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1-3

 北条に連れられて、僕はオカルト同好会が活動拠点としている部屋にやってきた。元は倉庫だったらしいのだが、もし目隠しで連れてこられたら高校の一室だとは気づかないほどに魔改造がなされていた。四方の壁はホラーやSFの映画ポスターで埋め尽くされ、グロテスクな写真が表紙になっている書籍が所狭しと積み重ねられている。暗幕で外光は完全に遮られ、部屋の唯一の明かりといえば、室内中央に置かれたドクロの形をしたおどろおどろしいランプだけだった。

 僕はランプを指差した。「駄目でしょ、さすがにこれは。倒れたら火事になりかねない」

「大丈夫ですよ、火と見せかけて、実はLEDですから。……そんなことよりも生徒会の人」北条がぐいっとメガネのブリッジを指で押し上げ、声を潜めて言った。「どうか、僕にあのクレーターを調べさせてください」

「クレー……ター」

 北条が何を言っているのか、すぐに理解した。

 今日の朝、突如グラウンドに現れた大きな窪みのことだ。昨日の夕方、サッカー部が部活を終えるまではなんの変哲もない普通のグラウンドだったのに、今朝、野球部が朝練に来てみると、グラウンドの約半分の大きさもあるクレーターを発見したのだ。学校中てんやわんやの大騒ぎで、警察まで出動するほどだった。そのため、今日の午前中の授業は全部自習に変わった。当然、生徒たちの間でもクレーターの話題で持ちきりだった。あれは一体何だろうか? と。ところが放課後までに、大半の生徒たちは、クレーターよりも今は文化祭準備のほうが大切だ、という結論に至り、ようやく落ち着きが戻ってきたのだが、まだ気にしている奴がいたとは。

「そんなこと言われても……、教師や警察に任せておけばいいんじゃない?」

 クレーターなんてどう考えても僕ら一般的な高校生の手には余る事案だ。なんだかんだ言って日本の警察は高校生探偵や超能力捜査官を必要としない程度には優秀だ。彼らに任せておけば、しかるべき機関と連携してよしなにやってくれるだろう。僕らがしゃしゃり出ても話をややこしくするだけだ。

 しかし、北条は毅然とした様子で言った。「それじゃあ駄目です。警察なんて国家機関に任せられません」

「どうして?」少しイラっとして、僕はきつめの口調で問うた。

 北条はすぐさま言い返してきた。「そんなの、証拠が隠蔽されるに決まっているからです!」

「隠蔽? 何の?」

「もちろん、地球外知的生命体の痕跡に決まっているでしょ! あのクレーターはUFOの着陸痕なんです」

「……はい?」

 北条の言葉に反応するのに、十秒ほど掛かってしまった。

 地球外生命体? UFO?

 そりゃ、広大な宇宙空間に知性を持った生命が地球人だけとは限らない、と思っているし、空に何か得体の知れないものが飛んでいる可能性も否定はできないけど……。

「ないない。それはない」

 と言いながら、僕は顔の前で手を振った。

「どうしてそんなことが言い切れるんですか、生徒会の人!」北条は近くにあった『実録・世界の未確認物体』というタイトルが矛盾しているような本を持ち上げ、興奮気味にページを捲り、とあるページを僕の前に差し出した。「ほら、世界中には突如現れる不思議なサークルやクレーターの話がこんなにたくさんあるんです。そしてそこでは必ずと言っていいほどUFOが目撃されているんです」

 北条の顔がぐっと近づいてくる。荒い鼻息が僕の唇に当たり、思わず一歩退いた。

「そして、政府はUFOの秘密をひた隠しにしていることは周知の事実です」

 いや、そんな事実は知らない、と言ったら、北条に唇を噛み切られかねないので、「はあ」と相づちを打つしかなかった。

「ですから、あのクレーターは僕たちで調べないといけないんです」

「北条くんのクレーターを調べたいっていう、強い気持ちはわかったけど、どうしてそれを僕に頼むの?」

 どうしても調べたかったら、教師に直談判すればいい。一蹴されると思うけど。

 すると北条は首を振った。「僕は別にあなたに頼んでいるわけじゃないです。生徒会……会長、副会長ならきっと何とかしてくれるはずだと」

 僕は心の中で大きなため息をついた。幾多の道理を押し曲げて数々の伝説を作り上げてきた『最強の生徒会』という肩書きも、ここまでくるともはや信仰の世界だ。瑞音と義隆は迷える民衆を救う救世主か!

