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好きな娘のおっぱい触れるひとって全体の何%だと思う?  作者: 設楽 素敵
第一章 「春と秋は似た者同士。出会いの季節は年に二回も訪れる」
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「八柄が男の人とツーショットしてるとこ、初めて見ちゃった~。しかも相手が反生、あんたとはねぇ……数奇な出来事もあるもんだ」

 早上がりだった晴と偶然店を出るタイミングが重なり、並んで帰途に就く。この季節、夜八時も過ぎると気温はぐっと冷え込んで初冬の様相を呈す。俺も晴も両手に薄手の手袋をはめて、晴はその手でポリ袋に入ったポテトをつまんでいる。キッチンの人におねだりして貰ったらしい。手袋の指先には点々と塩が付着している。

「店に来たとき最初に対応してくれた店員が晴だったらって思うよ。稍には悪いことしちゃったな、明日事情を説明しなきゃ」

「私が対応していてもあんまり……変わらなかったと思うけどねぇ?」

 八重歯でポテトをすり潰しながら苦笑する。

「あの瀬名八柄が男を連れてきたっていう驚き、その男が反生だっていう驚き、何故だか二人共ボロボロで喧嘩後のカップルみたいな雰囲気醸してたっていう驚き。これだけのびっくりが掛け合わされたら、私も黙り込んじゃうかも」

「校内のやつだったら例外なく黙るんじゃないか?」

「彼女と三年間を共に過ごした同級生なら猶更ね。それはそうと事情を説明してよ。奇妙な組み合わせが生まれることになった事情をさ」

 興味津々に身を乗り出して目を輝かせる。

「偶然としか言いようが……」

 嘘は吐いていない。瀬名先輩の横暴を他人にバラすのもどうかと思うしな、その辺の曖昧な言葉でお茶を濁させてもらう。

「偶然でこんなに傷できちゃうんだ、へぇぇぇ」

「……この件に関してはあんまり踏み込んでこないでくれ」

「あ、まさか八柄に告白されてフッた?」

「見当違いも甚だしいな。そういうフライ級な話じゃないんだ」

 第一、フッたくらいでこんなボコボコに……されるか? されないとは言い切れないよな? 瀬名先輩に限らず女性とは恐ろしい生き物だからなくはない話だ。

「ま、言いたくないなら詮索も追及もしないよ」

 そう言って晴は話題を打ち切って、今まで通りポテトを齧る。

 引き際を心得たお節介焼き。踏み込むだけ踏み込んで場を荒らしていくただのお節介焼きとは一線を画した良き理解者。人格者の梅津晴にはそんな一面も備わっていて、それに対して俺は家族のようなありがたみを感じている。でも本人には口が裂けても言わない。

「……瀬名先輩ってどういう人?」

「んー……」

 晴は考え込むように目を瞑って唸る。

「いつも飴舐めたり、すっぱいジュース飲んだりしてるかなー」

「味覚の嗜好じゃなくて性格面について知ってる範囲で教えて」

 そういえばドリンクバーでもグレープフルーツジュース飲んでいたな。

「見たとおりの人だよ。ツーンとしてて、常に刺激を求めて奔走してる。何もないときなんかは刺激成分が足りないのか、何かに追われてる人みたいにずっとそわそわしてるように見えるくらいだもの。あーあとは一年の頃はなんか習い事してたんだっけ? よく知らないけど。……とまあこんな具合」

「へぇ、知らないことがたくさん聞けてよかったよ、ありがとう」

 習い事は初耳だな。一年の頃は、という過去形な口振りからして今はもうやめてしまったのだろうか?

「……先生方には反感買う生き様だけどさ」

「うん?」

「正直、そんな八柄を羨ましく思う瞬間があるんだよね……同級生として」

 もう数本しか残っていないポテトを大事そうに少しずつ齧る。視線の先には小学生の頃から変わらない俺たちの街が、抑揚のない平穏平凡な街が広がる。

「三年生になってやることと言えば内申稼ぎのための委員会や土日返上の模試対策講習。高校生って一括りじゃない。三年生はもう大人に片足突っ込んでる。何も考えない無鉄砲な馬鹿にはなれない」

「…………」

 どこか遠い目で。

 哀愁漂う雰囲気で。

 声の色はどことなく寂しげで。

「かっこいいよね、ああやって悪ふざけに全力投球できるのって。今しかない青春を目一杯謳歌するために思考ぐるぐる回してる。自分の手でなんか起こしてやろうって気持ちがこっちにも伝わってくる。学校祭という用意された舞台で友情ごっこ演じて涙して、クラスの結束固めた気でいるやつらより全然青春してるよ」

