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マイナスカルマ  作者: 石座木
一章 黄金の夜明け団
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第八話 黄金の夜明け団

 カエデ・ツツミは限りなく場違いな場所で佇んでいた。

 周囲を通り過ぎていくのは未来ある学生たち。その表情は生き生きとして見え、三十歳に片足を突っ込んだカエデには少し眩しい。


(……なんだってこんな場所に居なければならねえんだよ)


 カエデが今居る場所は合衆国にある某一流大学。

 魔術結社である黄金の夜明け団ゴールデンドーンがその拠点にしているとの事で、しばらく身を隠すことになったカエデは迎えを待っている所だった。


(まあ、あんまり不信がられてないのは幸いだが)


 大学内はID管理で出入りするような仕組みの為、関係者ではないカエデも、入ってしまえば職員やお客様と見られるのか、道行く学生から挨拶される事もあった。

 セキュリティがしっかりしているという安心感によって、カエデのような本来不信人物と見られるべき者が、その範疇から外れるというのは何とも微妙な話でもある。


(しかし、人通りが多いな……目が疲れてくる。迎えの時間は過ぎている筈だが……)


 カエデはサングラス越しに腕につけた安物の時計を見る、と同時に視界の端から走り寄ってくる気配を感じて顔を上げた。


「はあ、はあ……こちらのいらしたのですねマイロード」

「……迎えはお前だったのかエリザ」


 息を切らして走ってきたのは白人の若い女性――名前はエリザ・オーデユボン。

カエデの事をマイロードという痛々しさを感じる呼び方をする、スリーシックスの弟子の一人であった。

 夏の強い日差しの中、全身を隠すような黒いローブという暑苦しい格好で現れた彼女は、通りすがる大学の一般生徒から流石に奇異の目を向けられ目立っている。

 ちなみにカエデはワイシャツにスラックスという出で立ちで、業視の魔眼を隠すためにサングラスをかけているが、エリザの恰好と比べればそれほど違和感はない筈。

 だがエリザの登場で一括りになったのか、カエデも奇異の目を向けられる対象となってしまった。


「遅れて申し訳ありません。まさかこちらにいらっしゃるとは思っておりませんでしたので……怒っていらっしゃいますか?」

「別に怒ってはいない……ん、今こちらって言ったか? もしかして他にも入り口があったのか?」


 周囲の視線が鬱陶しいので早く移動したかったが、エリザの言葉に気になった点があったので聞き返すカエデ。


「あ、ええと……こちらは大学の入り口で、私達の拠点にしている場所は併設された大学院にありますので、実は別なんです」

「……そうだったのか、すまん」

「い、いえそんな、お気になさらないで下さい」


 大学と大学院の違いをよく解っておらず、勘違いをしていたのはカエデの方だったので謝ると、エリザは恐縮した態度でそれを許した。


「で、では行きましょう。仰せつかったご案内の役目、しっかりと果たして見せます」

「いや、そんなに肩に力をいれんでも……」


 エリザとは、カエデが黄金の夜明け団に世話になり始めた頃からの知り合いだが、いつも妙に敬意を払った態度で接してくる。

 マイロードという呼び方もそうだが、カエデにとってそれがどうにも慣れない事で、普通に接してくれと言ってみても、これが普通と返されるだけ。

 年上として進んで蔑まれたいとも思わないが、変に勘ぐってくる者もいる為に、それは少し気になるところだった。


「やいおっさん、何を往来で女子とイチャイチャしてるの? 羨ましいなあ、本当に爆発しなよ」

「……お前もいたのか」


 カエデとエリザを見て言いがかりをつけてくるのは、これも少しこの場では場違いで目立っているといえるセーラー服を着た美少女。

 実はその人物も黄金の夜明け団の関係者でカエデとも知り合いで、名前はクラリス・ブノワといった。

 

「いたのか、じゃないわ。私もエリザと同じで、おっさんの勘違いで迷惑したんだから、ちゃんと謝ってよね」

「……(イラッ)」


 高飛車な態度でそう言ってくるクラリスに、悪いのは自分だと解っていても苛立ちを感じてしまったカエデ。

 なんとか年上のメンツを立たせるために、平常心を自分に言い聞かせる。


「大体さあ、こんなクソ熱い中女の子を待たせて走らせて、すまんの一言で済むと思ってんの? 日本人は真面目で慎ましやかな人種ってよく聞くけど、おっさんを見てると全然そんな風に思えないんですけど」

「……(イライラ)」

「電話を自分からかけたりしないで受け身だし、ていうか今時ケータイも持ってないとかありえないし、そうやってコミュニケーションとれるツールを手放してるからコミュニケーション能力に障害ができちゃうんじゃないの? そもそも、おっさんは――あ痛ッ!?」


