雪の魔法
朝日を浴びてキラキラと光り輝く白銀の世界。この地方では珍しく雪が降ったのだ。それもたくさん。子供達は寒い中、元気に雪で遊ぶ。大人達は家の中から子供達を眺めていた。
「わぁ! でっけえ!」
大きな雪だるまを見て和哉は雪の中でピョンピョンと飛び跳ねる。雪が深くて和哉は前のめりに倒れた。バフッと音を立てて少年の体が雪に沈む。
「冷てえ!」
和哉は雪の上をゴロゴロと転がり飛び上がる。自身が寝転がった跡を見て頰を緩める。自分の印をつけているみたいで和哉は嬉しかった。
「和哉も作ろうぜ!」
大きな雪玉を転がしながら京はケラケラと笑う。京も雪に足をとられ雪玉に顔を突っ込んだ。二人の顔は雪まみれ。鼻はトナカイのように赤くなっている。
「京には負けねーからな」
「俺だって負けねーし」
二人は小さな雪玉を作る。おにぎりを作るようにギュ、ギュと丸める。そして、雪の上を転がしていく。
段々と、大きくなる雪玉。手袋をしているとはいえ、二人の手は冷え切っていた。しかし二人は寒さを感じていないのか雪玉を転がしていく。
「俺の方がでっかいだろ!」
和哉は背丈の半分ほどの雪玉を自信満々にポンと叩く。新雪でつくった雪玉は真っ白で光を反射している。
「いーや! 俺の方がでっかい!」
京も負けじと作った雪玉を見せる。大きさは二人とも同じぐらいの大きさだ。しかし、二人とも一歩も譲らない。
「んじゃあじゃんけんで決めよーぜ!」
和哉の提案に京は頷く。せーの、と二人は言い構える。
「さいしょはグー!」
「じゃんけんポン!」
和哉はグーで京はパー。じゃんけんの勝者は京だった。京はガッツポーズをして全身で喜びを表す。和哉は悔しそうに顔を歪める。京は嬉しそうにニコニコと笑う。
「和哉は上なー」
ちぇっと口を尖らせ和哉は雪玉を転がし京の雪玉の上に乗せ始めた。しかし、重くて中々上がらない。京も一緒になって和哉の雪玉を押し上げる。
「せーの!」
和哉の掛け声と共に息を合わせて力を込めた。くん、と重さがなくなる。二人は倒れそうになったが足に力を込めギリギリ堪えた。
「うわぁ!」
「すっげえ!」
二人は雪だるまを見て感嘆の声を上げた。キレイな球体とはいかなかったが手作り感満載の雪だるまが二人の前に佇んでいる。頭がずり落ちそうになった。二人は慌てて支え、雪で固めていく。
「目、何で作るー?」
「普通に考えて石だろ」
二人は雪を掻き分け、目に使う石を探す。京が掻き分けた雪が和哉にドサッとかかる。
「やったなー?」
和哉は雪を京の服の中に入れる。京の背中に入った雪は体温でゆっくりと溶けた。しびれるような冷たさに京は小さな悲鳴をあげる。バッとを脱ぎ、雪を払う。雪は溶けて液体化していた。
「ジャンバー濡れたじゃんかよー!」
京の慌てように和哉はゲラゲラと笑う。京は仕返しだと言わんばかりに和哉の服の中に雪を大量に入れる。雪の量が多いせいか中々溶けず、和哉の背中に残る。
「わっ、ちょ! つっめてえ!」
和哉も同じようにジャンバーを脱ぎバサバサと雪を払う。シャーベット状になった雪がボトボト、とキレイな雪の上に落ちる。
「仕返しだ!」
京はべっと小さく赤い舌を出す。
雪だるま作りはどこにいったのか。いつの間にか雪の掛け合いになっていた。互いにかけあい、かけられる。二人は全身ビショビショになっていた。
「……冷たい」
「……同じく」
二人は肩で息をしながらその場に座り込む。濡れて使い物にならないジャンバーを先程作った雪だるまにかけていた。厚手のトレーナー1枚という姿で二人は背中を震わせる。和哉が大きなくしゃみをすると京もそれに続くように小さなくしゃみをした。
それが面白かったのかどちらかともなく笑い出した。和哉は濡れた髪を犬のようにブルブルと降り水分を飛ばす。それを見て京はさらに笑った。
「あ、雪だるま!」
和哉の言葉に京も思い出したのかジャンバーがかけられている雪だるまに向かい走り出す。そこには変わらず雪だるまが佇んでいる。
「雪で顔作っちゃおーぜ」
二人で協力しながら雪だるまを作っていく。丸くなるように雪玉を擦り、小さな雪玉を二つ作り目を作る。近くに生えている木から二本枝を折る。枝を折ったのが近所のおじさんにバレて思い切り叱られた。このおじさんは近所でも怖いと有名なおじさんだ。5分くらい説教をされたが終わった途端二人はケラケラと笑いだす。
折った枝を雪だるまの体の部分に刺す。右に刺した枝の方が高い位置にあったが二人は全く気にしていない。
「「できたぁ!」」
和哉と京は正面から出来上がった雪だるまを見る。不恰好で酷い顔だったが二人は嬉々とした表情でハイタッチを交わす。ふと、京が雪だるまを見つめて考え込む。
「雪だるま、寒くねーのかな」
