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マイナスカルマ  作者: 石座木
序章 悪神の契約者
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第五話 スプンタ・マンユ

 メルセデス・アッカーソンは、パソコンのメモリーに記録された、自分がこれまで捜査し纏め上げた資料を眺めていた。

 フォルダ名は『罪人殺し』。

 先日メルセデスが捕らえた事で名前が判明したカエデ・ツツミに対する捜査記録である。


(今までに彼が殺したとされる人数は、割れているだけでのべ300人以上……それは全て表の法では裁かれるべき犯罪を犯してきた者達)


 カエデ・ツツミが罪人殺しと呼ばれていたのはその通り、社会からは悪として認識される者ばかりを殺害してきたから。

 例外として犯罪者集団に属していても、直接的に犯行を行っていない者には手が下っていないとも調べが上がっていた。


(徹底した懲悪の思想。悪神と契約してまでそれを行っていた彼の根底に何が巣食っているのか、今日の対面だけじゃ詳しいところは解らなかったわね)


 今までカエデを追い続け、六感を使い犯行現場の残留思念を読み取る、いわゆるサイコメトリーで解っていたのは、彼が悪という者に対して深い憎悪を持っているという事。

 それはほとんど原型すら留めていない被害者達の遺体からも伺え、しばしば捜査に影響も与えていたが、今回に限ってはその徹底された殺害動機からメルセデスがカエデを捕まえることが出来たといってもいい。


(今までの活動範囲と標的になった対象からできた予測、うまく当たったけど、本当の問題はこの後なのよね)


 そう、捕まえた後がメルセデスにとって一番悩ましい。

 上の判断では逮捕後について、拘留の後に適切な機関に引き渡しか、それが難しいようであれば現場の判断で処分も許可という事になっている。

 魔術等の特殊な手段によって行われた犯罪は、現代の法では起訴が難しく、通常行われる検察への送検が認められない。


(引き渡しか処分か…もしくは懐柔か)


 前者に加え、メルセデスはカエデに対して協力を提案するという対応を示した。

 犯罪者に警察が捜査協力をするという例はそれなりに珍しいが、メルセデスが担当する部署では特に顕著、それは異能者や人外を御す事への難しさからきている。

 

「ねえスプンタ、貴方はどう思う?」


 パソコンのモニターを眺めながらしばらく考えていたメルセデスは、ふと思い立ったかのように振り返り、後ろに立っていた人物に問いかける。

 その人物――というより神仏は、頭の先からつま先まで光り輝くような純白で統一された男の姿をした、スプンタ・マンユと呼ばれる神。

 善の原理に基づき、『聖なる霊』の意味を持つ名に恥じぬ思想と行動の担い手を求め、メルセデスと契約し力を与える善神である。


「我は封印が望ましいと考えます。あれだけの負の業を背負いし者は、処刑したとしても蓄積された闇が解放されることにより、この世に良くない影響を与えることでしょう。同じように、メルセデスがあの者とこれ以上の関わりを持つのも、良くない影響を受ける恐れがあります」

「封印ね……そうなるとしたら引き渡し先はローマの地下になるのかしら」

「そうするべきでしょう、聖域に附随する聖気によって浄化しなければ、アンラ・マンユに力をただ蓄えさせるという結果にも繋がりますから」


 スプンタの言葉は、この世の全てを見据えてもたらされる。

 善という原理はありとあらゆるものに慈悲を持ち、時には罪人にすらそれは及ぶ。

 だからこそ誰もが納得できる言葉として、それを支点とする為にメルセデスは聞いたのだ。


「ありがとうスプンタ、参考にするわ」

「……その様子だと、また我の考えとはズレた結論に達したようですね」

「それはそうよ、私は神ではないもの。スプンタの言う事はいつも正しいけれど、それを常に全うできるとは思わないで」


 メルセデスは不敵に笑う。

 スプンタの言葉は綺麗で理想的、しかし人間という不完全な存在がそれを全うするのは、どこかで無理が生じるのが当然。

 だから神の言葉はあくまで参考程度に考え、それに愚直に従うような真似はしない。


「契約している以上、メルセデスにはもう少し我の考えを理解して頂きたいものですが」

「理解も同調もしているわ。単純に私の力が足りないだけ」

「神器ウルスラグナを与えたのにですか?」

「それは助かっているけどね、でも現世うつしよの戦いは力だけじゃ解決できない問題が山積みだから」

 

