4-5
美羽は一旦生徒会室に行かせて、僕は事件が起こった教室へ直行した。
二日目の準備のために早めに登校していた生徒たちが事件のことを聞きつけたようで、廊下にまで人が溢れていた。僕は人垣を押し分けて、教室に入る。そこには昨日見た壮麗で精緻な未来都市の姿はなく、ビルや道路だったものが無残に破壊され散らばっていた。
作りが甘くて自然に壊れたのではない、人為であることは明らかだった。
教室内には、壊れたジオラマを呆然と見下ろしている男子生徒や、部屋の隅でしゃがみこんですすり泣いている女子生徒たちの姿が見えた。
その一角に小田と、彼に寄り添うように義隆もいた。二人は共に両腕を組んで、睨みつけるように残骸を見下ろしていた。
僕は二人のもとに近寄った。
「な、何があったの?」
「さあな」義隆は残骸を見つめたまま言った。「俺が学校に来た時はもう騒ぎになっててな、……で、来てみたらこれだ」
「昨日帰るときまでは、こんなことになってなかった」
小田が唇を噛んだ。握り締めた拳もわずかに震えている。制作に関われた時間はわずかだったかもしれないが、それでも自分たちが作ったものを壊されたことに、怒っているのだ。
「夜のうちに誰かが壊したってこと? でも誰が?」
「昨日俺たちが帰ったのは、夜の八時頃だったな」
「うん」と、義隆の質問に首肯した。オカルト同好会や天文部が撤収したのがそのくらいで、僕らもほぼ同時に学校を出た。
僕は続けて言った。「でも、その頃はまだ無事だったよ。帰る前に誰か残っていないか一通り校舎を確認したから。もし壊れていたらその時に気づいたと思う」
突然、ぎろりと義隆が睨みつけてきた。
「違う違う」僕は慌てて首を振った。「ぼ、僕がそんなことするわけないでしょ」
「わかってる、それくらい」義隆は破壊されたジオラマに視線を戻した。「じゃあ、壊されたのはそのあとか」
「だとすると……」
僕は教室の窓から見える部室棟へ視線を向けた。
「な、なんで、俺たちはここに呼ばれたんです?」
教室の中心でクラスの生徒たちに囲まれたコンピュータ部の四つ子もどきは、ハムスターのように体を震わせていた。
義隆が一歩前に出た。熊のような大男を前にして、彼らは今にも腰を抜かしそうだった。
「ちょっとお前らから話を訊きたいんだ、こいつのことで」義隆が親指でジオラマの残骸を差した。「お前たち、昨日の夜はずっと学校にいたんだろ」
「そ、そうですけど。……も、もしかして俺たちがこれを壊したと、疑われてるんですか!」彼らは一斉に目を丸くして、激しく首と両手を振った。「ち、違います。俺たちそんなことはしてませんよ。信じてください」
義隆は黙って四人の顔を見下ろしていた。彼らの顔からさーっと血の気が引いていく。
「ちょっと義隆、誤解させるようなことしないでよ」
僕は義隆に近づいて注意する。
「悪いな、つい癖で」
義隆は後頭部をボリボリと掻いた。
「癖ってなんだよ、癖って」
まあ小田の時のようにいきなり手を出さないだけましかと思いながら、僕はコンピュータ部に向き直った。
「別に僕たちは君たちを疑ってるわけじゃないから。ちょっと話を訊きたいだけ」
僕の言葉に、四人はほっと安堵の表情を見せた。
「君たち昨日ずっと学校にいて、何か不審なことに気づかなかった?」
彼らを含め、文化祭の準備にどれほど労力をかけてきたか理解している学校内の誰かが犯人だとはさすがに思いたくなかった。それに、昨日は夜の部があったため、学校の施錠は緩かった可能性がある。だとすると、何者かが侵入しようと思えばできたかもしれない。
「不審なこと?」
僕の質問に四人は顔を見合わせた。それから、四人の中の一人が声をあげた。
「ああ、そう言えば、深夜に廊下から人の声が聞こえたような」
