月夜
満月より少し欠けた月が浮かぶ空。
中秋の名月から何日か経った日の月を眺め、ソファに座り珈琲を飲む。
ゆるゆるとカップから湯気が立ちのぼり、月に靄をかける。
それから私は手元に目を落とす。
使い古しのコーヒーカップに淹れられた珈琲と読みかけの本。
.....君は、今何をしているのだろうか。
そんなことをふと思い、私は月明かりに照らされながら両手の小指をくっつけて祈る。
”月に向かって両手の小指をつけて祈ると、恋が叶う”
どこかの雑誌に載っていたのを信じてやってみている。
どうか、どうか、君に会えますように。
それが無理なのであれば、せめて夢の中だけでも。
そう祈っていると、耳につけていたイヤホンから聞き覚えのあるピアノの旋律が聴こえだした。
―月のように 両手に光を 受けとめて どんなときも 君を照らすから―
この歌の詞のように君がそう言ってくれたらな、などとぼんやり思った後、
そんな訳がない、ある訳ない、ともう1人の自分が打ち消す。そこからとりとめも無く考えを膨らませていた。
いつの間にか少し寝ていたらしい。
ローテーブルに置いた携帯のバイブの音で目を醒ました。
画面を見ると、それは彼からの電話。
慌てて応答ボタンを押した。
「もしもし...?」
『あ、もしもし、俺だけど、起きてた?』
「うん....どうしたの?こんな時間に」
『月見たらさ、なんか君のこと思い出しちゃって、電話かけた』
私の名前には”月”という文字が入っている。だからだろうか。
思わず笑みが浮かび、それと共に彼の気まぐれなのだ、とまたもう1人の自分が冷静に言う。
『....月が、綺麗ですね』
突然無言になり、それから改まったように彼が言葉を発する。
”月が綺麗ですね”
夏目漱石の言葉。彼は、
『I love you を訳すのには月が綺麗ですね、とでも訳すのがいい』
と言った。
それを彼は知っていて言ったのだろうか....
『───おーい、聞こえてる?寝たの?』
「えっ、ま、まだ寝てないよ!何?」
『あの...さっきの、一応告白だったんだけど...答えてくれない?』
「っ...わ、私も綺麗だなって、思ってた...よ」
緊張のし過ぎで最後の言葉は絞り出すようになっていた。
こんなにいい事があっていいのか、ドッキリなのか。
ぐるぐると色んな考えが渦巻いている私の頭に
「君が好きです」
という君の言葉が真っ直ぐに響いた。
その後の会話は混乱していてあまりハッキリとは覚えていないけど
その時に見た月の美しさは、これからも忘れないだろうと思った。
―光が守ってくれるから どんなに遠く離れても―
貴方を私は思ってる。月の光の思い出と共に。
最初はCHEMISTRYさんの『月夜』のイメージの話にしようかと思いましたが、書くのが難しく(これは私の技量不足ですね)、月繋がりでゴスペラーズさんの『月光』という歌の歌詞を一部引用、そしてその曲のイメージで書かせていただきました。
ちなみに、夏目漱石が言った言葉の返しとしましては「私死んでもいいわ」(二葉亭四迷がロシア文学を訳した際にこの訳になった話から)などがあるそうです。
お気に召してくだされば幸いです。
ここまで読んで下さったあなた様、ありがとうございました!