 お世話しているのはどっちだよ、と僕は心の中で突っ込んでいた。

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