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2-2

 一通り挨拶が終わったところで、タイミングを見計らったかのように、生徒会室のドアが大きな音を立てて開いた。そして、ずかずかと三人の人物が入ってきた。オカルト同好会の北条、それに天文部の三浦と宇都宮だ。

「生徒会長、時間です。行きましょう!」

 と、入ってくるなり北条が声を張り上げる。

「なんで、アンタが仕切ってるのよ」三浦が北条を睨みつけ、それから瑞音に向かって、慎ましやかな声で言った。「会長さん、あんな悪趣味メガネなんか放っておいて、あたしたちと行きましょ」

「悪趣味はお前の猫被りな態度だ」

 と、ピンク色のメガネフレームの位置を整えながら、北条が言い返した。

「何よ、キモオタ!」

「何だと、ビッチ!」

 歯をむき出しで睨み合う三浦と北条はまさに犬と猿のようだ。そんな二人の後ろで、一人苦笑いを浮かべていた宇都宮が、瑞音と義隆に向かって言った。

「すまんが、頼むよ」

 しかし、頼まれた方の生徒会会長と副会長は揃って首を傾げ、

「えっと……何だっけ?」「さあな?」

 二人は顔を見合わせた。

「いや、何だっけじゃないでしょ」僕は内心呆れながら教えた。「今日の放課後、グラウンドにできたクレーターを有志で調査するんでしょ」

「ああ、そっか!」

 瑞音がパンと手を叩いた。昨日、あれだけ騒いで教頭の心に深い傷まで負わせておきながら、完全に忘れていたらしい。

「文化祭直前でしょ、忙しくて細かいことはいちいち覚えてられないのよね」

 瑞音の弁明に、義隆が「そうだな」と同意するように頷いた。

 僕は心の中で舌打ちをする。その台詞だけは僕の前で口にするのはやめてもらいたい。

「オーケイ、じゃあ行きましょ」

 瑞音が立ち上がる。そして、入り口前で待つ宇都宮たちに向かって数歩進んだところで、僕らが座っているソファーにくるりと振り返った。

「何してるの、行くよ」

「えっ、まさか僕たちも行くの?」

「当然。これは生徒会の重要な仕事なんだから、わたしたちみんなで行かなくてどうするの」

 僕と義隆は同時に目を丸くした。先生から許可を取る手伝いをしただけのはずが、クレーター調査自体が、いつの間に生徒会の仕事になったんだ。って、さっきまで忘れてたよね?

 瑞音の熱弁は続く。「突如現れたクレーター。警察は危険なものじゃないって言ってたけど、不可解なものがすぐ間近に存在していることで、生徒たちに不安を与えているはず。これは生徒会として看過できないでしょ。クレーターがUFOの仕業か、隕石によるものかわからないけど、この謎を生徒の代表たる生徒会が率先して解決すべきだと思うの、高校の平穏のために!」

「……そうか?」

 と、義隆のように冷めた反応を示す者もいたが、

「素晴らしいです、生徒会長!」「会長さん、素敵! 格好良い!」

 北条と三浦のように強く感銘を受けた者もいた。

 そして僕は、

「謎……ね」

 と、呟きながら、隣に座って一連のやりとりを興味深そうに見守っている美羽を一瞥した。

「それに、純粋に面白そうでしょ。せっかくだから間近で見たいじゃない」

 そう瑞音は付け足した。……おそらくそれが本心だろう。

「あっ、そういや」義隆が突然大声をあげて、立ち上がった。「俺、今から剣道部との文化祭のミーティングがあった。だからそっちには行けねえ」

「そう、だったらしようがないか」と、瑞音。

 義隆は宇都宮に向かって「悪いな、あとは瑞音たちに従ってくれ」と言い残して、早足で生徒会室を後にした。

 ……逃げたな、義隆!

 今日剣道部とのミーティングがないことくらい、生徒会のすべてのスケジュールを把握している僕ならすぐにわかる。

 義隆の後ろ姿を歯ぎしりしながら見つめていると、隣の美羽が耳打ちしてきた。

「あたし、お父さんについてく」

「えっ?」

「折角だから、お父さんとも話がしたいし。それにお父さんがお母さんのことどう思っているのか、訊いてみたいし」

「いやぁ、それは」

 無理じゃないかな、義隆は基本女子が苦手だし、と言い足そうとする前に、彼女はソファーから立ち上がり、小走りで生徒会室を出て行ってしまった。

「美羽ちゃんはどうしたの?」瑞音が訊いてきた。

「気にしなくていいよ」

「そう。……さっ、それじゃあ行きましょう」

「あのう」僕はおずおずと手を挙げた。「僕も色々と別の仕事が溜まってるんだけど……」

「それで?」

 立った瑞音が座る僕を威圧感ハンパない視線で見上げてきた。

「な、なんでもないです!」

 僕はすぐさま立ち上がると、意気揚々と歩き出した瑞音たちのあとに続いて、生徒会室を出た。


 昨日、韮崎に頼まれてクレーター調査の希望者を募っておいたら、オカルト同好会、天文部を含めて二十人程度がクレーターに集まってきた。話を広げた韮崎自身も居た。参加者たちはジャージーに着替え、軍手とヘルメットまで身につけ、さながら遺跡発掘隊のようないでたちで、真っ黒な土と砂利がむき出しになったクレーターの中を歩き回っていた。

 ほとんどの参加者が、たいした目的もなくただ興味本意に歩き回っている中、北条と三浦だけは別格で、塵一つ見逃すまいと、四つん這いになって食い入るように観察していた。

 そんな様子を、僕と瑞音は並んでクレーターの縁に立って見下ろしていた。

「……よくやるな」

 と呟くと、瑞音がクレーターの方へ目を向けたまま訊いてきた。

「興味ないの?」

「いや、別に興味ないわけじゃないけど……」

 事なかれ主義者の僕にだって好奇心の欠片くらいは持っている。昨日の朝、クレーターが発見された時は、何だこれは! と人並みの感想は持った。しかし、図らずも原因が判明してしまった以上、これに関してはもう興味はそそられない。

