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学校後方に広がる古い住宅地の中に、一棟の二階建て集合住宅はあった。学校が紹介している下宿の一つ。築十数年くらいの風貌で部屋数は八つ。瀬名先輩が住んでいる204号室は二階の一番左端、階段から最も離れた場所に位置していた。
「ちょっ、何……九時過ぎてんだけど」
「……こんばんは」
「流暢に挨拶かましてんじゃないわよこんばんは」
意外と可愛いパジャマ着てるんですね、と言いたくてたまらない。大人びた顔立ちと体つきに反して赤白チャック柄の女の子っぽいデザインに目を奪われていると、視線に気付いてだだだっ、と部屋の中へ走り去り、花柄の毛布に包まって再度訝しげな顔を出した。
「っていうか、なんで私の部屋知ってんの?」
「個人的に開拓してる情報筋から仕入れました」
「やっ、怖いこと言わないでよ!」
本気で怯える瀬名先輩。日中よりも女の子成分が増しているのは気のせい?
「心配無用です。本当は先輩の同級生の梅津晴から聞きました。腹いせに脅してごめんなさいぃ!?」
視界を何かが過ったかと思えば、瞬間手刀が首筋に押し当てられていた。
「無駄に脅すなっ!」
「失礼致しました……」
瀬名先輩イジリは今後出来る限り控えようと思った。それが今日の教訓だ。
瀬名先輩は手刀を解くと腰に手を当てて仏頂面を作る。
「んーで? こんな時間になんの用? ファミレスで急に帰ったから様子見?」
「先輩」
「何よ」
「手伝います」
「は?」
途端に目をまるく見開いて口を半開きにする。瀬名先輩のアホ面だ。なかなか拝めない貴重な光景を目に焼きつけながら、主語を追加してもう一度言った。
「瀬名先輩の夢を叶えるためのお手伝いをさせてください」
「~~~!」
ただでさえ大きくなっていた目がさらに見開かれ、白目の血管まではっきりと浮かぶ。
自分から手伝ってって言っていたのに随分な驚きようだ。驚くっていうより、面と向かって協力を申し出られて恥ずかしがっているようにも見える。
「ん、んっ……こほん」
乱れた調子を取り返すように咳払いして、やや赤らんだ頬を毛布で隠すようにする。
「……どういう風の吹き回し? わざわざ宣言しに来るなんてよっぽどよ?」
「どうもこうもありません。頑張ろうとしている人の手助けをするのがそんなにおかしいですか?」
「何よ、良い人ぶっちゃって。ま、だからって夢の内容は喋らないけどね」
「その辺の無礼はお詫びします。もう詮索したりしません」
「……この短時間でこの変わりよう、何に影響されたんだか」
そう、俺に影響を与えた張本人は本当に分かっていないような態度でこぼす。
瀬名八柄には夢がある。夢に向かって頑張れる。
希反生は夢がない。ないからそもそも夢に向かって頑張れない。だけど――そんな俺にもできることはある。
秋も半ばの今日この日、俺は――瀬名先輩の夢に加勢する。