第九話 講義
「最後になりますが、皆さんには想像力を養ってもらいたいです」
講堂の中心で、講師であるスリーシックスはそう言った。
その言葉を聞くのは、世代も人種もバラバラな、スリーシックスによって世界各地から集められた黄金の夜明け団の修士達である。
「貴方達にとって想像力を逞しくするという事は、もっとも重要な事の一つです。せっかく才能や力をもっていても、それを生かしきる想像力が無ければ宝の持ち腐れ。また、誤った使い方になってしまうのを防ぐためにも、自身にとって何が信じられるものかをはっきり認識しておくのも大切な事……」
スリーシックスの言葉を真剣に聞く修士達は、皆その特殊な才能や環境によって不幸に見舞われた者ばかり。
だからこそ、自分を拾って受け入れてくれたスリーシックスに対して、心酔に近い尊敬の念を抱いている。
「魔術や魔法などの異能は世界に干渉し変革をもたらすもの、言うなれば自分のエゴを世界に押し付ける事です。そこに常識はありません、理に囚われない非常識さしか、そこにはありえない。貴方達の中にはそれで過去に失敗をした者も多いでしょう? しかし恐れる事はありません」
スリーシックスにとってそこに居る者達は、可能性の原石その物。
常識に囚われた現代人に埋もれさせるわけにはいかない、才能に満ちた者達ばかり。
「人は想像によって神すら生み出します。『神は塵から人を作った』なんて話も聞いた事あるでしょうが、それは逆の話で、人が神を作るのです……人の想像力が神話を作り、神を生み出し、それを信じる者が信仰する。そういう事もこの世にはあるのです」
そして時代によっては奇跡を起こした人間が、神として崇め奉られる事もある。
「極端な話を交えましたが、それくらい自由で大仰な想像をしてもらいたいと私は思います。想像を働かせ、自分の宇宙や世界を創り、どうぞ見せて下さい。その為の魔導や異能なのですから」
とどのつまり、スリーシックスが黄金の夜明け団を運営しているのは、彼らの才能が咲くところを見たいからに他ならない。
「時間のようですね。それでは今日の講義はここまでにします」
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スリーシックスが講堂を出ると、廊下には見知った顔の男が立っていた。
サングラスをかけ、若干着崩した感じのワイシャツとアイロンのかかっていないスラックスという格好。
「どうもカエデさん、少し遅くなったようですが何か問題がありましたか?」
スリーシックスを待っていたようにそこに居たのはカエデ・ツツミ。
世界的に見ても数少ない、神格を持つ存在と契約した人間。
「いや、こちらの勘違いで遅れただけだ。何も問題は無かった」
「それならば良かったです。ところで、エリザに案内を頼んでありましたがうまく会う事は出来ましたか?」
「ああ、必要な場所は案内してもらった……小うるさいのも付いてきてたが」
「はは、クラリスですか。彼女もカエデさんには懐いてますから、会えて嬉しかったのでしょう」
スリーシックスがそう言うと、カエデは微妙な表情で無言になった。
クラリスが懐いているという言葉が腑に落ちなかったのだろう。
「得心がいきませんか? まあ、彼女も感情をうまく表すのが苦手な部類ですからね……ところで当の本人達はどちらへ?」
「エリザが昼食の当番だと言ってたからそちらへ行かせた。当然クラリスもそっちについてったな」
黄金の夜明け団の食事は主にエリザが担当している。
彼女の料理は時折独創に走る事もあるが、作る腕は確かなものというのはスリーシックスが認めるところ。
研究や探究に日々を捧げる団員も多い中、そうした生活に必要なスキルを持っている者は貴重で、皆からも重宝されている。
「彼女たちがしっかりしててくれて助かりますよ。どうにも魔術師というものは自分の殻を作りがちで、私も無自覚で回りが見えてない時がありますから」
「……団員があんだけ国籍多様なのに、トップがそれで大丈夫なのか?」
黄金の夜明け団には参加している者の生まれを数えれば、全部で十か国以上に上る。
ちなみにエリザはイギリス人、クラリスはフランス人であり、日本人のカエデと他にも中東や南米地域出身の者も参加していた。
「大丈夫ですよ、文化の違い言葉の違いも、大抵の事はちっぽけな事で、本人の自覚次第でどうにかなるものです。むしろそうした常識は、ここでは邪魔なだけ」
「常識が邪魔か……さっきの講義で言っていた事か?」