「じゃあ、敬くんはこれ、何だと思う? やっぱりUFO、それとも隕石?」

 瑞音の質問に、僕は少しだけ考えたフリをする。

「そうだなあ……何だろうな。見当もつかない」

 実はどちらでもありません、タイムマシンの到着痕です、何て言ったら、さすがの瑞音でもひっくり返るだろうな……。

「敬くん、何か考え事?」

「えっ?」

 僕は瑞音を見返した。

「心ここに在らず、って雰囲気だけど?」瑞音は一瞬だけ、校舎へ目を向けた。「もしかして、美羽ちゃんのこと?」

「あっ……」

 その一言だけで瑞音は何かを察したのだろうか、「ふーん」と何度か小さく頷いてから、さっと僕を見上げた。彼女の全てを見透かすような大きな瞳を前にして、首筋に冷や汗が一筋流れていった。妙なところで勘の働く彼女のことだ、ふとしたきっかけで僕と美羽のごまかしを見破ってしまうのではないか、と恐れた。もし、美羽の正体が瑞音にバレてしまったら、未来はどうなってしまうのか?

 下手に詮索されないよう、先手を打って何か言い返すべきだろうか。そう考えていたら、瑞音は思わぬ方向へ話を進めていった。

「まあ、しようがないわね。あの子可愛いし」

「はい?」

「それに、美羽ちゃん、ずっと敬くんにべったりだったじゃない。よっぽど仲が良いのね」

「ええっと……」

 実は昨日初めて会ったばかりです、とは口が裂けても言えない。

「そうだと思ったら、突然彼女、義くんの方へついてっちゃったから、二人の事が気になってしようがないんでしょ」

 ようやく瑞音の言わんとしている事がわかった。気になる……というのはたしかにそうだが、瑞音の思っているような『気になる』ではない。それでも、危惧していた話ではなかったので、瑞音の話に合わせることにした。

「いや、あいつは……美羽はただの親戚だし」と言って、首を振った。

「法律的には問題ないでしょ」瑞音は悪戯っぽい笑みを浮かべる。「そうかとうとう敬くんにも春が来たか。でも女の子の心は移ろいやすいから、優柔不断な態度なんて取ってると、あっという間にふらふらって、どっか行っちゃうよ」

「だから、そんなんじゃないよ」

「敬くんはそう思っていても、美羽ちゃんの気持ちはどうだろうね?」

「おいおい」

「まっ、敬くんの数少ない友人として、わたしはちゃんと応援してあげるから。ファイト!」

 と言って、瑞音は僕に向かってサムズアップする。

「数少ないは余計だ……」

 と、言いかけて僕は息を呑んだ。親指こそ力強く伸びていたのに、瑞音の顔は全く笑っていなかった。むしろ睨み付けてくるような目つきだった。その不釣り合いな様相にぞっと鳥肌が立った。

「瑞音……もしかして、怒ってる?」

「何が? わたし全然怒ってないけど」瑞音は、目尻を吊り上げたまま言った。

 いや、それを怒っていると言うんだ、と言いかけた時、突如クレーターの底から北条の叫ぶ声がした。

「な、なんだこれは!」

 瑞音やクレーターを歩き回っていた連中が一斉に北条に振り返った。そして、三浦が北条へ向かって走り出したのをきっかけに、クレーター内の全員が北条のもとへ集まっていく。

「どうしたの? 何か見つけたの?」

 瑞音は北条の方へ声を掛けた。

「せ、世紀の大発見だ!」

 と、北条の興奮した声が返ってきた。

「敬くん、何か見つけたみたい。行ってみよ」

 と言って、クレーターの坂を下り始めた瑞音からは、さっきまでのおっかない雰囲気は欠片も感じられなかった。

「……?」

 瑞音の小さな背中を目で追いながら、僕は首を傾げた。どうして突然怒ったのか、さっぱり見当もつかなかった。


 みんなから遅れて、クレーターの底に辿り着くと、そこでは再び北条と三浦の言い争いが始まっていた。

「見ろ、これを!」北条が仰々しく右手を掲げた。「これこそUFOの部品に使われた、未知の化合物だ! これは大発見だぞ」

「どう見てもただの石英結晶の欠片でしょ。馬鹿じゃない、とうとう頭のネジが全部ぶっ飛んだ?」

 と、冷ややかな口調で三浦が言った。

「これが石英にしか見えないとは、お前の目は節穴だ!」

「まあまあ、二人とも」

 二人の争いを見かねた、宇都宮が間に割って入る。

 そんな様子を唖然として見ていると、ズボンのポケットにある携帯が震えだした。電話に出ると、すぐさま義隆のイラついたような声が響いてきた。

『敬悟、ちょっと来てくれ』

「来てくれって……、何があったの?」

『いいから、すぐに来い。場所は部室棟の入り口だ』

 とだけ言い残して、電話は切れた。

「まったく、いつも一方的だな」

 電話に向かって愚痴ってから、北条たちの方へ目を向ける。宇都宮の肩越しに未だ北条と三浦の言い争いは続いていて、それに見飽きた連中は一人また一人と離れて、再びクレーターの中を歩き出していた。輪の中にいる瑞音は黙って腕を組んで、北条たちの言い争いを見守っていた。

 こっちはこっちで予断を許さないような状況だったけど、義隆と美羽の状況も心配だったので、結局部室棟へ向かうことにした。

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