――このまま何者にもなれずに枯れていく私なんて――

――他の誰よりもまず私が許さない――

「当たり障りのない平凡な未来なんて糞喰らえ……」

「えっ、急にどうしたの。尾崎でも聴いた?」

「俺の台詞じゃないよ」

 晴と瀬名先輩に共通しているのは、将来自分が凡人として終結するんじゃないかっていう茫漠とした不安。発言の節々からそういう匂いが嗅ぎ取れる。二人だけじゃなくて高校三年生全般に言えることかもしれない。

 ……身近な晴が胸にそんな思いを抱いていたなんて。

 はっきりとは口に出していないけれど、これはもう言ったも同然だろう。

「ん、なんかしおらしくなっちゃったね! らしくないらしくない! そうそう、ところで八柄ってなんで先に帰ったの?」

 晴はポリ袋をぶんぶん振って明るく振る舞い、しんみりした空気を吹き飛ばす。

「陰から覗いてたけど赤鬼もどん引きな表情だったぜ? 怒らしちゃった?」

「地雷踏んじゃったっていう自覚はある……でも、よく分からないんだ」

「ふぅん、へぇ。じゃあさ、地雷踏む直前の会話を思い出してみたら何か分かるかもしれないよ?」

 直前の会話か……。

 確か、夢の話をしていたっけ。

「瀬名八柄には夢があって……」

「……げ、それ私に教えていいの? 聞かなかったことにしておこうか?」

「心配ない、夢の内容については一切教えてもらえなかったから。聞いても教えてくれなかったんだよ」

「当たり前でしょ! ってか何? 結構しつこく聞いた感じ?」

 あれ? また地雷踏んだ? 晴の語調が強まった。

 しつこく聞いたかと言えばどうだろう。

「どちらかと言えば、うん。粘着質だったなぁと」

「それだ! 普通将来の夢の内容なんて他人に漏らせるわけないでしょ! しかも世間的に見て夢見がちな夢なら尚更ね!」

 背中を平手で叩かれる。

「夢の内容をしつこく問い詰めるなんて無神経にもほどがあるわよ、反生。まあ夢のないあんたは釈然としてないでしょうけれど」

「いや、まあ……改めて思い返したら無神経だったと思うよ」

「どれくらい?」

「……う、薄らぼんやり」

「…………はぁ。夢のないやつはこれだから」

 薄く白い吐息が漏れる。呆れられてしまった。

「はいはいどうせ俺は夢のない人間だよ。生まれてこの方夢を持ったことは一度もねえよ」

「なんで拗ねてんのさ。って、それは子供のときも含めての話?」

「幼稚園を卒園するときに綴った将来の夢に関する作文の切り出しは『ぼくは大きくなったら高校生になりたいです』」

「夢叶ってんじゃん。夢ないけど。日本において高校進学を最終目標にしてるやつはほとんどいないと思うけど。はぁ~あ」

 空っぽになったポリ袋をくしゃくしゃにしてブレザーのポケットに突っ込む。それから頭の後ろに手を回して夜空を見上げ、ふっと何もない宙に息を吹きかけた。

「そっか、へぇ。夢、八柄の夢かぁ、どんなんだろう。本当とことん青春してんな」

 嫉妬しちゃう、と笑い交じりに話し掛けてくる。

 今日一日だけ別の世界に放り込まれたようだった。

 瀬名先輩の言葉を借りるならば、それこそ死に際の心電図のような伏せ幅の小さい人生を送ってきた俺にとっちゃ瀬名先輩なんか存在自体がイレギュラー。

 これだけ夢、夢、と単語を聞かされて何も感じないはずなかった。

 たった一日で十七年育んできた安定志向が覆されることは流石にないけれど、晩御飯の味噌汁の味噌が変わったくらいの些細な心境の変化はあった。

 煽動に乗せられただけかもしれない。

 挑発にまんまと引っ掛かっているだけかもしれない。

 どちらにせよ、瀬名八柄のことを少しくらい応援してやってもいいかな、と思っているのには変わりがないからこの際――どうでもいい。

「晴、一つ聞いてもいいか?」

 接点のなかった隣町に足を踏み入れたようにこの一歩目は新鮮で、印象的だ。

「瀬名先輩の下宿先って、どこか知らない?」


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