 しがらみがいつも付いてまわり、それは特に力を持つ者の方が厳しい場合も多い。

 メルセデスのような捜査官が存在しているのに、魔術師や悪魔の存在は表の世界では秘匿されたままフィクションの存在だとされている。


「人手はいつも足りないし、おかげで予防策を取れたことが無い、それは問題が発生した時に解決法を考える人間も少ないという事。おかげでなんでもかんでも上から丸投げされる始末」


 本当にやんなっちゃうわ、とメルセデスはため息を零す。

 しかしスプンタはそれも知った事では無いように、表情を変えずに問う。


「だから自分が楽をしたい為に、悪神と契約しているあの者を仲間に加えると?」

「ハッキリ言うわね……そうよ、楽したいって気もあるわ。でも一番はフェアにしたいって思っているから」

「フェア?」

「そう、表の世界での罪は法に沿いながら警察、検察、弁護士、裁判官といった多くの者が関わって罰を決める。でもこの裏の世界ではほぼ無法ごく少数の判断によって、安易に一人の人間の生死が決められている。それが私にはアンフェアに思えて仕方ない」


 メルセデスの抱える悩みは、表と裏を分ける境界。

 特殊な力を持たない者達は、持つ者に対して目を背けたがる。だからこそ表だの裏だの同じ世界なのに分けたがる。

 それどころか、人外同士で潰しあっていればいいと陰口を言われることもある。


「メルセデスは善き心を持っています、それは我が保証しますよ。信じる正義に悩む必要などないと思いますが」

「はあ、そういう言葉を聞くとスプンタって本当に神様なんだって思うわ。普通の人間は揺るずに、自分が正しいかどうかなんて決められないもの」

「……ではメルセデスは、その揺らぎの答えをあの者の持つ『業視の魔眼』に委ねると、そう言うのですか?」

「完全に頼り切りにはしないわよ、判断材料の一つになれば良いと思っているだけ、一番に考えているのは……仲間が欲しいって事かしら」


 メルセデスは照れくさそうに言い、それに対してスプンタは首を傾げる。


「悪神と契約するような者を仲間ですか? 我には到底理解しがたい話です」

「カエデは罪を犯してきたけど、私には悪人には思えないの。だから信じてみようと思った」

「メルセデスの六感が言っているのですか?」

「それもあるかしら。でも今日会ってみて解った事もあるわ」


 メルセデスは人差し指で、翼を広げたカラスのようなデザインの髪留めを指さした。

 それは神器ウルスラグナの化身の一つ。

 カラスの姿は魔除けとして呪術などから常にメルセデスを守り、携帯もしやすい事から、普段はずっとそのままであった。


「銃を向けた時話した時、カエデは罰を受けても仕方ないという表情をしていたわ。悪は憎みながらも、命を奪う事への罪は認めている。人としての倫理観は持っている証拠よ」

「それだけで……」

「もちろんそれだけで判断はできない。だからこそ処分を決めずに、協力を提案した。要観察というわけ、返事は一日待つように言われたけど」


 それはメルセデスにとっても、こうして再考する時間が取れて結果的に良かったといえる。

 しかし結局のところ、考えをまとめるダシに使われただけのスプンタ・マンユは珍しくいい顔をしていなかった。


「我はメルセデスを選んだ、その選択に誤りは無いと信じます」

「期待には応えたいと思っているから少しは安心していいわ。勧善懲悪は私も望むところだから」


 ただし、メルセデスは潔癖な性格ではなく、今はまだ選べる手段が少ないという事。

 その問題の解消が今の彼女にとって最優先事項であった。



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