「文化祭の準備で手一杯だから、そんなことやっている暇なんてない」と、言いかけて、僕の口は止まってしまった。

 分厚いレンズの奥から、北条の狂気すら感じる力強い視線が僕へ向けられていた。

 なんとかしてみるよ、とでも言わない限り、ここから出してもらえなさそうだ。

「……わかった、わかった。瑞音に相談するだけしてみるよ」

「ありがとうございます、生徒会の人!」

 北条が嬉しさのあまり、その場で小躍りを始めた。

「本当に調べられるかどうか、保証はしないからね。……ちなみに僕の名前は八川だから」

 僕は携帯を取り出し、瑞音に電話を掛けた。

『何それ、面白そう!』

 北条に譲歩した時点で僕の敗北は決まっていたのだろう。瑞音に北条とのやり取りをかいつまんで説明したあとの彼女の一声を聞いて、それを確信した。

「ちょっと待ってよ、瑞音。クレーターの調査なんて無理に決まってるでしょ、まだ警察が調べてるんだし。そもそも交渉している時間なんて割けないよ。どれだけ仕事が溜まっていると思ってるの?」

 僕は抵抗してみたものの、瑞音は聞く耳を持たない。

『それがどうしたっていうの。その……北条克己くんだっけ? その子の真剣な気持ちに応えられなくて何が生徒会よ』

「いや、そうは言っても……」

『大丈夫、わたしたちに不可能なんてないし! ……それに何だか面白そうじゃない』

 面白そう、という理由だけで決めてもらっては困る。物事には道理と順序というものがある。しかし、詳しい話を聞きたいから、そっちへ行く、と瑞音に言われ、一方的に電話は切られてしまった。


 てっきり、瑞音だけが来るのかと思ったら、それ以外にも連れがいた。

 オカルト同好会の根城に入ってきた瑞音のあとに続いて、義隆も入ってきた。更に二人の男女が姿を現した。

「ど、どうして、お前がここにいる!」

 彼らが入ってくるなり、表情を強張らせた北条が叫び、震える指で二人の男女を指差した。女子生徒は長い巻毛を明るい茶色に染め、化粧もバッチリ決めた、『イケてる女子高生風』(僕主観)だが、それとは似合わないところどころ煤けた白衣を着ていた。一方、男子生徒もファッション雑誌に出てきそうな背の高いイケメンで、彼女に寄り添うように立っていた。女子生徒の名前はわからないが、男子生徒は、義隆と同じクラスの宇都宮という名前だ。

「あたしがいちゃ駄目なの?」

 北条に指差されたイケてる女子高生がトゲのある声で言った。

「当たり前だ。ここはお前のような堕落した人間が入っていい場所じゃない」北条が言い返す。

「何を! この陰険メガネ!」

「やめないか、亜衣里」

 傍らに立っていた宇都宮が、女子生徒をたしなめる。

「で、でもあいつが……」宇都宮に振り返った女子生徒の声が一転、甘えたようになった。

「えっ、えっと……」

 話に付いていけず、助けを求めるように僕は瑞音と義隆の顔を見た。

「こいつは、宇都宮、で……か……彼女が」説明を始めた義隆だったが、明らかに声が緊張で震えていた。「に、二年生の……三浦……あ、亜衣里……さん。て、天文部の、ぶ、部長だ」

「何緊張してるのよ」

 瑞音が義隆のくるぶし辺りを足蹴りした。

「痛っ、何しやがる」

 途端に喧嘩調で義隆が瑞音に向かって文句を垂れた。

 義隆の女子への苦手意識は健在のようだ。彼は家族以外の同年代の女の子を目の前にすると、異常に緊張して、熊のような巨体がリスのようにブルブルと震えてしまうのだ。さすがにうぶ過ぎだろう、と思ってしまう。そんな義隆だが、瑞音の前では平気なのだ。本人曰く「あいつとは付き合いが長すぎて、異性だとは思えん」だそうだ。