「あ、言われてみれば」「たしかに」「学校には僕たちしかいないって聞いていたから不思議に思ったような」
残りの三人も同意するように頷いた。
「あれは何時頃だった?」「えっと、丁度、十三話のミグちゃんが復活したブラッククイーンと対決するシーンが映ってたから……」「そうだそうだ、じゃあ午後十一時頃か」「声は気になったけど、続きの方が気になったし、あの時は無視したっけ」
こいつら結局夜通しでアニメを見てたんじゃないのか? という些細な疑惑は、今は忘れて、僕は質問を続けた。
「その、夜に聞こえた声ってどんなふうだった?」
「ええっと、複数の声があったはず」「そうだそうだ」「笑い声も混じってた」「そうそう、ブラッククイーンの高笑いとちょうど被ってた」
侵入者は複数人、というわけか。一人で教室一面に広がるジオラマを徹底的に破壊するのも大変だろうから、そいつらが凶行に及んだ可能性は極めて高い。
「思い出せる単語か何かは?」
「確か、えっと……『小田の教室はこっちだ……』」
コンピュータ部がそう口にした瞬間、教室で僕たちのやり取りを見守っていた生徒たちの視線が一斉に、教室の隅に無言で佇んでいた小田に向けられた。
自身に向けられた厳しい視線に気づいた小田が顔を上げた。
「な、なんだお前ら」
生徒たちは無言のままだった。小田は異様なプレッシャーを感じたのか、一歩退いた。
「ま、まさか俺がこれをしたって思っているのか」
小田が教室にいるクラスの生徒たちと、廊下に集まる人だかりを見渡すと、彼らは黙ったままさっと目を伏せた。
「おい、冗談だろ。俺だってこれを作るの手伝ったんだぞ」
今度は震える声で言った。
すると、ついにクラス生徒の中から声がした。
「手伝っだったって言っても、ほんの少しじゃないか」
続いて別の声がした。
「俺たちのこと、これまで散々見下してたくせに、今更仲間面か?」
「どうせ腹立ち紛れか何かで、俺たちのことを困らせようとしたんだろ。やっぱりどうしようもない不良だな」
一旦疑惑が顔を覗かせると、それは一気に溢れ出し、教室を覆っていった。
「そ、そんな違う、俺じゃない」
小田は苦しそうな声で否定するが、その言葉は誰にも届いていないようだった。ある者は軽蔑の眼差しを向け、ある者ははばかることなく非難の言葉を口に出した。
「おい、お前たち!」
騒がしくなる人だかりに向かって、義隆が大声で叫ぶと、一瞬にして教室は静まり返った。
「よくもまあ、そんな簡単に人を疑えるな」
義隆の怒気を含んだ声に、教室に集まっていた生徒たちはひるんだ様子を見せていたが、しばらくして、人だかりの中から声が聞こえた。
「……そんなこと言われても、コンピュータ部の連中が『小田』だって」
名指しされた四つ子もどきは「ひっ」と、小さく悲鳴をあげた。
「いや、それは……」僕が、それは小田が犯人だと言ったわけじゃない。と口を挟もうとしたが、義隆のガラスすら震わせるような大音声にかき消されてしまった。
「短くても、一緒に作った仲間だろ。もっと信じてやれ! それにこいつは弟のために……」
「もういい、副会長」小田が義隆を止めた。その声はこの前始めて小田と言葉を交わした時のように、刺々しかった。「俺が間違ってたんだ。こいつらを一瞬でも信じた俺が」
小田が教室の出口に向かって歩き出した。義隆がとっさに彼の腕を掴んだ。「おい待てよ」
「やめろ、離せ……」
小田が義隆の手を振りほどこうとした時、
「うわっ、こりゃ凄いことになってるわ」
場違いと思えるほどトーンの高い声が聞こえたかと思うと、廊下の人だかりの足を器用に避けながら、一人の童女……瑞音が姿を現した。「ちっ」と小さく舌打ちする音が、義隆から聞こえた。
「なにこの様子? もしかして修羅場の真っ最中?」
と、実にあっけらかんとした声で言いながら、瑞音はキョロキョロと教室を見渡し、僕のところに近づいてきた。