 話している途中で、いきなり頬を押さえて目を白黒させるクラリス。

 カエデは苛立ちで無意識の内に殴ってしまったのかと思ったが、そうではなく。叩いたのはエリザであった。


「口が過ぎますよクラリスさん」

「え? でも……」

「マイロードの案内をスリーシックスから仰せつかったのは私だけです。貴方は関係ないのに勝手についてきただけ、そんな貴方がここで何かを言える権利があるのですか?」

「う、そうだけど」


 クラリスを窘めるエリザからは、丁寧な口調からは及びもつかない迫力が含まれていた。

 途端にクラリスが涙目になる。

きっとそれは叩かれたところが痛い訳ではないというのが、見ていたカエデには想像がついた。


「では私たちの拠点にご案内します、マイロード」

「あ、ああ。頼もうか」

「……くそう、おっさんのせいで怒られたじゃん」


 歩き出したエリザの後に続くカエデ。

 その後ろをしょんぼりしながら付いてくるクラリスの恨みがましい視線を、カエデは少しだけ気の毒に思いながら受け流した。



++++++++++++



 黄金の夜明け団は西暦1888年に発足した魔術結社である。

 近代西洋儀式魔術を確立させた事で知られ、一時期は百人の団員を抱えていたが、内紛により分烈。

 それから時の流れのよって首領も変わっていき、西暦2012年の現在は分かれた派閥の一つをスリーシックスが首領代理として運営、運用している。

 その活動教義もカバラを中心としていたかつてと異なり、多くの宗教や神話、西東を問わない魔術形式の研究、他にもPSIなどの超能力に至るまで多岐に渡るようになった。

 

(……それにしてもあの爺さん、本当に何者なんだ?)


 カエデはエリザによって連れてこられた大学院の研究施設を見て、改めてスリーシックスという男にスケールの大きさを感じた。

 そこは研究施設というには、一つの宿泊施設か、あるいは学校といってもいい。

 二階建てのその建物は、外からパッと見ただけでも大小二十近い部屋があるのが解る奥行き。

 それが丸々一つ与えられているのは、スリーシックスが別名義で得たある学問の権威によるものらしい。


「おっさん何をキョロキョロしてんの? かなり田舎くさいよ?」

「うるさい芋娘。お前こそ、そういう事をいちいち指摘する所に、育ちの悪さが滲んでるんだよ」

「い、芋娘!?」


 余計な事を言ってきたクラリスに、カエデは言葉でカウンターを放つ。 

 口が悪い割に結構打たれ弱いのか、彼女はショックを受けた表情で立ち止まっていた。


「どうかしましたかマイロード?」

「いや、なんでもない」


 黄金の夜明け団は他にも、この場所と同じような活動拠点を世界各地に有しており、そのほぼ全てがスリーシックスの所有物。

 どんな生き方をすればそんな状態になるのか、カエデには想像もつかない事だった。


「あ、申し訳ありませんマイロード」

「どうかしたのか?」


 カエデが聞き返すと、何かを思い出したように時計を見ていたエリザが済まなそうに答えた。


「スリーシックスに会うには今の時間は講義中ですので、小一時間ほど待ってもらう事になります」

「そんな事か、別にかまわない。特に忙しい訳じゃねえしな」

「そうそう、それに元はおっさんの勘違いで時間をロスしたせいだしね」


 余計な一言を付け加えるクラリスに睨みをきかせながら、空いた時間をどうするかカエデは思案する。

 と、そこでエリザがわざわざ挙手をして提案を述べてきた。


「良ければ食事にしませんか? 昼には少し早いかもしれませんが……実は私、お弁当を用意させて頂きました」

「え……」

「本当!? エリちゃんの手作り弁当!? 食べる食べる!! おっさんにはもったいなから私が全部食べちゃうよ!!」


 エリザの発言に、テンションが急上昇するクラリスだが、対するカエデは微妙な表情だった。

 というのも、以前にもエリザが弁当を用意した事があり、その中身についてショックを受けた事を思いだしたからだった。


(皮の剥いていないリンゴ丸々一個、そしてポテトチップス……)


 以前にランチボックスにそれらが入っていた時は、新手のギャグだとカエデは思ってしまった。

 しかしイギリスではどちらも弁当の中身としては主流。

 別に嫌いではないし、出された物に文句があった訳ではないが。発展した弁当文化を持つ日本で生まれたカエデにはちょっとしたカルチャーショックであったというだけの話。


「大丈夫ですマイロード。今回は後れを取った以前の挽回の機会として、私も日本の弁当文化を学んできましたから」


 カエデの表情から何を考えているのか察したのか、エリザは意気揚々とローブの中で抱えていたらしい物を取り出して見せた。


「……どこでそんなものを?」

「スリーシックスに手配してもらいました」


 エリザが取り出したのは重箱。

 しかもけっこう高級そうなつくりの物だった。

 そこまでされると故郷の懐かしさとかは通り過ぎて行ったが、せっかく用意してもらっったもの。


(……そういえば、昨日からガムしか食べてねえ)


