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好きな娘のおっぱい触れるひとって全体の何%だと思う?  作者: 設楽 素敵
第一章 「春と秋は似た者同士。出会いの季節は年に二回も訪れる」
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「いらっしゃいませ、何名様でお越しでしょ……」

「二人。料金はこいつ持ちで」

 と、憮然と入店時に言わなくていいことまで告げた相手はウエイター姿の稍だった。

「え、あ、えぇ……?」

「すまん……そういうわけで二人だ」

稍は分かりやすい絶句の例のように立ち尽くす。

「なんで瀬名先輩と……?」

「お前の気持ちは分かるよ。まあ、妙な巡り合わせでちょっと」

「運命よ、運命」

「!」

 カタン、と注文メモ用の下敷きが稍の手から落ちる。

「誤解を招くような語彙をチョイスするな!」

「あるいは当然の報いかしら。ね、……あ、名前忘れた」

 瀬名先輩は思い出したように声を上げる。

 対峙する稍は、とりあえず今はもう……仕事続行不可能っぽい。万事に対応しなければならないファミレスの店員としては失格の烙印を押されても、所詮はバイトだからまあその辺の動揺は許容範囲のはずだ。見兼ねて駆けつけた先輩風の店員も俺たちの風貌にぎょっと表情を凍らせてから、ぎこちなくボックス席へと案内した。

「ご注文、お決まりになりましたらそちらのボタンでお呼びくださいませ」

「あ、ドリンクバー二つでお願いします」

「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか?」

「いいです」

「フライドポテト一つ」

「…………」

「…………追加でよろしいでしょうか?」

 一言の断りもなく頼んでんじゃねえ。

「……はい、ドリンクバー二つとフライドポテトでお願いします」

 結局出費がかさむ結果となった。まあ本格的な夕食を注文されなかっただけマシと前向きに考えておこう。

 店員が逃げるように去っていったのを確認して、俺は深く溜息を吐いた。

「やっぱり、ファミレスに入るなら着替えてからの方が良かったですね」

 せめて途中コンビニにでも立ち寄ってお手洗いの鏡の前で乱れを直したかった。自分の姿を確認できないまま手探りでの取り繕いでは限界がある。

「さながら別れ話の喧嘩を終えて、今後の話し合いをしにやってきたカップルってとこですかね? 今の俺たち。瀬名先輩もボロボロで酷い有様ですよ」

「ボロボロで酷い有様で顔に傷作ってんのはお互い様でしょ」

「え、どこに傷あります?」

「額中央、生え際、頬骨、鼻頭、下唇の真下、その他諸々切傷掠り傷等々」

「ははっ……傷だらけっすね」

 なるほど、自分が思っている以上に傷を作っているようだ。稍はじめとした店員各位にはひどく怖い思いをさせてしまったな。何度も思うが、この格好この状態でファミレスに来たのは失敗だった。

「ところでさっきの店員ってあんたの彼女?」

「ダイレクトに彼女と聞きますか……違いますよ、軽く男女の垣根を飛び越えて親しいくらいの友達ですよ」

「ふぅん、彼女の否定にはいまいちなってない言い草だけど。ま、いっか。そんなことよりも今後長い付き合いになるわけだし、もう一度名前を教えてちょうだい」

「はいはい俺の名前は……」

 ――それよりも今後長い付き合いになるわけだし――

「……え、俺と先輩の関係ってこれきりじゃないんですか?」

「とぼけないで」

「とぼけてません」

「ふざけないで」

「ふざけてもいません」

「じゃあ何?」

「ただのマジ質問に他ならないですよ!」

 意味深な物言いで後輩を揺さぶらないでくれ! 

「何を分かり切ったこと聞いてんの。覚悟しとけってちゃんと忠告したでしょ」

「はい、しましたね」

「そういうことよ」

「そういうことだったんですかー」

 とはならない。棒読みで不信感に塗れた態度を取って腕組みする。

「ドリンク取ってくるから。持ってこいだなんて命令しないから安心して。他人にドリバー任せたらどんなミックスジュースが返ってくるか分かったものじゃないわ」

「……それは大変良い心構えで」

 そう言って俺も瀬名先輩の後ろを歩いてドリンクバーへ行く。適当にコーラを注ぐ。瀬名先輩はグレープフルーツジュースを注いでいた。

 席に戻ってストローでジュースを吸い上げる。ずぞぞぞぞぞ。実を言うと喉が渇いて堪らなかった俺と先輩だった。

「ふぅ、それで今後の懲役期間についてだけど」

「俺懲役就くんですか!? いつ法に触れました!?」

「冗談よ、いちいちうっさいわねぇ。もしかしてあんた、って名前」

「……希反生(こいねがいはんせい)

「ああそうそう、そんな耳を疑う名前だったわ」

「本人目の前にして耳を疑うとか言うなや!」

 自他共に認める変な姓名のおかげで幼少期はよく虐められたもんだ。そしてちゃっかり瀬名先輩が俺のツッコミで楽しそうに笑っていた。やっぱ笑うと抜群に可愛いじゃん。内面が破綻していることをさておけばとても魅力的な女性だ。

 瀬名先輩は早くも一杯目の半分まで水かさを減らしたコップをつつきながら、

「私の名前は言わなくても知ってるわよね?」

「知ってますとも瀬名八柄先輩さあさあ早く本題に入りましょう今後長い付き合いになるとはどういうわけですか先輩?」

「息継ぎくらいしなさいよせっかちね。どういうわけも、単に埋め合わせをすればいいのよ。希がデータ入力の仕事を請け負わなきゃファイルを燃やしただけで作戦は完遂できたのに余計なことしてくれやがって、もう!」

 俺が請け負わなかったら他の誰かが請け負うかもしれない、とこの先輩には考えを深めるだけの脳みそは備わっていないのだろうか。つーか早くも何言っても無駄って感じ?