和哉も雪だるまを見つめ、同じように考え込んだ。
「寒いよなぁ」
二人は顔を見合わせてどうしたらいいか考える。あれやこれやと言い合っていたがなかなかしっくりくる案が出ない。日も傾き、あたりは薄暗くなる。先程までの明るさが嘘のようだ。二人もそろそろ家に帰らなくてはいけない。
「そうだ!」
和哉は両手につけていたミトン型の手袋を雪だるまの腕にはめた。和哉はそれを満足げに頷き京は方へ振り向く。
「これなら寒くねーだろ」
へへっと照れ笑いを浮かべ赤くなった手をポケットに入れる。京は「それなら」と肩をすくめて巻いていた黄色と青のボーダーのマフラーを雪だるまに巻いた。長さが少し足りずちゃんと負けなかったので肩にマフラーをかける。
「うし、これなら大丈夫!」
赤くなった鼻をすする。にっと歯を見せて笑い雪だるまに背を向け家へと急いだ。
「また明日なぁ!」
和哉はブンブン手を振り京に別れを告げ走り出す。ちらりと横目で見た雪だるま。少しだけ動いたように見えた。しかし気のせいだと思いすぐにまた走り出す。急がないと鍵を閉められてしまう。
その夜、和哉は夢を見た。自分の手袋をはめ京のマフラーを肩にかけている雪だるまの夢を。雪だるまは立ち上がりどこかに行ってしまう。追いかけるが追いつかず。やがて雪だるまは見えなくなる。雪だるまがいた場所には小さな袋が二つ落ちていた。
和哉はその袋に近づく。ゆっくりと手を伸ばし、その袋を手に取る。
カーテンの隙間から朝日が目に刺さる。目を細めて時計を見ると9時前。そろそろ起きて準備しないと。京と遊べなくなってしまう。気を振り絞り布団から這い出る。ひんやりとした空気が和哉を包む。暖かな布団に戻りたくなったが何とか踏ん張りリビングに向かった。
ノロノロと階段を降り、母たちがいるであろうリビングの扉を開ける。あくびをしながら中に入る。石油ストーブ特有の匂いが鼻についた。
「おはよ。はやくご飯食べちゃいなさい」
母の言葉に和哉は小さく頷き椅子に座る。和哉の目の前には鮭の切り身とご飯、暖かな味噌汁が置かれる。両手を合わせ「いただきます」と言い食べ始める。頭が働き始め昨日作った雪だるまの事が気になりだした。
すぐにでも見に行きたくなった和哉は口の中に放り込むようにご飯をいれていく。母に注意されたが和哉は口をもごもごさせながら何とか飲み込む。
「ごちそうさま!」
コップに入っていた麦茶を一気に飲み干しリビングを飛び出す。母の怒声なんて和哉の耳には入っていなかった。
外の雪は粗方溶けてツルツルとしている。転ばないように気をつけながら雪だるまの元へと急ぐ。
「はよー」
後ろから京の声が聞こえ、和哉は立ち止まる。京は駆け足で和哉の元に向かう。
「京も雪だるま気になって?」
和哉が問うと京は頷き首元を寒そうにすくめた。
「なーんか変な夢見てさぁ」
ケラケラと笑いながら京は言う。京の言葉に和哉は驚きの声を上げる。声にビックリしたのか京はびくりと肩を震わせた。
「雪だるまがどっかに行っちゃう夢だろ!」
和哉はビシッと指をさし京に言う。京は眉を寄せ訝しげに和哉を見る。和哉は同じ夢を見ているんだと京に訴える。
「もしかして本当にいなくなってんじゃ」
京の呟きに和哉は首を振る。
「雪だるまが動くはずねーもん!」
和哉の言葉に京は頷いたがどこか納得のいっていない表情を浮かべていた。
「……ない」
昨日あった雪だるまは消えたようになくなっていた。辺りを探すが雪だるまは見つからない。二人は雪だるまがあったはずの場所に戻って来た。
二人は顔を見合わせる。そしてがっくりと肩を落とした。
「一生懸命作ったのに」
「どこに行ったんだろ」
うーん、と首をかしげるがわかるはずもない。京はあっ、と何か思い出したのか声を上げる。
「夢でさ、なんか袋あったじゃん」
和哉は夢を思い出し同じように声を上げる。そして雪だるまがあった場所を掘り始めた。雪の下には葉っぱで包まれた小包が二つ埋められている。和哉は大きい方、京は小さい方を開ける。
「あ! 和哉の手袋だ!」
「こっちは京のマフラーだぜ!」
互いに交換し早速つける。冷たいはずなのにほのかに暖かかった。
「ん? なんだこれ?」
小包の中にまだ何か入っているのに気付いた和哉が手探りでそれを取り出す。それは緑色の葉だった。京の小包にも同じように緑色の葉が入っている。
「『アリガトウ?』」
葉にはカタカナでありがとう、と書いてあった。利き手じゃない手で書いたような字だ。お世辞にも上手とは言えない字。
「雪だるまが書いたのかな」
二人は顔を見合わせて顔を輝かせる。緑の葉を頭の上にかかげ、太陽を見た。葉から太陽が透けて見える。半透明に光る葉はキラキラと輝いていた。