 当然ながらエリザの提案は可決された。



++++++++++++++



 研究施設の近くにはちょっとした運動もできそうな人工芝の広場があり、カエデ達はそこでエリザの作った弁当をいただくことにした。

 手際よく敷物を敷き、重箱をその中心に置くエリザ。

 ローブの中にどれだけ荷物を抱えてたんだというカエデの疑問は、すぐに開かれていく重箱への興味にかき消される。


「お、おおーーー……え、う、うわあ」

「……」


 無言で並べられた重箱を眺めたカエデだが、それは隣でテンションを著しく変動させたクラリスと概ね同調したものだった。

 パッと見で、色合いもよく、手の込んだ料理の品が並んでいる。

 しかしながらよく見ると、明らかにスーパーの食品売り場に並んでいるような物で作られていない料理が混ざりこんでいた。


「エリちゃんエリちゃん、これは何?」

「イモリの天ぷらです、一度黒焼きにしたものを揚げて、サクサクカリカリの触感を目指しました」

(……エビの尻尾みたいに頭だけ出てるじゃねえか、そこは一番隠さなければいけない所だろ)

「じゃ、じゃあこれは?」

「人型マンドラゴラを切って、芋とベーコンと一緒にお酒とソイソースなどで煮込んだものです。肉じゃがという料理を参考にしました」

(人型ってわざわざつけなくてもいいだろ、それと普通に肉じゃが作れ。ん……何か今動いたように見えたが、気のせいって事にしよう……)


 クラリスが一つ一つ指さしながら、恐る恐る料理についてエリザに尋ねる。

 それを隣でカエデは聞きながら、品々を見定める。


(……毒は無い、どれも見た目以上に手が込んでいるな。昨日から仕込みをして、早起きして作ったのか)


 業視の魔眼をこんな事に使うとは予想外だが、カエデはしっかりと全料理の安全性を確認する。

 

「よし、行け」

「行けって……私から食べろと!?」


 カエデがクラリスの肩に手を乗せて指示すると、彼女は身震いして顔を青くした。


「い、いやあ……実は私さあ、【お腹いっぱいで……ついでにダイエット中なの思い出したし】……うん」

「お前さっき俺に食わすのもったいねえから全部自分で食う、みたいな事言ってなかったか?」

「まさかー、この私が【そんな野暮な事をするわけないじゃん】。せっかくエリちゃんがおっさんの為に作ったもんなのに。ね、ねーエリちゃん?」

「そ、それは……」


 業視の魔眼が嘘を見破れる事を知っている筈なのに、余程食べたくないのかクラリスは必死に誤魔化そうとしている。

 エリザはクラリスが責任逃れの為に何気なく言った事に反応して、赤くなった顔をローブで隠した。


「まあ、お前が食わないなら俺が全部食うけどな」

「え?」


 カエデは躊躇せず、イモリの天ぷらを口に入れて頭からバリバリ咀嚼する。

 それを横で見ていたクラリスは、驚きで口をあけたままアホみたいな顔をしていた。


(うまい、普通にうまい)


 食べ物が安全ならカエデにとって何も問題は無い。

 珍しい食材を使っているだけで、見た目は以前よりも断然弁当らしいし、和食を意識した味付けはカエデの口に良く合った。

 それを普通の食材で生かせばいいものをと思わないわけでもないが、問題が無いなら口に出す程でもない。


「どうですかマイロード……その、美味しいですか?」

「ああ、うまいな。久々にいいもの食った気がする」


 主食がガムのカエデにとっては何もかもがごちそう。

 見るとエリザは更にローブで顔を隠しているが、それは気にせずカエデは重箱の隅から隅まで片っ端から手を伸ばす。


「え? 嘘、本当に美味しいの? あ、やっぱり一口くらい貰ってもいい?」

「クラリスさん、貴方は駄目です」


 クラリスが手の平返して食べようとするが、エリザがその手を叩き落とす。

 クラリスがまたしても涙目になるが、こう見えてなんだかんだでこの二人は仲が良い。


<楽しそうじゃの小僧>


 体を這い上る気配に、弁当を食べていたカエデの手が止まる。

 悪神アンラ・マンユがトカゲの姿でカエデの肩に乗っていた。


(イモリ食ってる時に出てくるなトカゲ。なんか気持ち悪いだろが)

<カッカ、まあそう邪険にするな。一応忠告しに来てやったんじゃから>

「……」


 アンラの言葉はクラリスにもエリザにも聞こえてないらしく、姿もカエデにしか見えないようにしている様子。

 

<あの二人、良い『贄』になりそうじゃの>


(――アンラ!?)

 

<なりそうじゃ、という話じゃよ。小僧がそうしたくなければ、そうならないように努めればよかろう。しかし、それは結局は遠回りにしかならない……たった一人の家族を失った時の事を忘れてはいないじゃろう?>


(ああ……忘れるわけねえだろ。憶えているさ、俺だけは……)


 カエデは憎しみの込もった眼でアンラを睨む。

 フラッシュバックする過去の過ちと後悔により、黒い感情は一心に魔力となって生み出される。


<無意味な事は止めておけ。我と小僧は一心同体、どんなに憎んでも決して消す事はできん。せいぜい人間らしく誤魔化していけばよい>


 そう言って消えるアンラ。

 カエデの気分はおかげで台無しだった。


「……ごちそうさま」


 沈んだ気分をうまく誤魔化す余裕は生まれない。

 だからせめてエリザやクラリスに気付かれる前に、カエデはその場を早くお開きにするように努めた。



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