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 すっかり遅くなってしまったが、ようやく自宅に戻ってきた。視聴するはずだったインターネット動画生放送はもう終わってしまっている。

「へえ、これがおじさんの家ね」

 隣に立っている美羽がなんの変哲もない一軒家を物珍しそうに見上げていた。そんな彼女の姿を僕はじっと無言で見つめる。

 ファミレスで「これから一週間どうやって暮らすんだ?」と訊いて、「この時代は二十四時間営業のお店がたくさんあるらしいから、どうとでもなるでしょ」なんて返されたら、連れて帰るしかなかった。そもそも金持ってないって言ってたよな、この娘!

 しかし、気が重い。一応事前に父親に連絡はしておいたものの、僕が女の子と一緒に帰ってくるという事態に、姉と妹が全力でからかってくることは想像に難くないからだ。

 しかしいつまでも家の前で逡巡しているわけにもいかない。覚悟を決めて玄関のドアを開けようと、ノブに手を伸ばした。するとドアが独りでに開いて、Tシャツ姿の妹(中学三年生)が姿を現した。妹は僕の顔とその隣に立つ美羽の顔を無言で交互に見つめたあと、唐突に大声で叫び出した。

「姉ちゃん! 母さん! 兄ちゃんが本当に女の子をお持ち帰りしてきた!」

「はしゃぐな。それから、お持ち帰りなんて人聞きの悪いこと言うな。せめて保護した、と言え」

「だって、兄ちゃんが女の子を家に連れて来るなんて今までなかったじゃん。今世紀最大の珍事件だよ。こりゃ明日雪が降るね」

 と、妹が一人騒いでいる間に、家の奥からドタドタと騒々しい足音を立てて、姉(大学二年生)と母親(兼業主婦で弁当屋勤務)もやってきた。そして妹と同様、じっと僕と美羽の顔を交互に見つめて、

「ついに敬悟も男になったか……」「お赤飯炊かなきゃ」

 などと、勝手に想像を膨らませていた。

「そんなんじゃないって。事情はさっき父さんには電話で話したんだけど、この子、高校の生徒会の後輩で、親と喧嘩しちゃってしばらく家に帰れないから、ここへ連れてきたんだ」

 さすがにタイムマシンで未来からやってきた同級生の子どもです、とは説明できないので、完全にでっちあげだ。とは言うものの、我ながら苦しい言い訳だと思う。こういう時の逃げ先は普通女友達の所だろ。

 ところが、今となっては絶滅危惧種とも言われる人情系ベテラン刑事を父親に持つ家庭らしいというべきか、美羽の『でっちあげた』境遇に心底同情し、

「そう、大変だったのね。ゆっくりしていって」「ここを我が家と思ってくれていいからな」「いろいろおしゃべりしようよ!」

 と、彼女を手厚く迎え入れた。

 美羽が応えるようにこくりと頭を下げ、

「美羽です、お邪魔します!」

 と、底抜けに明るい声で言った。そこは空気読んでもう少し神妙にしろ、と心の中で突っ込んだが、三人は全く気にした素振りを見せなかった。人を疑うことを知らない善良な一家である。

 ここでようやく父親も姿を現した。風呂上がりなのだろう、タオルを首に巻いていて、とろんと瞼が垂れ下がっていたが、僕と美羽の姿を認めるなり、目をカッと見開いて、美羽のもとに近づいてきた。

「君が敬悟の言っていた子か。なんなら今からでもおじさんが一緒に親御さんのところへ行って、話をつけてきてやろうか?」

 仕事モードになった父親の真剣な表情に、さすがの美羽も「あっ……えっと……」と戸惑いを隠せないでいた。

 僕が間に割って入る。「父さん、一週間もすればほとぼりもきっと冷めるから。今はそっとしておいたほうがいいよ」

「そうか? こういうことはこじれる前に早めに修復しておいたほうが、父さんは良いと思うぞ」

「年頃の女の子の気持ちはいろいろ複雑なんだから……、僕らが無理に出張っても余計こじれるだけだよ」

「うわっ、敬悟が年頃の女の子の気持ちだって、マジウケる」姉からの冷やかしが飛んできたが、じっと我慢して聞き流した。

「敬悟の言う通りよ、あなた。二人には時間が必要なんだから」

 若干引っ掛かりを覚える母親の言葉だったが、父親はようやく引き下がった。

「そうかわかった。……おじさんにできることがあれば何でも言いなさい」と言い残して、リビングへ去っていった。

「じゃ、わたしは寝場所を準備してくるわ」と言って、母親も去り、それから姉と妹も、

「敬悟、しっかりやんな」「兄ちゃん頑張ってね」と、露骨な言葉を残して、玄関からいなくなった。

「おじさんの家族って、優しそうな人ばっかりだね」

 美羽が笑顔で言った。

 一方僕は、姉妹からこんな感じで揶揄される生活が今から一週間も続くかと思うと、堪らず「はぁ」とため息が出てしまった。


 美羽の寝所は僕の部屋……というラブコメ系ライトノベルにありがちな展開にはさすがにならなかった。妹の部屋に臨時の布団が用意された。妹は修学旅行みたい、とはしゃいでいた。

 ようやく一息ついて、僕は自室の椅子に座り、じっとカレンダーを見つめていた。何度見ても今日はまだ月曜日だ。今日一日だけで一週間経ったような気分だった。しかし、生徒会と文化祭の仕事で忙殺されているが僕は受験生でもある。気力を振り絞って勉強しようと参考書を開きかけた時、トントンと部屋のドアがノックされ、返事する前にドアが開いた。