 ポテト到着。コップ空っぽ。おかわり。ポテトつまむ。激熱舌火傷(×2)。

「で? 俺は具体的にその埋め合わせとやらで何をすればいいんですか?」

 火傷して出していた舌を引っ込めて、

「進路調査票を燃やす以外の手で私の進路を捻じ曲げる――手段は選ばなくていい」

「簡単に言って協力しろってことでいいですか?」

「孤独な戦いになると思うけど挫けんじゃないわよ」

「単独だとぅ!?」

「ただの後輩イジリ。そうね、協力って認識で問題ないわ」

「はぁ……」

 瀬名先輩の進路を方向転換するための手段を考えろ、ねぇ……。それって先生に直接お願いするんじゃダメなんだろうか? 提出してから時間は経っているだろうけれど、単純な話土下座する勢いで懇願すれば先生方も聞く耳を持ってくれるんじゃ?

 息を吹きかけて冷ましたポテトを先からさくさくと前歯で削りながら考えていると、瀬名先輩は唐突にこんな質問を投げ掛けてきた。

「ねぇ希、あんた夢ある?」

 冷めてなくてもケチャップを塗りたくればそこそこ冷却されて食える、食える。やはりフライドポテトにつけるのはケチャップだな。ケチャップこそ王道。マヨネーズは邪道。マヨネーズつける輩は寿司にポン酢つけて食うような人間だろうな、偏見だけど。

「回転寿司で皿の値段気にしないで食べたい、個室の焼肉屋に行きたい、コ〇トコのホットドッグ製造機を自宅に置いて毎日アメリカンな味を貪りたい」

「食ってばっかじゃない。細身のくせに。もしかして希って着やせするタイプ?」

「こう見えて大食漢なんですよ。それでも体質のおかげで細身をキープしてます。脱いでも細さは変わんないです」

「あっそ。思ったとおりの夢のない男でがっかりよ」

 やれやれ、と昨今廃れ気味のやれやれ系を演じて肩を竦める。

 む。面と向かって夢のない男と言われると腹立つな。

「じゃあそう言う瀬名先輩は夢をお持ちで?」

 しなびたポテトを差し出して、皮肉を言うような口振りで尋ねる。

 しかし目論見外れて、瀬名先輩は狼狽えることなく逆に胸を張って誇らしげにドヤった。

「あるから進路変更、進路変更言っているんじゃない」

 希の脳みそに染み込ませるために口酸っぱく言うけど、と前置きをして、

「このまま何者にもなれずに枯れていく私なんて、他の誰よりもまず私が許さない。平穏な人生は大嫌い。死に際の心電図みたいな安定した人生も御免。やっぱり人間、生きるなら谷あり崖ありな人生が一番よね」

「……それを言うなら山あり谷ありですよね」

谷に崖って落ちる一方じゃねえか。

「敢えてよ敢えて。苦労の度合いを示すには崖が適してると思ったの。山よりも崖の方が登るのきついでしょ?」

「まあそうですが……谷と崖で意味被ってません?」

「崖は垂直、谷は急角度」

「超個人的イメージをありがとう」

「とにかく私は進路を変えたい。夢を叶えるためなら手段は選ばない方針よ」

 二杯目のグレープフルーツジュースも底を尽きて、三杯目を取りに立つ前におふざけモードから一転真剣に表情を引き締める。

黒目がちな切れ目とこれといった特徴のない俺の目が合う。

「だからそのために私に手を貸して、お願い」

 ……お願いされた。これまでの暴虐武人な振る舞いからは信じられない殊勝な態度でお願いされた。一瞬、意味が分からなくなって頭が処理落ちする。シャットダウン。

 ……再起動。

「え、えぇっと」

 動揺を引きずってたじろぎながら、なんか聞いとくかくらいの軽々しさで尋ねた。

「それはそうと先輩の夢って具体的には……」

「……………………それは言えない」

「? なんでですか? いつもの調子でさらっと教えてくださいよ」

 あ。

 地雷踏んだ。

 明白にそう判断できるほどに瀬名先輩は噴火前の火山のような兆候を見せていた――ぎっ、と歯を食いしばり、ぎゅっ、と握り拳を作り、かっ、と頬を赤らめ……て?

 最後の反応に疑問を抱いた次の瞬間、瀬名先輩はテーブルを叩きつけて席を立ち上がっていた。

「っ……! 下宿の門限あるから帰る! さよなら!」

「え、えぇぇ?」

 話の途中で置いてきぼり?

 戸惑いながらぷりぷり怒った後ろ姿を目で追いかける。徐々に小さくなっていく背中はいつしか店内からいなくなって、やがて夜に紛れて見えなくなった。

「……当然のように代金は俺持ちか」

 振り回されるだけ振り回されてお金持っていかれた――

 瀬名八柄に対する最初の印象は、およそ最底辺からスタートを切った。



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