「敬くん、今どういう状況?」
「えっと……」
僕はかいつまんで状況を説明した。コンピュータ部から聞いた話、小田が犯人として疑われていること。それらを話していくうちに瑞音は徐々に顔を険しくしていった。
全部話し終えると、瑞音は「フン」と鼻で笑った。そして、教室の真ん中に立って一言、
「あなたたち、馬鹿なの」
その言葉に、教室にいた人たち、僕も含めて、ただポカンと呆けた表情を浮かべるしかなかった。
瑞音は人だかりに向かって指差す。「あなたたちも」
次に指は小田に向けられる。「あなたも」
それから義隆を通り過ぎて、最後に僕にも向けられた。「あなたも」
「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし一回死んでみる? 一度は経験してみるといいわよ、臨死体験。本当に人生変わるから」瑞音はゆっくりと教室を見渡していった。「犯人探し? 今はどうでもいいでしょそんなこと。それよりもこの状況で文化祭二日目をどう乗り切るか、そっちを考えることの方が重要。裁判ごっこなら文化祭が終わった後でいくらでもどうぞ」
瑞音の言葉は苛烈だったが、僕も含めて目から鱗が落ちる思いがした。多くの人たちがそう感じたのだろう、人だかりから、「たしかに」「会長の言う通り」と声が出始めた。
「そう思うなら、さっさと準備を始める!」
瑞音がパチンと両手を叩くと、それを固まった時間が動き始める合図とするように、小田のクラスメイトたちは壊れたジオラマに集まり、廊下にいた野次馬もそれぞれの持ち場に戻っていった。
瑞音はその場に残された、僕と義隆、それに小田のところに戻ってきた。瑞音と義隆が目を合わせた瞬間、さっと二人はお互い目を逸らした。この状況でもまだ戦闘状態は継続中らしい。
「さて、真人くん」
小田はびくりと肩を震わせいた。「な、なんだ」
「コンピュータ部が話していた、複数人の侵入者に心当たりはある?」
「そ、そんなこと言われても、わからねえ」小田は首を振った。
「じゃあ敬くんは?」
今度は僕に振られた。一瞬言うべきか悩んだが、口を開いた。
「あくまで推論だけど……」
「それでも構わない」
瑞音と義隆の顔を見た。「まず最初に断っておくけど、さっき瑞音は犯人探しなんて後回しでいいって言ったね?」
「ええ、言った」瑞音は頷いた。
「義隆もそう思う?」
義隆は顔をしかめたが、ややあって軽く頷いた。
二人からの返事に満足して僕も頷いた。「じゃあ言うけど、小田くんには学外でつるんでる『仲間』たちがいるって話だったね。僕も少しだけ見たことがあるけど。彼らと最後に会ったのは?」
「こ……この前の水曜だ。会長に言われて、もうお前たちとは別れるって伝えにいったんだ」
と言って、小田はかさぶたができた頬の擦り傷をさすった。
「……その時の様子は?」
「一悶着あって、結局逃げだす形になっちまったな」小田は突然はっと顔を上げた。「もしかして、ジオラマを壊した連中って」
「多分ね。かつての『仲間』たちは抜け出そうとした小田くんに嫌がらせしてやろうと思ったんじゃないかな。それに彼ら、昨日の昼にも校門の前に来てたみたいだし。……もちろん確証はないけど」
「俺が抜け出した制裁だっていうのか? じゃあやっぱり、これは俺のせいなのか! くそっ、あいつらめ」
小田はそう叫ぶや否や、駆け出そうとした。僕は慌てて小田の腕を掴んだ。
「待って、確証はないし。それよりも今は……って、あれ?」
僕は違和感に気づいて周りを見渡す。
すると、小田が言った。「そういや、会長と副会長はどこへ行った?」
「しまった!」
教室内はもちろん、廊下に出て周り見渡しても瑞音と義隆の姿はなかった。
小田に気を取られて、二人の行動を見逃してしまった!