「おじさん」

 と言って、部屋に入ってきたのは美羽だ。頬をほんのり上気させ、妹のものを借りたのだろうピンク色のパジャマを着ていた。ただ少しサイズが小さいのか、窮屈そうで特に胸のあたりはかなりラインがはっきり見えていた。僕は慌てて目を逸らした。

「どうしたのおじさん。急に顔が赤くなって? もしかしておじさん、あたしのボディーに見惚れた?」

 そう言って、美羽は体をくねくねと動かした。セクシーさをアピールしているつもりだろうが、エアフラフープをしているようにしか見えなくて、逆に萎えた。

「何を馬鹿なことを……。それより、どうした?」

 またお願いがあるんじゃないだろうな? と、警戒心を抱きつつ僕は訊いた。

 美羽は口を尖らせたが、すぐにへらへらと笑いながら言った。

「別に用はないけど、これからよろしくって言おうと思っただけ。住む場所まで面倒見てくれて、いつもいつも迷惑かけて申し訳ないねえ」

 その話し振りからすると、未来の僕は美羽の面倒を相当見ているらしい。

「そういう自覚があるのなら。少しは迷惑かけないようにしようと思ったら。特にその親譲りの無計画っぷりには一言言っておきたいことがある」

「おじさんこわいー」

 美羽は笑ったまま、わざとらしく身を震わせた。

 小さく「はあ」と溜息をついてから、僕は椅子ごと美羽に向き直った。「そうだ、さっきの美羽の話を聞いて、考えたことがあるんだけど」

「何、おじさん?」

「プロポーズ云々の前に世界の紛争を止めることはできないのかって思ったんだけど?」

 普通に考えれば遠い未来より、間近に控えた惨劇をどうにかする方がずっと重要だ。そもそも世界大戦が起こらなければ犬も食わない夫婦喧嘩に煩わされることもない。

「よくあるだろ、タイムマシンで起きた悲劇をなかったことにしようって話。あれみたいに……」

 しかし、美羽は「あたしには無理」とあっけらかんとした様子で言ってのけた。

「だって、下手に歴史を変えられて、あたしが生まれなくなっちゃったら困るもん。あくまであたしは過去を変えるためじゃなくて未来を変えるために来たんだから」

「そうは言ってもなあ……」

 美羽にとっては過ぎた出来事かもしれないが、僕らにとってはこれから起こる出来事だ。輝かしい未来ならともかく悲劇が濃厚な未来を受け入れろと言われても納得はできない。

 僕が困惑していると、美羽は突如、ぞっとするほど冷たい声で言った。「タイムマシンが出来たのは、まだ最近なんだけどさ。……もしこの時代にもうタイムマシンがあったとして、おじさんは過去に起こった戦争を阻止したいと考える?」

「そ、それは……」

 どうせこれも未来の僕の入れ知恵だろうけど、僕を黙らせるほどには正論だった。未来の人間が都合の良いように過去を改変し始めたら絶対に収拾がつかなくなる。

「まっ、そういうこと。それにおじさんは、将来お母さんたちと一緒に、嫌でもその問題と関わることになるんだから、それを今から悩んでもしようがないし。その時になってから頑張ってよ。だからさ」一転、美羽の口調が明るくなった。「それよりも今できることに集中してよ」

「例えば?」

「とりあえず、あたしがお母さんたちのプロポーズ現場を見られるように手配してよ」

 結局そうなるわけか。

 僕は一回深呼吸したあと、美羽に向かって言った。「それが、人に頼む時の言い草か? 本当に両親にそっくりだな」

「まあね!」

 美羽は嬉しそうに笑った。……褒めてはいない。

 廊下から妹の声が響いてきた。「美羽ちゃーん、こっちおいで。女子会だよ、パジャマパーティーだよ!」

「今夜は寝かさねえからな」と、姉の禍々しい声まで聞こえた。

 僕は行って来いとドアに向かって顎をしゃくった。美羽は「じゃ、よろしくおじさん」と言って、部屋を出て行った。

 すぐさま隣の部屋から賑やかな声がし始めた。美羽と妹、姉、それに母親の声まで混じっている。一体どんな女子会が行われるのだろう。

「はぁ」と、僕は何度目かわからないため息をついたあと、ようやく勉強を始めた。

登場人物が多いので一覧を付けます。


八川敬悟はつかわけいご:高校三年生、生徒会庶務。好物はシュークリーム

片桐瑞音かたぎりみずね:高校三年生、生徒会会長。好物はカレー(甘口)

久我義隆くがよしたか:高校三年生、生徒会副会長。好物はサバの塩焼き


佐竹さたけ:高校二年生、文化祭実行委員。好物は味噌ラーメン

北条克己ほうじょうかつみ:高校二年生、オカルト同好会会長。好物は沢庵漬け

三浦亜衣里みうらあいり:高校二年生、天文部部長。好物は生クリームたっぷりのパンケーキ

宇都宮うつのみや:高校三年生、天文部前部長。好物はハムエッグ

韮崎にらさき:敬悟のクラス担任。好物は納豆


敬悟の家族

・父親:警察官。好物は富○そばのかき揚げそば

・母親:弁当屋勤務。好物はゴマドレッシング

・姉:大学二年。好物は日本酒

・妹:中学三年。好物はシチュー


片桐美羽かたぎりみう:二十五年後の未来からやってきた、瑞音と義隆の娘。好物はハンバーグ

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