 しどろもどろの義隆を見かねた瑞音があとを続けた。「天文部もグラウンドのクレーターを調査したいって、この二人がちょうど義くんに頼んでたところに、ばったり出くわしたの」

 宇都宮と三浦が揃ってこくりと肯いた。すると、北条が大声で叫んだ。

「な、なんだと! さては三浦、俺の調査の邪魔をしたいんだな。この、ペンタゴンの手先め!」

「何訳わかんないこと言ってるの? このキモオタ!」

「なんだと、ビッチめ!」

「お、落ち着いて二人とも」僕は睨み合う北条と三浦の間に割って入った。「えっと、何なの、この二人?」

 三浦の肩に手を添えた宇都宮が困ったような表情を浮かべて教えてくれた。「亜衣里……三浦さんと、北条くんは保育園以来からの幼馴染だそうなんだけど、とにかく二人は仲が悪くて、会うたびにこんな感じなんだ」

 なるほど。そして、宇都宮は雰囲気から察するに、三浦の彼氏のようだ。……ちっ、リア充め、爆発しろ。

 このまま放っておくと、いつまでたっても話が進まないので、個人的な嫉妬は一旦忘れて、僕はなんとか先を促す。「えっと……、それで宇都宮くんと三浦さん。天文部はどうしてクレーターを調査したいと?」

「あのクレーターは間違いなく隕石の落下痕です。隕石なんてめったに見られないじゃないですか。だから、ちゃんと調査してみたいんです」

 そう語る三浦の表情は北条に向けた怒ったものでもなく、宇都宮に見せた甘えたものでもなく、純粋な好奇心に駆られたような、興奮と真剣さが入り混じっていた。

「はっ? 隕石? そんなわけないだろ! あれはUFOの着陸痕だ。間違いない」

 北条が当然のように突っかかって来た。僕はオカルト方面も天文学もそれほど詳しいわけではないけど、あのクレーターを見て、百人中九十九人はUFOよりも隕石落下を想像するだろう。

 しかし北条は続ける。「隕石落下だったら、もっと大きな音がしたはずだ。でも、今日一日高校近辺の住人に話を訊いてまわったけど、誰一人大きな音を耳にした人はいなかった」

 今日一日? あれ、授業は? 半分自習だったとはいえ、外を勝手に出歩いちゃ駄目だろ。なんて言ったら、余計話が収拾つかなくなりそうなので黙っておいた。

「なるほど……」

 瑞音がおもむろに口を開いた。その瞬間、僕は身構える。

「UFOによるものなのか、隕石によるものなのかはっきりさせるために、克己くんも亜衣里さんも、あのクレーターを調べたいわけね」

 突然瑞音にファーストネームで呼ばれて、一瞬面食らった二人だがすぐに揃って頷いた。

「ま……まあ」「そんなところです」

「で、クレーターの調査するために敬くんは先生の許可が必要だって言うのね?」

 今度は僕に振ってきた。ややあって僕は答えた。

「うん。警察も関わっているし、勝手に立ち入るわけにはいかないだろ」

「そうね」と、瑞音は一度相槌を打ってから、いきなり僕に向かって言った。「じゃ、敬くんよろしく」

 ほら来た! 予想したとおりだ! さっきの佐竹による開会式の話と同じ展開。面倒くさい仕事は全部僕に押し付けられる。

「だから、そんなこと言われても。まだ警察も調査しているみたいだし、無理だと思うよ」

 と、一応抵抗してみるが、おそらく友人の宇都宮に頭を下げられたのだろう、頼まれたら嫌と言えない義隆が突き放してきた。

「聞いてみなきゃわかんねえだろ、頼んだぞ敬悟」

 瑞音と義隆の意見が一致している状態では、何を言っても無駄だ。僕は従うしかなかった。

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