「どこへ行ったんだ、あの二人?」
僕のあとに続いて廊下に出た小田からの問いに、僕は大きなため息で答えた。
「はぁっ……。君のかつての『仲間』を探しに行ったんだよ」
「な、何言ってんだ?」
僕はうんざりした気持ちを隠すことなく答えた。「言葉通りの意味だよ。我らが正山高校の絶対守護神たる生徒会長様と副会長様は、このクラスに代わって、小田くんのかつての『仲間』たちに天誅を下しに行ったんだ」
「なんで? なんであいつらがそんなことする?」
「なんでって言われても……、それが瑞音と義隆だから、としか答えられないよ」
自分から犯人探しは後回しだと周りを説得しておきながら、更に僕も事前に念を押していたのに、一度彼らの『正義』に火がついたら最後、何もかも捨て置いて行動を始めるのだ。中学時代に僕を助けてくれたことや、高校一年生の生徒会クーデターと同じだ。あの頃からまったく変わっていない。本当に困った二人だ。
小田はしばらく焦点が定まっていないような目つきで窓の外を見ていたが、突然廊下を歩きだした。
僕は再び小田の腕を掴んで引き止める。「だから行っちゃ駄目だって」
「あいつらにやらせるわけにはいかないだろ。これは俺の問題だ」
と言って、小田は僕を振り払おうとするが、そうはさせまいと必死にしがみつく。
「小田くんが今やらなきゃいけないのは、そんなことじゃないでしょ」
「他に何があるっていうんだ?」小田が睨んできた。
これ以上話をこじれさせるわけにはいかない。僕は負けじと言い返した。「あるよ、あの教室の中に」
「生徒会、お前も聞いただろ、あいつらが本音では俺のことをどう思っているのか。そんな奴らのために俺は何をしろと?」
「クラスのみんながそう思うのはある程度しかたがないよ、これまで小田くんはそう思われても文句を言えない態度を取ってきたんだから」
残酷かとも思ったが、今は自分の立場を理解すべきだと思い、正直に伝えることにした。事実、小田の顔が苦しげにゆがんだ。
僕は言葉と継いだ。「これはすぐにどうこうなるものじゃなくてさ、ある程度時間をかけて修正していく必要があると思うんだ。でもここで逃げたら本当に終わりだよ」
「べ、別に逃げてるわけじゃねえ。お、俺はクラスの努力の成果を壊した連中に落とし前をつけに行くだけだ」
僕は首を振る。「違うよそれは。自分を窮地に追いやった昔の『仲間』たちへ恨みを晴らそうとしているだけだよ」
「じゃあ、会長と副会長はなんだ? あいつらは恨みを晴らすとは違うのか?」
「本人たちに言わせれば正義を成すためだなんて言うんだろうけど、僕から言わせれば似たようなものだ。だから僕だって本当は今すぐにでも二人を追いかけてやめさせたいよ。でもまずは、少し落ちつこう」
僕はじっと小田の返事を待った。
小田は無言で唇を噛んでいたが、しばらくして、だいぶトーンの下がった声で言った。
「……俺は、何をすればいい」
僕は努めて明るい声で言った。「もちろん、クラスを手伝うんだ」
「それは……キツイな」
「僕も一緒に頭でもなんでも下げるからさ」
数秒ほどの間があって、小田はゆっくりと頷いた。「……わかった。生徒会、お前の言うとおりにする」
「よし、決まりだ」
こういう時は勢いが肝心だ。僕は小田を連れて大股歩きで教室に踏み込んだが、室内の光景を見た瞬間、足が止まってしまった。生徒たちはまだ壊れたジオラマの前で立ちつくしていた。
「これを、今更どうしろって言われてもなあ……」「修復なんて、無理でしょ」
そんな囁き声が教室のあちこちから聞こえてきた。世界の終焉を目の当たりにしたかのように、みな意気消沈し、重苦しい空気に包まれていた。無理もない、何ヶ月もかけて作りあげた模型だ、彼らの喪失感は計り知れない。
小田のこともあるが、このクラスの状況もなんとかしないといけない、と思ったその時、背後から美羽の声がした。
「あっ、おじさん。まだこんなところにいた」
「美羽……。どうした?」
「どうしたって……」美羽はふと僕の隣にいる小田を見上げた。「あっ、将軍さん。おはようございます」
軍隊敬礼する美羽の姿に、小田が首を傾げた。「将軍? 俺が?」
「ああ気にしないで」僕はとっさに口を挟んだ。「人に変わった呼び名を付けるのが彼女のマイブームらしいんだ。これだから中二病は」
「誰が中二病よ」美羽が口を尖らせた。「それよりおじさん、生徒会室の方が、お母さんもお父さんもおじさんもいなくて、てんやわんやな状況なんだけど。教頭先生まで管理がなっとらんって、怒鳴り込んでくるし」
眩暈と頭痛がした。本当に休めばよかったと強く後悔する。
「……こっちもいろいろあってさ」
「うわ、これね」美羽は教室に広がるジオラマの無残な姿に目を向けた。「生徒会室でも噂になってたよ。昨日はもっと格好良かったのに。……なんだか未来の都市みたい」
「その残骸だけどね」僕は苦笑いする。
「違うよおじさん、正にこれこそ未来の都市、あたしの時代の街だよ」と、美羽ははっきりと言った。
「おい美羽。ここで、そういう夢のないことは言わないでよ」
「うわっ、おじさんの口から夢なんて前向きの単語が出るなんて、珍しい」
「あのなあ……」
僕は周りからどれだけネガティブ思考な人間だと見られているのだろう?