「そうです、魔術をかじってきた者として言わせてもらえば、そういった固定概念というものは不利なイメージとして働く事が多いのです。炎に水をかければ消える、氷は炎で消えるというような、術式に弱点を作ってしまう事がありますから」
それでは魔術や異能としては見られない、必要ないと、スリーシックスは考えている。
「炎を作り出すなら如何なるものも燃やし尽くす業火を、氷を作り出すなら決して溶けない永久凍土を……現代社会で魔術が必要とされるなら、そこまで行かなければならない。なぜなら炎も氷も、科学によって簡単に作れる時代ですから」
極端な話であるが、これがスリーシックスが行き着いた真理。そして黄金の夜明け団の活動を広げてきた理由。
「とはいえ完全な愚者がそこまで到達するのは難しい。だからまずは非常識な者を集め、各々を染めていく。そうする事で、最後には自ずと常識は消えているものです」
「……」
もしも常人が聞けば、それに何の意味があるのかとスリーシックスに問いかける事だろう。
そして彼はその問いに『意味なんかない』と答える。
なぜならば、探究や追及に意味を求めること自体、無意味な事だから。
人は大昔から現代においても無意味な事を求めてきた、移り住むわけでもないのに遠くの空に輝く星を探したり、戦争で使う訳でもない格闘技を競い合ったりしている。
当事者に聞けばあるいは、それを追及する理由を持ち合わせている者もいるかもしれないが、関心の無い者にとってはなんら無意味なものにしか映らない。
「魔術とは所詮エゴイズムの産物です。自分の意思によって非常識を周囲や世界におしつけるものですから、そこに意味があっても大抵は他人には理解されません」
「……まあ、そうかもな」
カエデが一応の納得を見せ、それでいて少し不満げなのは、スリーシックスの行っている事が、彼を信頼する者を使って行っているからだろう。
「私が彼らを使って実験しているように見えますか?」
「見えるかもな」
「……それは業視の魔眼によってですか?」
「そうだな、だけど俺は別にあんたのやってる事を否定はしないし文句も無い。あいつらはここでの生活と、自分の力が誰にも否定されない事に喜びを見出しているからな」
彼らに対して何かをしてやれるわけでもないカエデには、スリーシックスの行いを批判する権利は無い。
たとえ言いようのない思いを抱えても、何もできない者がそれを表に出すのは無責任な事だから。
「捻くれた納得の仕方をしますねカエデさんは、我慢は体に毒ですよ?」
「別にそこまで我慢はしてない、実験と言ってもスリーシックスは観測しているだけで無理強いしてるわけではないからな。そこは解ってる」
「なるほど、そこがカエデさんにとって許容できるラインなのですね」
「……なんだよ、意味深に」
「ははは、これでも他人の眼は気にする方でして……特にカエデさんのような方はね」
「更に意味深を重ねてくるなよ、なんか気持ち悪いだろが」
「いえいえ、これにはちゃんと解りやすい意味がありますよ。この歳になると友人や仲間と言うものが減ってきまして、恋しくなってくるものなのです」
「……俺とあんたはそんな仲じゃない」
カエデがそう返す事は解っていたスリーシックスは、シワを深くしながら柔和な笑みを見せた。
「……何をニヤニヤしてんだよ」
「いいえ、これが若さかと思いまして」
「そうかい……ところで、言っておくことがあった、重要な事だ」
話の流れを唐突に変え、カエデは神妙な面持ちでスリーシックスを一瞥して、すぐに目を逸らした。
「アンラから警告があった。エリザとクラリスが贄として価値がある……そう言っていた」
「ほう……それは」
「だからなるべくあの二人……というより、誰も俺には近づけ無いようにしてくれ。俺もなるべく誰にも近づかないようにする」
「そうですか……ふむ、カエデさんがそう言うなら善処しましょう。しかし、これからここで共同生活をするうえで、最低限の接触はあるかもしれませんから、それは許容しておいて下さい」
「……どうしても、ここに泊まらなければ駄目か? ホテル暮らしとかどうだ?」
「そんなお金、貴方におありですか?」
「ぐ……」
「それ以外では野宿という手があるかもしれませんが、何にしても飲まず食わずではいられないでしょうし、通報されて国連警察に足がつく恐れを考えれば、ここにいるのが一番だと思いますね」
「……そう、だな」
それに関しては無一文に近いカエデには反論の余地が全くなかった。