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フリーワンライ

飢える愛はどこへ向かう

作者: 千葉 某

使用お題「三分、待てど」「ニセモノヒロイン」「ウソツキヒーロー」



 腕時計をちらりと見て、あたりを見回して。目的の人が見当たらないことにため息をついては手元の携帯に何か連絡はなかったか、そもそも待ち合わせ場所は間違いでなかったかと確認をする。そんなことを繰り返して、気が付けば私がここにたどり着いてから20分が経とうとしていた。待ち合わせ時間から少し時間がたっている。3分、待てど目的の彼は現れる気配がない。

 別に私は時間にうるさいほうではないし、たしかに自分が遅刻するのは嫌だからこうして待ち合わせ時間の15分前には最低でもたどりつくように計算してしまう女だけれど、あいにくそれを相手にまで押し付ける趣味はない。ただ、これだけ何度も携帯電話と腕時計とまわりに泳ぐ視線が止まらないのは、こんな遅刻があいつにしては珍しいから。それだけだ。

 

駅前のなにやらというえらい男の像の前に、午前10時半。ちらりと時計を見ると、そこから5分がたとうとしている。このままだとまた同じ目の動きを繰り返しそうで、私はそっと目を閉じた。


「ごめん、遅れて」

「いや、別にいいんだけど。珍しいなあと思って」

 それからほどなくして、彼は現れるなり謝り倒した。何かあったの、とさりげなくたずねてみると、彼は少し目を泳がせてから、苦笑しながらそっと顔をゆがめた。

「……妹に、どこ行くのって駄々こねられてさ。なだめてたら遅れた」

「そう」

 ごめんな、なんて悲痛な顔をする彼がかわいそうになってきて、本当に気にしないでよ、と笑いかけた。

「ほんと、早川にはいつも助けられてるよ。ありがとな、今日はなんかおごる」

「別に、助けてるつもりなんかないんだけど」

 でもそういうことなら、あとでおいしいクレープでもおごってもらおうかな、そうおどけると、任せろと彼はようやく安堵の笑みを浮かべた。

「ありがと早川、大好き」

 ちくり、胸が痛む。


 私、早川美里と彼、夏目陸は付き合い始めて今日で半年になる。

 デートは何度かした。初めてキスをしたのは2回目のデートの帰り道。初めて身体の関係を持ったのは付き合って1か月が経ったころ。それなりに穏やかに、順調に付き合いを進めている。

「きのう、ためしにから揚げ作ってみたんだけどさ。油の火加減間違えて黒こげになっちまってさ」

 料理って難しいな、と目の前を泳ぐエイを視線で追いかけながら夏目くんは笑った。

「自分で作ってるだけ夏目くんはえらいよ。私なんて、ひとりのときは面倒だからコンビニだったり食べなかったりするし」

「百歩譲ってコンビニはいいとして、食わないってどうなんだよ。倒れるぞ」

 ダイエットしてるからいいの、と強がりを返せば、彼は訝しげに私の全身を眺めた。

「やせる必要ないじゃん。女ってことあるごとに痩せたがるよな」

「だって、かわいい服はかわいく着たいもの」

「早川はもう少し太ってもいいと思うけどな。抱き心地的に」

「うるさいな」

 今日は水族館デートだった。イワシの群れや、大きなサメをぐるり、ぐるりとゆっくり歩きながら見て回る。

「ほら、ペンギンのほうが絶対抱き心地いいって」

 彼が指さす目の前でペンギンはよたよたと岩場を歩いていた。ペンギンに比べられる彼女ってどうなんだろう、と思いながら、

「そうだね、ペンギンは羽毛もあるし、きっとふわふわで気持ちいいよ」

 真顔でそう返せば、よほどツボにはまったのか、夏目くんはしばらく爆笑していた。


「ねえ早川、今日泊まっていってもいい?」

 展示もショーも存分に楽しんでから駅に戻って、クレープを食べている間に彼はふとそう尋ねた。

「……いいよ」

 私の両親はめったに家に帰ってこない。父は単身赴任で、母は主人がいないさみしさを埋めるようにほかの男のもとへ入り浸っている。そして目の前の彼もまた、数か月前にご両親を亡くしてから、2つ年下の妹とふたり暮らしをしている。外泊を怒る大人は、私たちにはいない。

「助かる」

 妹はいいの、なんて野暮なことは聞かない。ただ唇をかんだ。

「やっぱり俺は早川に助けてもらってばっかりだな」

 好きだよ。ぽつり、つぶやいた夏目くんの表情は慈愛に満ちているようで、どこか疲れている。


 数か月前、夏目くんのご両親が亡くなったころ、妹の希海ちゃんの態度がおかしくなったのだという。甘える相手をいっぺんになくして、乾いた愛情の行き先が一気に兄へと向かってしまったのだ。そして、そこに思春期という実にややこしいフィルターがかかった結果、希海ちゃんは血のつながった兄である夏目くんを男として見るようになってしまった。

『早川、助けて』

 たまたま以前から仲のよかった私に助けを求めてきたのが半年前。カモフラージュとして付き合い始めて、もう6か月がたった。特に身体の関係を持つようになってからは、こうして夏目くんの逃げ場所をつくったりもする。

 ことあるごとに、感謝と恋情を私に吐く夏目くん。その表情はいつもどこかうつろで、私を見ているようで見ていない。私だって、気づいているのだ。夏目くんが本当は誰のことを愛しているのか。

 その事実を思い知らされるたび、胸がぎゅっと悲鳴を上げる。ニセモノのヒロインには、ウソツキのヒーローがふさわしい。そんな風に誰かから責められているようで、どうしても泣きたくなってしまう。


「夏目くん」

「どうした」

「すきだよ」

「……うん、俺も。すきだよ」

 いつまでも満たされないほどに愛情を求めているのは、誰だろう。


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