「まっ、冗談はさておき。……でも事実なんだからしようがないでしょ。あたしが本来住んでる時代は、戦争が終わってまだ日が浅くて、復興も始まったばかりでさ。大都市って大体こんな感じなんだよね」
こんなところで文字通り夢も希望もないディストピア話を聞かされた驚きもあったが、それよりも僕の頭の中では、突如、ある一つの案が浮かび上がった。
うまくいくかどうかはわからない。場を仕切るリーダーの力量に大きく左右されるだろう。こういう時こそ瑞音や義隆の出番なのだが、二人とも現在暴走中だ。他に誰か適任者はいるだろうか?
教室を見渡す。僕の視線はクラスの生徒たち、それから小田を通り過ぎ、最後に美羽の前で止まった。
開会式の代役をこなし、野球部とサッカー部の乱闘を止めた彼女ならば……。
「美羽、少し手伝ってくれないか?」
「オッケー。どんっと、あたしに任せなさい」と言って、美羽は自身の胸元を軽く叩いた。
「えっと……まだ、何を頼むか言ってないけど?」
さすがに安請け合いが過ぎるだろ、と思っていると、美羽はふっと頬を緩ませた。
「おじさんの頼みなら大丈夫だよ。そもそも、おじさんを信用してなかったら、あたし、こんなところにいないし」
その一言に、じんと胸が震えた。嬉しいことを言ってくれる。ならば美羽が未来の僕を信じてタイムマシンに乗ったように、未来の僕が美羽を信頼してここに送り込んだように、僕も美羽を信用して任せることにしよう。
僕はひらめいた案を美羽に伝えた。
「うん、面白そうじゃない。多分なんとかできると思う」
美羽の反応は上々だった。
次に、僕らのすぐ傍にいた小田に声を掛けた。「小田くん、弟さんは今どこに?」
「慎二か……? 文化祭が始まるまで、中庭にいるって言ってたけどな」
「すぐに呼んできてくれないかな」
僕の発言に、小田は不審そうな表情を浮かべたが、「わかった」と言って、教室を出て行った。
僕は美羽の肩を叩いた。美羽は力強く頷くと、ジオラマの残骸の前で気力を失った生徒たちに向かって、威勢よく声を掛けた。
「はいみなさん、注目してください!」
生徒たちが一斉に美羽に視線を向けた。「あっ」と、すぐに声があがった。開会式の時に開会宣言した子だと気づいたようだ。
「あたし、生徒会の代理みたいなものです」
美羽がちらりと時計を見る。ちょうど文化祭の二日目が始まる時刻だった。続いて廊下に目をやると、既に客が何人か廊下を歩いていた。彼らにも美羽は声を掛ける。
「お客さん、もしよろしければこっちに来ませんか?」
美羽の近くにいた男子生徒が不快そうに言った。「おい、何勝手に言ってんだ。客に見せられるような状況じゃないんだぞ!」
美羽はにっこりと男子生徒に微笑みかけた。「大丈夫、大丈夫」
「何が大丈夫だ!」
しかし、そんな物々しい雰囲気に逆に興味をそそられたらしい、他高校の制服を着た三人組の男子生徒が教室を覗き込んできた。
「こほん」と、美羽はわざとらしく咳払いすると、堂々と宣言した。
「じゃあ、これより第一回未来都市復興会議を開催するよー!」
※ ※ ※
慎二の居る中庭に向かう途中、俺の心の中はずっともやもやしていた。俺を窮地に追いやったかつての『仲間』が恨めしい。それ以上に、クラスの連中を憎らしく思った。
クラスの連中も生徒会の奴らも信用するんじゃなかった、俺に対する非難が始まった時はそう思った。
でも、あの猫背の生徒会……名前は何だったか、あいつの言う通りだ。俺がそう簡単にあいつらを信用できなかったと同時に、クラスの連中もすぐには俺を信用できていない。今はまだ信頼を築いている途上なのだ。
そんな自明のことをすっかり忘れて、クラスに受け入れられたと、一人はしゃいでいた自分が恥ずかしい。
中庭の片隅で慎二が数名の女子生徒に囲まれているのを見つけた。
「やだ可愛い!」「お持ち帰りしたい!」
そんな黄色い声が聞こえてきた。傍から見れば、女子にちやほやされている羨ましい光景なのだが、弟は怯えたような表情を浮かべていた。自分より年上の人間に話しかけられることに、条件反射的に恐怖を感じているのだ。
俺は慎二たちのところに近づいた。女子生徒たちを一睨みしてやると、彼女たちは青ざめた表情でそそくさと逃げていった。
走り寄ってきた弟は俺の腰にぎゅっと捕まった。
「独りにさせて悪かったな。……行くぞ」
弟を連れて昇降口まで戻ったところで、足が止まってしまった。クラスへ戻るべきか、それともこのまま慎二を連れて学校を出てしまうか……。もう一度連中に頭を下げることにまだ抵抗があった。
「……兄ちゃん?」
弟が寂しげな表情で見上げてきた。
……これは俺だけの問題じゃない、弟のためでもあるんだ。
俺は一度深呼吸すると、腹を決め、校舎に入った。
教室に戻ってくると、雰囲気が様変わりしていた。教室内にはクラスの生徒たちに入り混じって、学外の生徒や慎二と同じくらいの子どもたち、それに中年の親父たちが大きな輪を作っていたのだ。
「な、なんだこれは?」
俺がいない間に何が起こったっていうんだ?
唖然としながらも、慎二と一緒に教室に足を踏み入れた。周りを見渡したが、猫背の生徒会の姿はなかった。
すると突然、輪の中心から聞き覚えのある女の声がした。
「じゃあ、次の班だけど……」
なんと、猫背の生徒会の親戚、美羽とかいう女がクラスを取り仕切っていたのだ。
「はい、あなたと彼女とこの子と……」美羽の目が俺に向けられた。「将軍……じゃなかった、真人さん」
「な、何のことだ?」
目を丸くして、采配を振るう女に向かって訊いた。
「だから、班分け。これから班ごとに手分けして、ジオラマを修復……いいえ、作り直していくの」
「な、なに?」
まだ事情が理解できず戸惑っていると、不意に男の不快な声がした。
「なっ、なんであいつと俺が一緒なんだよ。勘弁してくれ」
先ほど真っ先に俺を非難した男子生徒だった。
「さっき、参加は自由、班分けはランダムでいいってみんな同意したでしょ」
「そ、そうだけどよ……。でも小田は……」
話の流れはよくわからないが、どうやら俺はあの男子生徒と一緒にジオラマを直すことになったらしい。
未だ俺がジオラマを壊していると思っている男子生徒は当然俺と組むなんて嫌だろう。
俺だってそんな風に思われながら手伝うだなんて我慢できない。
でもそれも、さっきまでの話だ。……慎二が見ているんだ。
俺は一歩前に出て、男子生徒と生徒会の親戚を交互に見ながらはっきりと言ってやった。
「俺は何をすればいい? どんなことでも手伝うぞ」
美羽は満足そうに頷くと、ぐるりと教室を見渡した。
「それじゃあ、次の班は……」




